「え…?今なんて……」
「一度、実家に帰ろうと思う。俺だけで」
突然、がなんの突拍子もなく実家に帰ることを告げた。しかも、弟のユエをこの太刀花荘に残してだという。
それに弟のユエは特に何の疑問も不安もない様で、笑顔での荷造りの手伝いをしていた。
「待ってよ!今、一人で行動するのは危ないよ!」
「そうそう。この間みたいに地流の連中に襲われたらどーすんの?」
「「「えぇ!?」」」
マサオミの一言にリク達は素っ頓狂な声をあげる。
マサオミはそんな声をあげられるとは思っていなかったのか呆気にとられたような表情を浮かべて固まった。
だが、もユエもそれに驚く事はせずに手を動かしている。
「ちゃん。あの時のこと言ってなかったの??」
「ああ、あいつ等は俺を狙っていたんだ。言う必要はないだろ」
「…っ!それでしたら余計お一人でご実家に帰るなんてダメです!様といえど、お一人は…!」
「そうですよ。もし、さんの身になにかあったら…」
必死にを止めようと説得を試みる二人だが、はなにも言わずに無言で更に荷造りと進めている。
おそらく、誰の静止も聞くつもりはないのだろう。だが突然、ライヒが説明をはじめた。
『は名落宮を通って実家に行くから何も心配ないわよ。
いくら地流の連中でも名落宮にはそう簡単には行けないわ。だから、の心配は無用よ。
唯一心配なのは、コロクのところに寄り道して無駄に時間を食わないかよ』
そうライヒが一言言うと、はギクリとして手を止め『どうだかな』と苦笑した。
暗躍闘神士
「ああ…来てしまった」
は自分の目の前にある大きな門を見てつぶやいた。そこは自分の実家。
しかし、今は天流闘神士が集う修業場だ。はここに来たくはなかった。
来てしまえば自分を待っているのは地獄だけだからだ。だが、行かなければいけない理由があるのもまた然り。
笑えないこの状況には悔しそうに地団駄を踏んだ。
「先輩――ッ!!」
「っ――!!!!」
後方から人の声と衝撃がを襲う。
極限状態で中に入るか、入るまいかと考えていたにはかなり大きな衝撃だ。
「なにをそんなに驚いてるんですか?先輩」
縮んだかと錯覚に襲われた心臓を押さえては錯覚に襲われた原因を見た。
原因は一人の少年で。少年は不可思議そうにの顔を覗いている。
は苦笑いを浮かべながら少年に、はなれるように言った。
「いきなり突撃を食らって驚かないほど俺はふてぶてしくない。師匠じゃないんだから……」
「あっ、確かにそうですね。ついつい、師匠の時のノリでやっちゃいました!すみませんです」
和やかに笑っている二人。だが、不意に重苦しい気配が増えた。二人の笑みがぴたりと止む。
二人は顔を見合わせて自分達の愚かさを呪った。
だが、意を決してその気配の方を向けば、と少年の呼ぶ師匠――一人の男がいた。
男は蛙を睨む蛇のような目で二人を睨んだ。
「ほぉ…?儂はお前等にとってふてぶてしい存在だったのか。それは悪かったな」
「ふ、ふてぶてしいだなんて滅相もないです!そんなつもりで言ったんじゃないですよ!!」
「ただ、肝が据わっていると言いたかっただけなんです。
けして、けして。師匠の考えているような意味合いで言ったわけではありません」
「…まぁいい。さっさと本殿に行くぞ」
と少年の必死の説得が通じたのか男は不機嫌そうではあるが特に二人に罰則を与えることなく本殿に行くように促した。
その影で二人は『よかった、よかった』とホッと胸をなでおろしていたが、不意に放った男の言葉で青ざめた。
「明日から、新しい修業をはじめる……。かなりキツイのな」
男――シンヤに連れられては本殿に着いた。
見た目も、雰囲気も昔からまったく変わっていない。まぁ、変わるはずがないと言うのが正しいが。
が家を出るときにこの場所は封印された。時が来るまで人の目に付かぬようにと…。
そのおかげで、こうやって当時とかわならい状態で全てが存在していた。
「ユキジ、あの阿呆どもから連絡は来たか?」
シンヤが男――ユキジに声をかけた。
「いえ、まだきていません。……それにしても、大きくなったなお嬢様」
「ええ、それにすっかり綺麗になったわね」
本殿に入ってきたを見てユキジとその横にいる女性――ユキナが嬉しそうに笑いながらに声をかけた。
は少し照れくさそうに頭をかきながら二人から視線を逸らした。
この二人はにとって兄弟子と姉弟子だ。
二人ともを幼い頃からよく知る人物で、も昔からこの二人をとても好いていた。
だが、色々あって会うことができなくなり、久々の再会だった。
そのため、なんと言葉をかけていいかわからないのと、照れくさいのでは視線をそむけたわけだった。
「ふふっ、相変わらず誉められるの苦手みたいね」
「あ、ああ…久しぶりだな。ユキジ、ユキナ」
「いくら経っても……かわらないもんだな。人ってヤツは…」
「なに、哲学者ぶっている。感動の再会ごっこをやっているほど暇ではないぞこちらは」
シンヤに一喝されユキジは肩をすくめて『へいへい』と返事を返してなにやら印をきり始めた。
それをシンヤは真剣な眼差しで眺めている。取り残されたはユキナに近づき今の状況を尋ねた。
「今、阿修羅一族の協力を得に行ってるわ。でも、大分駄々をこねてるようで結構時間が経っているわ」
苦笑いしながら言うユキナを見ては駄々をこねる阿修羅一族の――ミロクを想像した。
どういう風に駄々をこねているか手に取るようににはわかった。
それ故に、説得に向かっている者に対して少々申し訳ない気がした。
阿修羅一族は闘神士に仕える事を嫌う。相当うまの合う闘神士でもない限り、絶対に契約にこぎつける事はできない。
勿論、阿修羅一族の存在する『村』から人間界につれていこうとするのも同等だ。
しかも、ミロクは阿修羅一族でも、最も闘神士にケチをつけるのが得意な式神だ。
相当のやり手でなければ説得する事は不可能だ。
「……無理じゃないのか?普通の闘神士じゃミロクを説―――」
『ええーいッ!!阿修羅の王子である俺にこんな無礼を働いてただで済むと思っているのか貴様ッ―!!』
『説得できない』と言おうとした矢先に聞きなれた怒鳴り声が聞こえた。は不意に姿を見せた障子戸に視線を向ける。
すると戸が開き、ぽーんっと黒髪の少年――いや、阿修羅のミロクが姿を見せた。
人に見えるがよく見ればミロクの背には8本の腕がある。
それが確実に彼が人間ではなく式神だと言うことを現していた。相変わらずのミロクを見てはホッとした。
「落ちついてくださいミロク様。あいつも悪気が合ったわけじゃないんですよ」
『あったらぶん殴っとるわいッ!!』
まぁまぁ、とミロクを落着けようと更に障子戸から姿を見せたのはのよく知っている人物だった。
茶色の髪にマント。ここは天流闘神士の修業場だ。よく考えれば、いてもそんなにはおかしくない。
「…ヤクモさん」
「え??…?なんでがここに……」
いるとは思っていない存在の登場にお互いに言葉をなくした。
どう言葉を返していいのかわからずオロオロしていると、不意には後ろから何者かに抱きつかれた。
懐かしい香りがの鼻を撫でる。は頭の片隅で誰かを思い出しかけた。
「お久しゅう御座いますな、我等が姫君」
白髪と月のような琥珀色の瞳。それは懐かしく、一番にが信頼を寄せる兄弟子の特徴だ。
「ビャクヤ兄―――」
『貴様ッ―!!俺のになにをするのかッ――!!』
兄弟子の名を呼ぼうとしたがまた突然、何者かにその身を引かれ抱きつかれて、
は口に出そうとした言葉を飲み込んでしまった。を引き寄せたのはミロク。
その顔にはえらく怒りの感情が浮かんでいる。
相当の兄弟子――ビャクヤがに抱きついたことが許せなかったらしい。
「オイオイオイオイ、ミロクだけのじゃないだろ。は俺達皆の大切な姫君だっての」
『あ゙ぁ゙?』
バチバチと火花を散らすビャクヤとミロク。
だが、いい様に自分の存在を無視されていることに気付いたは薄く笑みを浮かべ、
その背後に殺気を含ませて低く唸るように二人に声をかけた。
「ミロク、ビャクヤ兄さん。あまりふざけた事を言っていると……落としますよ?」
その殺気に気付いたのかビャクヤもミロクもズササッ!と音を立ててから距離を取った。
すると、場の空気が静まったと判断したのかシンヤが口を開いた。
「、お前のためにその阿修羅を連れてきたんだ。さっさと契約を更新しろ」
シンヤに言われは不貞腐れた表情を浮かべている式神――阿修羅のミロクを見つめた。
シンヤの元で修業していたときに出会い、契約し、共に戦ってきた。
だが、は地流に所属するときにこのミロクをなにも言わずに手放した。
どんな理由があるにせよ、の行動はミロクの信頼を裏切る形になっていた。
だからこそ、彼が自分の手を取ってくれるかがにとって不安なことだった。
いくら彼が昔、自分を気に入ってくれていたからといって、あんな酷い事をして許してくれるなどとは思っていない。
「俺に『契約してくれ』なんて言う資格はない。だが…また共に戦いたいんだ。ミロク……もう、俺とは組めないか…?」
そっと手を出して見る。だが、ミロクの視線は冷たい。
わかっていた事ではあるがの心にはそれは酷く重くのしかかった。やはり、ミロクを傷つけてしまったのだと。
後悔がつのり、ミロクを見ていたはずの視線は地へと落ちている。
「俺はもう、お前と手と手を取り合って戦うつもりなんかないし、おまえの横に立つつもりはない。
俺はもう、お前の前にしか立つ気はない。横なんて真っ平だ」
「ミ、ロク…」
「いいか!次、俺をのけ者にしたら式神の均衡崩す勢いで暴れるからな!!」
そう言ってミロクはのドライブに消えていく。は自分のドライブを見つめ自信に満ちた表情を浮かべた。
「いい顔してるな。うちの姫君は」
「……お前な、その言い方やめろ。が嫌がってただろ」
「まぁまぁ、そんなに目くじら立てるなよマイハニー。あながち、間違った表現でもないんだからよ」