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 「位置について…よーい――」 
  ピッと響く笛の音、ザッという地面を蹴る音――  遠のいていく音。 
 「やっぱり、マッハ兄さんは早いな」 「ああ、まさに音速」 
 急に後ろから聞こえた声。  反射的に振り返ってみると、そこにいるのはランニングウェアを着た2人の少年。  2人は私に聞こえるように話してはいるけれど、視線は私ではなく、  トラックのゴールでランニングウェアを着た少年や少女に囲まれているマッハ兄さん。  なのに、急にマッハ兄さんは―― 
 「嵐ぃいいぃぃ!!!ちっかーいっ!!」 「はあ?」 「『はあ?』じゃないわっ、離れろコラっ」 「…?いきなりどうしたのお兄ちゃん」 「『どうしたの?』じゃないだろ!可愛い妹が凶悪愉快犯の近くにいるこの状況!」 「凶悪愉快犯って…」 「つーか!一郎太も嵐を羽交い絞めで止めるぐらいの根性みせろ!」 
  ビシッと翡翠色の髪の少年―― 一郎太くんは自分に向かっているお兄ちゃんの怒りの矛先を 
 「これがなければ、陸上部の星なんだろうけどな」 「…えっと…あの……私が悪いんだよね…私がしっかりしてないから…」 「自覚あるならしっかり――」 「オイコラ嵐!一番の問題はお前の愉快犯精神だろうがっ!」 「100人中99人が分かるウソを鵜呑みにするコイツが悪い」 「なんだとこんにゃろっ!」 
  嵐を捕まえようと嵐に飛び掛るお兄ちゃん。 
 「待て嵐ぃ〜〜〜!!!」 
  大声を上げながら嵐を追いかけるお兄ちゃん。 
 「マッハ兄さんも嵐も、相変わらずだな」 「う、うん…ずっと仲がいいのはいいんだけど……」 「…まぁ、一年間ずっと学校が別だった反動…かな…?」 
 そう言う一郎太くんの顔はなんだか難しそうな表情をしていた。 
 
 
 
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        私立中である雷門中。  特別、行きたい学校があったわけではなかったし、  正直、私は結構な人見知り。  クラスを出れば――小学校が同じだった友達に会うことはできた。 
 「速水さん、一緒に行こう?」 
  友達を作ることができてなくて、  木野さんは、笑顔の温かいとっても優しい女の子。 
 「今日の授業は…なんだったかな?」 「確か、音楽鑑賞じゃなかったかな?」 
  自分たちの教室を後にして、 やっぱり、学校生活には友達は欠かせないな―― 
 「よっ、木野!」 「あ、円堂くん」 
  突然、木野さんに声をかけてきたのはオレンジ色のヘアバンドが目を引く少年。 ……でも、どうして円堂くんが木野さんに…? 
 「あれ?木野、その子は?」 「円堂くん、速水さんは私たちと同じクラスだよ?」 「えっ、そうだった??」 
  やっぱり、円堂くんは私のことを覚えていないみたい。 
 「あのね、速水さん。円堂くん、全然クラスの人の顔覚えてないんだよ?」 「…え?」 「頭の中、部活のことでいっぱいなの」 
  苦笑い――だけど、木野さんの顔はどこか嬉しそう。  そんな木野さんの言葉を受けた円堂くんは、 
 「俺、円堂守!よろしくな、えーと……」 「速水、速水だよ。こちらこそよろしくね、円堂くん」 
  差し出された円堂くんの手を、  でも、円堂くんと握手を交わして、 この感じ――忘れたはずなのに、忘れられていなかった。 
 「なぁ、速水ってサッカー好きか?」 
 
 
 
 
 
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        雷門中には、一般的にグラウンドと呼ばれているサッカーグラウンドがひとつしかない。 
 「、こちらを手伝って頂戴」 「はいっ!」 
  私を呼んだのは古屋更沙さん。  昔から、お兄ちゃんはとても足が速くて、  中学生になって、お兄ちゃんは当然のように陸上部に入部して、 …でも、相変わらず選手としてではなく、お手伝い――マネージャーとしてだけど。 
 「ありがとう。 「はい!」 
  更沙さんのお手伝いが終わった私は、  入部したての一年生部員は、  入部して数ヶ月の間はトラックをまともには走らせず、  もちろん、この事実を1年生部員たちは誰一人として知らない。 
 「お前、どこ行ってたんだ?」 「更沙先輩の手伝いで女子部の方に」 「ああ、古屋先輩、お前のこと気に入ってるもんな。 「せ、選手はちょっと…」 「…まっ、本人にやる気がないんじゃな。 「嵐たちに?」 「そーだ。陸上はタイムがすべてだからな。 「…うん……そだね」 
  嵐は――私を責めているわけじゃない。  私の友達の中で、一番付き合いが長くて、一番一緒にいる時間の長い嵐。  もちろん、私も嵐の気持ちが分かっているつもりだけど―― 
 「嵐、そろそろはじめるってさ」 「おう。…サポートよろしく」 「うん。嵐も一郎太くんも頑張ってね」 
 迎えに来た一郎太くんと一緒に、嵐はその場を去って行く。  2人に手を振って見送ったあと、 
 
 
 
 
 
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       西校舎――1年生の教室が集まっている校舎。  その校舎の裏玄関から外へと出る。  ――でも、今の私には花壇よりも目に入ってしまうものがあった。 
 「(木野さん…部活に行ったのかな…?)」 
  私が雷門中で一番最初に友達になった女の子――  そして、木野さんを通して知り合った円堂くんも、  …でも、円堂くんに実力があったから部長になったわけじゃない。  そう、雷門中のサッカー部は現状、あってないようなもの。 今の私には、別の居場所があるから―― 
 「速水さん!これから部活?」 「あ…木野さん…。うん、これから」 
  嬉しそうに私に声をかけてきてくれたのは、ジャージ姿の木野さん。  円堂くんと二人三脚のサッカー部――できる活動は少ないみたいだけど、 きっと、木野さんは心の底から――サッカーが大好きなんだと思う。 
 「円堂くんは……勧誘活動?」 「ううん、今日は練習スペースを貸してもらえるように、 「…じゃあ、部員が…増えたの…?」 「それがまだなんだけど、 「そう…だね」 
  私も、円堂くんから話を聞くまでは、  たまたま、木野さんと知り合って、円堂くんとも知り合うことができたから、  それぐらい、雷門中でサッカー部の存在は認知されていない。 
 「サッカーグラウンド…ラグビー部の練習に使われちゃってるから…」 「うん。いきなり大きなグラウンドは無理かもしれないけど、 「…そっか。……でも、円堂くんは…」 
  円堂くんのサッカーにかける真っ直ぐな気持ちは、  けれど、自分たちの練習場所を分け与えてまで―― 
 「うん、円堂くんだけだと、ちょっと頼りないんだけど――」 「おーい!木野ー!」 
  木野さんの言葉を遮って、円堂くんが木野さんを呼びながらこちらへと走ってくる。  正直なところ、望み薄だと思っていた私としてはすごくびっくり。 
 「水、金だけだけど、テニス部の空きスペースを貸してもらえることになったぞ!」 「ホント!?やったね、円堂くん!」 「…すごい」 「でも全然、俺の力じゃないんだ。 「…?やっぱり部員が増えたの??」 「ん?あれ?速水には御麟のこと教えてなかったっけ??」 「うん、初めて聞く名前だよ」 「えーと…御麟っていうのは――」 
  円堂くんが口を開くよりも先に、 女子制服の上に円堂くんと同じジャージの上を羽織っているってことは―― 
 「2人とも、なに油売ってんの」 
  顔色をひとつも変えずに円堂くんと木野さんに言葉を投げるその人。  そんな円堂くんの考えを察したのか、 
 「速水さん、彼女がサッカー部副部長の御麟さんだよ」 
 御麟―― 
 
 
 
 
 
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       「円堂と、同じクラスだったんだな」 「…へ?」 
  陸上部の練習が終わって家に帰る途中――  円堂――その名前が一郎太くんの口から出てくるなんて思ってもいなくて、 
 「…確か、廃部になったサッカー部を立て直してるってヤツだろ?円堂って」 「ああ、それもそうなんだけど…俺、アイツと幼馴染なんだ」 「そ、そうだったんだ…」 
  世間は広い様で狭い――そう言うけど、本当にそうみたい。 なんだか奇妙な縁を感じた。 
 「熱くて真っ直ぐで――円堂はいい奴だから、仲良くしてやってくれよ」 「うん、もちろんっ」 「…でも、あんまりサッカー部には関わるなよ?」 「…なんでだよ?」 「可愛そうだろ、サッカー部の男女比率が女子に傾いたら」 「「…………」」 
 冗談なのか、本気なのか、よく分からない表情で言う嵐。  確かに、一応男子サッカー部なんだから女子が多いと、 
 「それに、お前が他の部活に顔出しているなんてマッハ兄にバレたら――大惨事だぞ」 「うっ…それは……」 「大惨事って…一体なにが起きるって言うんだ?」 「ちょっとコイツの姿が見えなくなったくらいでも、 「あ、嵐…いくらなんでもそれは……」 「バーカ、ありえるだろ。マッハ兄なら」 
  今度ははっきりと真顔でつっこんでくる嵐。  他の部活だったら、さすがにそこまではしないかもしれないけど… やっぱり…あんまりサッカー部に関わるのはやめた方がいいかな…。 
 「でもまぁ、さすがのマッハ兄も、 「……そう…だな…」 
  平然とそう言う嵐を見る一郎太くんの顔には苦笑いが浮かんでいる。  でも、お兄ちゃんが悪いわけじゃない…。  本当は、お兄ちゃんのために弁解したい。 ……ごめんね、お兄―― 
 「きゃあ!?」 「お、おい!嵐!?」 
 突然、私の背中に走った衝撃。  強い力でドンッと押され、  手やら足やらが痛い。 
 「お前がそーやってぽやーっとしているから、 「いや、だからっていきなり転ばせるのはやりすぎじゃないか!?」 「一郎太……お前、マッハ兄の過保護がうつった?」 「いやだから、これが普通の反応だろ!」 
  お兄ちゃんをからかうみたいに、  一郎太くんは冷静なタイプだから、 
 「なんか嵐ムカつく!同い年なのに!」 「は?」 「な、なにを言ってるんだ???」 「だって嵐が急に大人っぽくなってるんだもん!」 
  色んなことを見透かしているみたいな嵐。 …なんだか急に嵐が大人になったみたいでムカつくし――ちょっと悔しい。 
 「オレが大人っぽくなったんじゃなくて、お前が子供過ぎるんだよ」 「ひ、酷いよ嵐!」 「…でも、ちょっと否定できない気が…」 「あー!一郎太くんまで!」 「怒るな、オレたちの中で一番精神年齢が低いのは事実だろ」 「あ、嵐…お前なぁ……」 
 嵐の最後の一言に、私は返す言葉がなかった。 
 
 
 
 
 11/12/23−12/03/23  |