「絶対に反対です!そんなの罠に決まっていますッ!!」
叩きつけるようなナヅナの怒鳴り声が響く。いつになく怒りの感情を濃くしているナヅナをが手で制した。
何も関係ないとでも言うかのような表情を浮かべ、は話の中心になっているリクに感情のない視線を向ける。
『説明しろ』そう言われているわけでもないのにリクはことの説明をはじめた。
「地流の人が僕の両親らしき人を保護したそうです…。それで……会わせたいから僕一人でこいって…」
沈んだリクの声。その声を聞くだけでどれだけリクの精神状態が不安定かわかる。
こんな状態で変な小芝居でもうたれたら…などと考えては眉間に皺を寄せた。
「こんなあからさまな罠にリク様お一人を行かせるわけには参りません!私も同行します!」
「ボクももついていってやる」
「決まりだな。皆んなで行こうぜ。人数は多いにこしたことはないしな」
ナヅナ、ソーマ、マサオミ。3人とも、リクを思って言ってくれている。だが、今のリクにとってしてみれば余計なお世話だ。
それを理解しているのか、それとも自分がその『リクの両親』と関りたくないのか、は一切の意見を出さなかった。
自分はこの場にいない。そう言うかのように押し黙っている。
「なぁ?ちゃんだってついてきてくれるよな?」
マサオミの視線と声がに向けられる。
伏せていた視線を上げ問いかけてきたマサオミを見てからはリクに視線を向ける。
リクは不安げな表情でこちらを見ている。
「俺はリクの指示に従う。決めろリク。一人で行くか…皆で行くか…」
「僕は……。一人で行きます。これは僕の問題だから…」
「そうか。なら俺は同行しない。そして、お前達も同行するな。本人が決めたことに他者がどうこう言うのは不粋だろ」
リクの言葉を受け、は結論を出した。
ナヅナ達が反対するがもリクも聞く耳を持たないらしく我関せずといった顔をする。
だが、不意にリクが怒鳴った。
うるさいなッ!一人で行くって言ってるだろ!!
たじろぐ三人を尻目にリクは奥へと消える。
それをは平然とした顔で見送り三人に視線を移し呆れたような表情を浮かべた。
「…俺の言葉を聞いていなかったのか?」
「しかし!どう考えてもあれは地流の罠です!」
「だが、リクは行くと言った。それに…罠だとしてもリクならば大丈夫だろう。
ミカヅチ殿でも直々に出てこない限り倒されることはない。……さて、この話しはもうやめだ。結論は出ただろう?」
嫌に冷たいの態度。
リクの意志を尊重したい――そう言っているようにも見えるが、見方をかえれば――――
 
 
 
 
 
躍闘神士
 
 
 
 
 
『あれは地流の罠か?』
社に向かっているに声がかかる。斜め後ろを見ればそこには式神の鳳凰のシュウジ。
視線を元に戻しは迷いなく『ああ』と答えた。
『何故止めぬ。罠ならば掛からぬ方がよいだろう』
「第一に、地流が何故リクの両親の名を知っているか。
第二に、何故リクの本当の名を知っているか。第三に、態々手間の掛かる作戦を用意したか。
これらを前提にして考えると……自ずと答えは出るだろう?」
抑揚のないの言葉。シュウジはすぐにの言葉の意味を理解したのかイラだったように舌を打った。
それを聞きは苦笑いを浮かべた。
「相変わらずお前はあいつ等を好かないみたいだな」
『当たり前だ。血迷うた愚か者達の集まりに好意など寄せられるか』
「手厳しい…。俺は、お前のそういうところに似たのかもな」
苦笑いだがどこか楽しげには笑う。それを見てシュウジも滅多に見せることのない笑みを薄く浮かべた。
すると、の名を呼ぶ声がの耳に届く。それは弟の声で、慌てているのか少々息が上がっているようだった。
「お、お姉ちゃん…」
「なんだユエ」
慌てているユエを見てもは一切動揺したりはしなかった。地流の罠の約束の時間までにはまだまだ時間はある。
それと関係のないことは今のにとっては全てどうでもいいことなのだろう。
「リクさんのこと…どうして止めなかったの?どう考えたってリクさん一人じゃ――」
「ソーマとナヅナにでも頼まれたか?言っておくが、今更リクの説得なんてするつもりはないぞ。
リクの決めたことに他者である俺達が関っていいはずないだろ」
キッパリと言い放つにユエは表情を暗くした。
と違い、ユエにリクを守らなければならないという義務感はない。だが、ユエはリクを好いている。
自分が好意を抱く人間が傷つくことをわかっていながら無視するなど、ユエには到底できないことだ。
だが、自分にはリクを止める力もないし、守る力もない。
だからユエは姉のを頼った。しかし、の言葉に揺るぎはない。
『正当論振りかざしてるように見えて…。、あんた自分が関りたくないだけでしょ?』
クスクスと笑いながら意見したのはライヒだった。無表情だったの表情に歪みが生じる。
憎らしげにライヒを睨むがライヒは痛くも痒くもないといいたげに更に言葉を続ける。
『リクと同じぐらいにアンタの精神も揺らいでいるし、恐いんでしょ?
リクが我を忘れたときに自分が止められるかどうか。そして…自分も正常でいられるか』
ライヒの言葉に間違いはない。
の心の奥に眠る不安を見事射抜いている。恐いのだ。リクを傷つけずに止められるかどうか。
過去のあの戦いの中であのような惨劇が起こったのは早く言ってしまえば自分の所為。
もっと強ければ、もっと確りしていれば…。リクにこんな苦しい思いをさせずに済んだはず。
戦いなんてさせずに済んだはず。そう思うと、自分がリクにかける言葉など戯言にしか聞こえない。
そして、事実を叩きつけることしかできない、リクを傷つけることしかできないように思えるのだ。
『やっぱり、アンタの元からを離しちゃいけなかったのよ。アンタはまだまだ未熟。
なしじゃ、なにもできないのよ』
『…朱玄、貴殿と言えどに対する侮辱は許されんぞ』
『侮辱じゃないわよ。これは紛れもない事実。あのころからなーんにも変わってないじゃない。
一人で全部抱えこんで、強がって、最後の最後に何もかもを拒絶して…。これじゃ、馬鹿の一つ覚えよ』
容赦のないライヒの言葉。は悔しそうに歯を食いしばる。言い返したくとも言い返せない。
ライヒの言葉は単なる嫌味でも、悪口でも、侮辱でもないのだから。思ってくれているからこその警告。
だが、それは今のにとって重荷にしかならない。
「チッ…!」
「あっ…お姉ちゃん…!」
ユエの言葉など一切聞かずはユエとライヒの前から姿を消した。
不安げな表情での後姿を見ていたユエが不意に困ったような表情をライヒに向ける。
するとライヒはケラケラと笑いながら口を開いた。
『この程度、昔のアンタに比べたら可愛いものだと思うんだけどねェ〜』
そう言葉を返すライヒにユエは『今も昔もそんな事言わないよ』と苦笑いしながら答えた。
 
 
 
同行しない。そんな事をいくら口で言ったところでそれを実行できるかなどそれを保証することなどできはしない。
別に約束したわけでも、誓い合ったわけでもない。だが、それを口にしただけのこと。だから、はこの場にいる。
破壊衝動にかられるリクとそのリクの道具となり伏魔殿を破壊するコゲンタのいるこのフィールドに。
それを――破壊活動を止めることは出来ない。どうやって止めればいい?
いくら正しいことを言っても、リクの耳には届かない。
の言葉は今のリク――記憶を取り戻したリクにとってはやはり、厄介事を遠ざけようとする『護衛者』の言葉でしかない。
そんな半義務的な人間の言葉など聞きたくもない。だから、リクの耳には届かない。
そんな事を思いながらは気が狂ったかのように破壊活動を続けるリクを見つめた。
「リク……ごめんな。お前がこんな思いするのも…俺の所為なんだ…」
謝罪の言葉だけがの口から漏れる。届かない謝罪の言葉は騒音にかき消された。
 
 
 
マサオミがリクの頬を叩いた。パシィ…ンとスローモーションでもかけたかのように音が響き、
フィールド全体を支配していたはずの騒音がその一瞬だけはなくなったように感じられる。
「目を覚ませリクっ!怒りに任せて式神を使うなど、恨みに任せて式神を使うなど!
そんなことは闘神士として一番やってはいけないことなんだ!
お前の父上と母上はその力を、式神の力を、何の為に使うのかを教えてくれたはずだ!」
懇願に等しいマサオミの叫び。それをリクは黙った聞いている。
「お前の父上と母上はとても心の優しい素晴らしい方だったはずだ!とても自然を愛してやまない方だったはずだ!
お前が覚えていなくともこの俺が保障する!だから…思い出すんだリクッ!!」
「ぼ、僕は……」
我に返ったリクの手からドライブが落ちる。
それと同時にコゲンタの大降神も解かれてコゲンタが通常の姿を取り戻し、リクのドライブの中へと戻っていった。
「すまないリク……」
「マサオミさん…頭を上げてください。僕が…僕が悪いんです。僕が悪い事をしたんです…」
「本当に……すまない…リク………ッ」
マサオミがリクに謝り続ける。
リクがいくら頭をあげてくれと言っても…まるで、リクの言葉を聞いていないかのように……。

 

 

「やっぱり、彼はガシン君なんだな」

 

 

それを遠目から眺めていた何者かが呟いた。だが、その声は誰にも聞こえることもなく空へと溶ける。
すると不意に大声が響く。
ボケッとしない!
このフィールドと一緒に懺悔しながら消えるつもりかい!?ほらっ!脱出するよ!」
「うわわっ!ライヒ!!」
小脇にユエとソーマとナズナを抱えマサオミとリクに向かってライヒは怒鳴る。
その威圧感はいつものライヒからは想像もできないものだった。
辛気臭い空気を嫌ってなのか、己の闘神士ユエまで捲き込まれそうだったからなのか。それはわからない。
だが、そのライヒの一喝により、リクとマサオミは慌ててライヒの元へかけた。
「まったく、ユエの頼みじゃなければやってやれないわね!」
不機嫌そうに一言そう言いライヒはリク達を抱えて伏魔殿から脱出した。

 

 

 

 

なんだこのドロドロは…!