燃え盛る炎――それは家々を焼いている。
人々の恐怖に満ちた声が村中を飛び交い、この小さな人間たちの暮す村は恐怖と混乱に包まれていた。

 

「キシャ――!!」

 

化け物――妖怪が叫ぶ。
それはまるで己の強さを誇示するように、人間達の弱さを知らしめるようだった。
妖怪の声を聞いた人間たちは無我夢中で逃げ惑う。
逃げなければ殺されてしまう。逃げなければ食われてしまう。
人々の頭にはそんな考えばかりが駆け巡った。
ジャリジャリ!
不意に砂利のすれる音が響く。
その音の近くにいた妖怪が「何事だ?」と振り向けば、そこには音の主であろう少女が倒れている。
おそらく、逃げ惑っているうちに転んでしまったのだろう。
妖怪はなんと自分は運がよいのだろうと思った。
若い娘は妖怪たちから多少なり逃げる力をもっている。
故に掴まえるのにも少々手間が掛かるのだが、今はそんな手間もかけずとも新鮮な若い娘が食える。
そう考えると涎がとまらない。
じりじりと妖怪が近づけば少女はずるずると腰を下ろしたまま妖怪から逃げる。
足を挫いたか、腰がぬけたのか。どちらであったにしろ妖怪には関係ない。
新鮮な若い娘の肉が食える。
それ以上の事実は彼には、必要ないのだから。

 

「いやぁ――!!」

 

積もりに積もった恐怖が叫びとなって少女の口から飛び出す。
少女の甲高い声が耳障りだ。
妖怪はその腕をブンッと振り少女の頬を叩く。
叩かれた少女はその勢いで燃え盛る家の壁に叩きつけられた。
幸か不幸か、少女はかなり勢いで壁に叩きつけられたにもかかわらず
壁は崩れる事はなく、少女は朦朧とする意識の中迫り来る妖怪の影をみた。
ああ、自分はここであの妖怪に食われてしまう。そう思った。
薄れ行く意識の中で少女は自分の身の不幸を呪った。

 

「必殺ッ!弧月拳舞!!」

 

不意に響く声。
「なんだ?」と不思議に思う次の瞬間には辺りには無数の気の刃が妖怪を襲っていた。

 

「大丈夫ですか!?」
「え……ああっ…!」

 

気を失いかけた少女を1人の少年が支える。
少年の顔には不安げなものがあるが、それは妖怪たちへの不安ではなく少女――自分の身を案じての事だと少女はすぐに気付く。
自然に溢れてくる穏やかな安心感に少女は思わず涙を流した。

 

「リク、ここいらの妖怪は粗方片付けたぜ」
「…うん、お疲れさまコゲンタ」

 

彼らの会話を聞いて少女は確信する。
自分はもう助かったのだと。
もう、妖怪たちに襲われることはないのだと。

 

「闘神士様…!」

 

 

 

 

 

妖怪大戦記
第一話 闘神士

 

 

 

 

 

「北西の村が妖怪によって落とされました!」
「……やはりか」

 

かけこんできた男の伝令をうけて少女は椅子の上で小さく呟いた。
もともと、この村が落とされることは分かっていた。
小さな村だったし闘神士も陰陽師もその村にはいない。
そう、そもそもその村には妖怪に対抗する力が備わっていなかったのだ。
なんの力を持たないその村が妖怪に襲われては助かる手立てはないだろう。
「ふぅ」と小さく溜め息をついて少女は男に続きを言うように命じた。

 

「はっ、生存者は村人の7割、闘神士たちに負傷者はなしとのことです。
ただ、村に火を放たれ家々が焼失しており村の復興には時間がかかるということです」
「…村の復興は三割が片付いたところで引き上げるように伝えろ」
「ははっ、では失礼します!」

 

少女の言葉を受けて男は一礼してすぐさま部屋から出ていく。
それを少女は見送ってから小さく溜め息をついてから不機嫌そうに言を放った。

 

「立ち聞きとは趣味が悪いなマサオミ」
「偶然だよ、ぐーぜん。そんなに怒らないでくれよ

 

すぅっと壁から姿を見せたのは青年――マサオミ。
少女――の機嫌が悪い事を全く気にかけていないようで、
軽い様子で部屋の中央に置かれているソファーにひょいと腰をかける。
それを眉間に皺をよせては見ていたが、
それ以上そんな表情を浮かべても意味がないと判断したのか無表情で口を開いた。

 

「そちらの状況はどうだ」
「こっちは問題ないよ。ウツホ様の体の調子も良好だとさ。そっちは?」
「こちらか?こちらも特に大きな問題はない。ただ、ヤクモの動向だけが気になるがな」
「ヤクモ…ね」

 

の言葉に思い当たる節があるのかマサオミはその飄々とした表情を不意に歪ませた。
吉川ヤクモ――それはこの都の西方を守る天流に属する闘神士で、
一度は天流を崩壊寸前にまで追いやった「マホロバ事件」を解決した天流の英雄とも呼べる存在。
しかし、その我の強さと行動力故に彼は事の真相を知りとは別の道を模索し、また選んでいる。
そのため、にとっては闘神士たちの志気を乱す邪魔者なのだ。
だが、それでもヤクモの存在は多くの闘神士たち志気を上げるために必要な存在でもあり、
ある意味で彼は「目の上のたんこぶ」だった。

 

「本当に迷惑な英雄殿だ」

 

また盛大な溜め息をつきは肘をつく。
そんなの様子を見てマサオミは苦笑いを浮かべた。

 

「…そういえば、さっきの北西の村の話だけど――リクを向わせたらしいね」
「ああ、天流の長として少し外の現状を知る機会が必要だと思ってな」

 

そう言っては闘神符をぺたりとデスクに貼り付ける。
すると、き゜んっと音を立てて「眼」という文字が浮かび上がると、
次の瞬間には村の復旧作業にあたっているであろうリクとコゲンタの姿が映し出された。
それを眺めマサオミは「ご苦労さんだね〜」とつぶやく。
そんなマサオミの言葉に同感なのかはリクたちの姿を見ても相変わらずその表情を変えずに無表情だった。

 

「それにしても…3割だけっていうのはちょっと酷くないか?最低限5割ぐらいは――」
「あんな小さな村に割ける時間は無い。完全に復興させても新たな妖怪に壊滅されるのがオチだ」
「……」
「それに、長期にわたってリクを危険の中には置きたくない」

 

の最後の言葉を聞いてマサオミはの判断に納得がいった。
今回の北西の村に派遣された闘神士はリクを含めて天流の闘神士が5名。けして多いとはいえない人数だ。
その人数の中で頻繁に妖怪に襲われている村に、リクを長期に渡って置いておく事は危険この上ない事だろう。
故には村の復興を優先せずに、天流の長であるリクの身の安全を優先したのだ。
それはある意味で正しい選択。けれど、残酷な選択といえば選択だろう。
こんな冷酷な選択肢を迷いもせずに下せるにマサオミは少なからず恐怖を覚える。
は自分よりも年下だというのに大局をしっかり見極めていた。
少しだけ自分を情けないと思ってしまうが、マサオミはそんなネガティブな考えを捨ててすぐに頭を切り替えた。

 

「それじゃ、俺はそろそろ仕事に戻るよ」
「ああ、ウツホたちによろしく伝えてくれ」
「…タイザンにも?」
「……あいつには言わなくていい」

 

不機嫌そうに眉間に皺を寄せてはマサオミに言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 ――っと、いうわけで始まってしまいました無謀連載「妖怪大戦記」。
何話まで続くか本当に色々な意味で楽しみです(苦笑)
趣味満載でおとどけしますので、松本的趣向を楽しめない方はNGです。
 陰陽大戦記チームを中心に連載してまいりますので、
陰陽大戦記ファンの方はちょっとだけ期待してもOKッス。