「儂は便利屋か?」
不機嫌極まりない男の声がの名を呼んだ。
はいつもならば毅然としている表情を歪めて苦しそうに無理やり笑みを浮かべた。
「いえ、そんなことは……」
「だが、この仕打ちはどう考えても儂を便利屋、もしくは式神呼び出し機ぐらいにしか考えていない対応だろ」
男の鋭い視線がに突き刺さる。は胃の辺りを押さえながら真っ青な表情で更に男の言葉を否定した。
しかし、男の機嫌と視線は穏やかな物になることはない。はこの男に頼ったことを一瞬後悔した。
だが、よくよく考えればこの男ぐらいしか頼れる人間がいないということに気付くと諦めの溜め息をついた。
「……今、心の小さい男だ。とか思っただろう?」
「思ってないです。そんなこと一切、思いません」
そう言葉を返しつつ、は心の奥底で『被害妄想か?』と男を疑った。
「、そのうち修業をつけてやる。心の準備ができたらまた来い」
にドライブを手渡しながら男は少し穏やかな口調で言った。だが、の心の中は穏やかではなかった。
「(次にここにきたら…確実に死ぬかも………な)」
暗躍闘神士
無事にミヅキとユーマを伏魔殿の奥底より、地流本部に帰還させたは久々にのドライブに戻ってきた。
だが、いつもと違うの雰囲気を直に感じ取ったは不安げにに声をかける。
『…様?なにやら辛そうに思えるのですが………』
「……………」
はに言葉を返さず伏魔殿を行く。いつもならば強がりでも『なんでもない』とでも言葉を返す。
だが、今回は一切言葉を返さない。
先ほども、が『ただいまもどりました』と笑顔を向けても、は言葉を返さず無言でドライブをホルダーに戻してしまっていた。
いつでも、どんなときでも、絶対に式神に対してはこんな態度をとらないだというのに…。
はの元を離れたことを悔やんだ。いくら咄嗟の行動はいえ、から自分が離れるのは不味かったようだ。
『様、何があったのか教えください。これでは私はあなたを支えることができません…』
「支えなくていい。お前に支えられてばかりだから俺はいつまでたっても強くなれない。
いつまでたっても昔のままなんだ…っ」
吐き捨てるように言うには戸惑った。
こんな言葉をの口から聞くことになるとは思っていなかったのだから。
『何を言ってるんですか…?様は確実に強くなっています。昔よりも数段に……』
「そんなの力だけだろ!!
いくら力だけが強くなったところでリクを支えることなんてできはしない!……俺はリクを傷つけるだけだ…」
ぐっと拳を握りはやり場のない自分への怒りをその拳に向けた。爪が肉に食い込むが痛みはない。
それよりも怒りの感情が先立っている。不甲斐無い自分。弱い自分。迷惑ばかりかける自分。
そんな考えがの頭を支配した。
「様はリク様を傷つけたりなどいたしません。様はリク様を思っておられるのでしょう?ならば…大丈夫。
もし傷つけたとしても…様ならばそれを癒してあげることが出来ます。
様、あなたはリク様の護衛者である前に…リク様の家族なのですから」
はの頭を優しく撫でながら言った。の言う通りはリクの護衛者であり『家族』。
生まれた親は違うにしても共に育ったことは紛れもない事実。そしてその絆も硬いことも事実だ。
「大丈夫…様は一人ではありません。ユエ様も、リク様も…そして式神がいます。
なにもかも一人で抱えこまないでください。それに、私との契約条件は―――」
「過去の過ちを繰り返さない。……だったな」
下げていた顔を上げはに笑顔を向ける。はそれを見て嬉しそうに笑って『ええ』と答えた。
「危ない危ない。危うくお前との契約を破るところだったな」
「様も変なところで猪突猛進なんですから……。気をつけてくださいね」
「…お前も俺に対してだけは結構毒舌家だな」
伏魔殿を後にして、はとある式神を訪ねていた。
それは、甲羅と白蛇、そしてくりくりとした目が特徴的な式神だ。
「コロク、頼んでおいたものはできているか?」
「おお〜じゃねーか。龍虎の双刀だな?できてるできてる」
が尋ねてきたのは闘神士を持たない式神――はぐれ式神の玄武のコロクだった。
コロクは刀鍛冶としての実力に優れており、はよく自分の式神の武器を鍛えなおすときにこのコロクを頼っている。
コロクものことを気に入っており、嫌な顔一つせずに依頼を引き受けてくれている。
まぁ元々、ユエの使役するライヒが玄武族と仲がいいことがあるからなのだが。
「ほれっ」
「いつも有難う御座います。コロク殿」
「なーに、これぐらいお安いご用だ。それより、今面白いヤツラが来るんだが会ってかねーか?」
楽しげに笑うコロクを見てはと顔を見合わせた。
「面白いって…名落宮にそんな愉快なヤツラなんていないだろ?」
名落宮は本来、禁忌を侵した式神や途中で闘神士を失った式神が集まる場所。
それ故、面白い――愉快な性格のものなどはほとんどいない。いるとすれば、コロクかラクサイぐらいなものだ。
もし、ラクサイが来るとしても複数ではないのだから『ヤツラ』とは言わないだろうし、
に対して態々ラクサイが来ることを隠す必要もない。それだけにとの疑問は大きい。
「まーな。名落宮にゃぁいないが、人間界にはいくらでもいるだろ」
「……俺達以外に武器を鍛えているヤツがいたのか?」
「いーや、今日まではお前等だけだ。
今日からはお前等ともう一人になるけどな。まぁ、そこで待っててくれや迎えに行ってくるからよ」
コロクはそう行って出口の方へと消えて行った。
はそれを視線で見送りコロクが鍛えなおしたの武器――陰陽双刀・白幻虎と黒嵐虎を手に取り眺めた。
鋭さを増す二つの刀。それを見ては確実に力をつけているとこを確信した。
それはコロクでもなく、自分たちでもなく――この刀を創るにあたって協力してくれたと言う白虎の子孫が。
「あれ?さん…?」
「あ」
耳に届いた声はリクのものだった。その後ろにはソーマとナヅナ。そしてなぜだかボート部一同がいた。
まさかここで会うとは思っていなかった存在の登場には驚きの表情をその顔に浮かべる。
それを見てコロクが楽しげに『面白いだろ?』と尋ねてきた。は苦笑いを浮かべて『一応な』と言葉を返した。
「お前達…どうしてここに来たんだ?」
「さんこそ…あの日以来またずっといなくなったから…心配したんですよ」
「あ、ああ…悪い。ちょっと自分の力を見つめなおすのに修業にいっていてな。
…俺はその帰りの寄り道でここに来たんだ」
悲しそうな表情でリクはに言った。あの日――地流が罠を仕掛けてきた日以来の再会だった。
はあの後、太刀花荘には戻らず自分を見つめなおすために己の師の元で修業に励んでいた。
もちろんのこと、一切の連絡なしにだ。
「僕達は…コゲンタの虎鉄が折れてしまったんです。それで…」
「折れた…か。コゲンタも『コゲンタ様』とか浮ついた台詞は言えなくなったな」
折れた虎鉄とリクを見てからは小馬鹿にしたような笑みをコゲンタに向けた。
コゲンタは『なんだとこの野郎ッ!』と声をあげ、に飛びかかるがコロクの木槌がコゲンタの頭上に直撃した。
コロクは呆れかえったような表情を浮かべてコゲンタを睨んだ。
「オイコラ、コゲンタ。お前ェ…」
「コロク、今はそんなこと話してる暇はないだろ。はじめるならさっさとした方がいい」
口を開こうとしたコロクをは止めてことを進めるように促した。
少々コロクは不満気だったが仕方なさげに作業をはじめた。
「なぁ、はコロクとか…はぐれ式神と仲がいいのか?」
虎鉄の打ちなおしが始まりなんの役目も与えられなかった暇人組――
ソーマと、ユエはコロク達の作業の様子を眺めながら雑談をはじめた。話を振ってきたのはソーマ。
元々、名落宮やはぐれ式神の存在自体知らなかったソーマにとっては、
友人とでも話すかのようにコロクと会話するを不思議に思ったのだろう。
「本来、はぐれ式神はあるべきものではない。だが、式神にも変わり者が多くてな」
「んで、はその変わり者に好かれやすい。と」
「コロク、お前そのうち日干しにするぞ」
苦笑いしながら答えるだが、その間にコロクが茶々を入れる。その苦笑いのままコロクには脅しをかける。
コロクが乾いた笑い声を上げてから作業に戻った。
「仲、いいんだな」
「まぁな。だが、本来ならば俺よりもユエの方が玄武とは友好を築きやすい」
「でも、ボクは力がないからあんまり名落宮とか伏魔殿とかにいかないんだ。敵に襲われても対処できないし」
力なくユエは笑う。だが、今更それを気にかけるものはいない。
ユエ自身、もうすでに諦めていることだ。今の自分ではどうする事もできないと。
「…ユエも大変だよな。式神は降神できても印きれないんじゃ」
「もーすこしボクが呪術とかに強ければライヒの封印、解けたんだけどね」
そんな会話をしていると不意にコロクがソーマを呼んだ。
コロクが言うには仕上げに入るとのことだ。それを聞きは下ろしていた腰をあげた。
「様子を見てくる。だが、リクに手を貸すつもりはない。だから…虎鉄を早く完成させろ」
「「「「「はいッ!」」」」」
四部長――オオスミと甘露のミユキ。リクと白虎のコゲンタ。その戦いをは高みから見物していた。
ソーマ達に言ったようににリクを加勢するつもりはない。ここでコゲンタには一山越えてもらわなければならない。
今のままではリクの全てを受けきれるかどうかはっきり言って怪しいものだ。
天流最強の闘神士――ヤクモの式神だったコゲンタ。その実力は折り紙つきだ。
それだからこそ、今までリクが闘神士を下りる事にならずにすんでいた理由の一つでもある。
しかし、ヤクモとリク。戦略などの点から見た闘神士としての実力はヤクモの方が各段に上。
だが、リクの天流宗家としての力はおそらくヤクモを遙に凌ぐだろう。
と、いう事は、ヤクモの力を受けとめる事ができたコゲンタのままではリクの力を受けとめられないという事だ。
それを表しているのが虎鉄が折れたと言う事実。
『心配しなくとも、コゲンタ様は大丈夫だと思いますが……』
「白幻虎を見ればわかるんだが…な」
ミユキに追い詰められるコゲンタ。
だが、の心に不安の色はない。リクの力も、コゲンタの力も、そして、ソーマとナズナやボート部一同の力も信じている。
世話になったオオスミには悪いがオオスミが負けるという予想に揺るぎはない。
「これで残った四鬼門は二つ……後二つで始まるな俺達の戦いも」