静寂が支配する夜の世界。
窓から見える白い雪は月の光を浴びてキラキラと幻想的に輝いている。
太陽の光を浴びているときとはまた違う静かで少し物悲しい美しさがそこにはあった。

 

「霧美、わざわざ彼をけしかけてきた理由――そろそろ、教えてもらえる?」

 

は保健室のストーブの前に設置されたソファーに座り、
事務用のデスクのイスに腰かけてずっと窓の向こうに視線を向けている霧美に言葉を投げる。
吹雪とを一緒にプレーさせた理由を話すように促された霧美だったが、
の言葉になかなか答えは返ってこず、静かな沈黙が部屋を支配していた。
今後のためにも、は吹雪の「事情」を知っておきたいと思っている。
もし、あの荒々しい吹雪が暴走でもして、雷門イレブンを傷つけるようなことがあっては困る。
更に言えば、エイリア学園はともかく、
他の学校との試合で誰かを傷つけるようなことになっても困る。
そういった悪い「もしも」の可能性を限りなくゼロにするために、
吹雪のことをよく知っておく必要があるのだ。
だが、よっぽど吹雪の後ろにある「事情」は込み入っているらしく、一向に霧美に口を開く様子はない。
思慮深い彼女のことだ。おそらく、色々なことを思案しているのだろう。
霧美が吹雪のためを思ってこそ、答えを返すことを躊躇しているのだと察したは、
霧美の答えを急かすことはせずに黙って霧美が答えを口にする事を待った。
それから経ってからのことだった。
霧美が口を開いたのは。

 

なら…うちの代わりになってくれると思ったんよ。
……でも、。うちの代わりにはならへん」
「…それは霧美が、吹雪くんにとって精神的安定剤の役割と担っているってこと?」
「そうやないよ。…ただ……うちはシロちゃんに前に進ませとうない。
……シロちゃんを信じてあげられないんよ」
「………??」

 

悲しげな表情でそう言う霧美だったが、
霧美の悲しみや不安に対しては共感することができなかった。
そもそも、霧美が悲しげな表情を見せている理由が分からないのだ。共感も何もないだろう。
霧美の言葉の意味が分からず、は怪訝そうな表情を見せていると、
不意に霧美は先程とはまったく違う明るい表情を見せた。

 

「でも、やったらシロちゃんを信じてあげられる。
うちとお兄ぃを信じてくれたみたいに――ね?」

 

フワリと微笑む霧美。
その笑みにはに対する信頼と期待が見えた。
自分では吹雪を信じてあげられない。
だが、ならば信じてあげられる。
だから、ならば吹雪によい影響を与えられる――そう思っているのだろう。
そんな霧美の考えが読めたは、苛立った様子でため息をついた。

 

「…昔の私と今の私は違う。私に昔みたいな――」
「期待なんかしてへんよ。ただ、にはシロちゃんを信じて傍で見守って欲しいだけ」

 

の言葉を遮り、霧美は心配するなといわんばかりに穏やかな笑みを見せる。
不安があるようにはまったく見えない穏やか過ぎる笑みに、
喉まで上ってきていた苛立ちはあっという間に消えていく。
その苛立ちの名残であるの顔に浮かんだ不機嫌そうな表情。
その表情は別の意味で定着しかけたが、
フイとバツが悪そうにが顔を逸らすと、霧美は嬉しそうに続けた。

 

「きっと、うちらにとってのは――雷門の子達になるはずやから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第55話:
解答のない肯定

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が意識を取り戻してから早数日。
白恋中へ襲撃してくるというエイリア学園を迎え撃つべく、雷門イレブンは特訓に打ち込んでいる。
当然のように彼らの成長を見守るためと、特訓中に無茶をしないように監視するためにも、
も特訓を行っているゲレンデに毎日足を運んでいた。
初日と比べると飛躍的に雷門イレブンメンバーの転倒回数は減少している。
それと一緒に、雪玉をよけることのできる回数も飛躍的に上昇しており、
特訓の成果が着実に現れてきていることは目に見えて明らかだった。
故に、の意識は雷門イレブンではなく――吹雪士郎に向いていた。

 

「(彼の身に起きた『事情』を調べられないわけじゃない。
でも、知って、踏み込めば――きっと私も霧美と同じ選択をする事になる)」

 

吹雪についてが分かったことなどほとんどない。
ただ、彼のにはなんらかの「事情」がある――そんな漠然としたことしか分かっていなかった。
彼の過去には大きな闇があって、その闇があの荒々しい吹雪士郎を作り出している。
もしくは、その闇から自己を守るために、あの吹雪士郎が作られた。
どちらにしても、短期間でどうにかなるような問題ではないことはもわかっている。
だからこそは納得できなかったのだ。
自分と雷門イレブンに吹雪の未来を預けた霧美の考えに。

 

「やるじゃねェか!…正直なめてたぜ。こうじゃなきゃ面白くねェ!!」

 

また一気に雰囲気が変わった吹雪。
ドリブルでゴールへと上がっていく染岡に早々に追いつくと、
シュートを打とうとしていた染岡にチャージをかけて染岡の体のバランスを崩す。
その吹雪のチャージを何とか耐えながらも染岡はシュートを放ったが、
バランスを崩した状態ではまともなシュートは打てず、
コントロールの狂った染岡のシュートはゴールへとは入らずにゴールポストに当たった。
振り出しに戻った染岡と吹雪の勝負に、
ギャラリー――雷門イレブンとマネージャーたちは「あぁ〜…」と残念そうな声を漏らす。
そんなギャラリーの声など気にも留めず、
事の中心にいる染岡と吹雪はゴールポストに当たって跳ね返ったボールを追って走っていた。

 

「(…自分の力でコントロールできているうちはいいけど……)」

 

誰もが吹雪の勝利を確信したその瞬間。
吹雪の雰囲気が平時のものに戻る。
それによって生じたタイムラグは、吹雪に隙を生む。
その一瞬の隙を見逃さなかった染岡は、
即座に吹雪からボールを奪うと猛然とゴールへと向かい、シュートを決めた。
染岡のゴールが決まり、沸きあがる歓声。
仲間の勝利を喜ぶ雷門イレブンの声には、
自分たちがレベルアップしていることが証明されたことへの安堵の色もある。
つい先日まで、追いつけなかった吹雪に追いつけるようになったのだ。喜ぶのも当然だ。

 

「…大丈夫?」
「うん。これぐらい平気だよ」

 

ワイワイと湧く雷門イレブンを尻目に、
フィールドに座り込んでいる吹雪には声をかけながら手を伸ばす。
の言葉を受けた吹雪は笑顔で心配ないと言葉を返すと、
戸惑った様子もなくの手を取るとすんなりと立ち上がった。

 

「今日はボクの負けだね」

 

悔しそうな様子もなく、吹雪は微笑みながらそう言葉を口にする。
実力で負けたわけではない――そう言いたいのだろう。
強気な吹雪の発言ではあるが、吹雪の意見に同感だった
「そうね」と吹雪を肯定する言葉を吹雪に返した。
染岡は実力で吹雪を下したわけではない。
吹雪の不慮のミスによってチャンスを得ただけだ。
だが、以前の染岡であれば、このチャンスを活かすことすらままならなかったはず。
それを考えると、染岡の実力も馬鹿にできたものではないこともまた確かだった。

 

「(でも、今の染岡の実力じゃあ、まだエースは任せられないわねぇ)」

 

無邪気に喜ぶ染岡と円堂たちの姿を盗み見ながら、は心の中で苦笑いを浮かべた。
自ら染岡にエースの座に返り咲くチャンスがある――と言っておきながら、
あっさりとまだ染岡にエースは早いと判断した
自分の判断を誤ったとは思っていないが、
染岡のやる気をへし折るような現実的過ぎる自分の判断には笑うしかなかった。
そんなことを思いながら、不意に吹雪に視線を戻せば、
吹雪は木の枝にちょこんと佇んでいるリスを安心したような表情で見つめていた。

 

「…リス?」
「うん、この辺に巣があるみたいで、よくグラウンドに遊びにくるんだ」
「……もしかして、あのリスたちが負けた原因?」

 

が直球な質問を投げると、吹雪は返答に困った様子で「あはは…」と苦笑いを浮かべる。
どうやら、その苦笑いは肯定と受け取ってまず間違いないようだ。
荒々しい吹雪の中にも、何かを思う気持ちというものは存在するらしい。
もし、あの荒々しい吹雪が、ただ荒々しいのであれば、この勝負は吹雪の勝利で終わっていた。
だが、そうならなかったということは、
あの吹雪にも今の吹雪同様に他者を労わる気持ちがある――そう思っていいだろう。
まったく話の通じない相手ではない――その確信が得られたは、心の中で安堵した。

 

「あーあ、リスに気をとられて判断を迷っているようじゃ――まだまだね」
「あはは…御麟さんは手厳しいなぁ」
「でも、ネチネチ責めてくる霧美よりはマシでしょ?」
「……そう…だね。本気の霧美姉さんよりはずっとマシかな」

 

試すようにが言葉を投げると、吹雪は苦笑いを浮かべながらもの言葉を肯定する。
肯定の言葉が返せる――それは吹雪がと同じく、霧美の「責め」に耐え抜いたことを意味している。
アレを耐え切れたのであれば、大抵の苦痛には耐え切れる。
その事実をは身を持って知っている。
だからここは――

 

「キミの成長、期待させてもらうわね――士郎くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 深く関わると、逆に手を出し難くなる場合もあったりするわけで、
「真相」には触れさせずに話は進んでまいります。
ただ、知ったところで夢主の立場では、して上げられることはないのですが…。
やっぱり、雷門イレブンだからこそ、どうにかできたことだと思います。