「どうしてヤクモさんがここに?」
阿修羅のミロクとの契約を完了し、はいるとは思っていなかった存在に声をかけた。
天流でもその名を轟かせた伝説の闘神士――吉川ヤクモ。
そんな人が態々、名も知れぬ天流の修業場に姿を見せるのはどうしても不可思議に思えた。
「すまない、俺もよくはわからないんだ」
ヤクモに問う、だが、の欲しい答えはヤクモからは返ってこない。
そうなれば自然と視線が傾くのはビャクヤだ。
「ヤクモがここに来た理由は俺だけど、呼んだ奴はシンヤ。俺が愛しのヤクモをこんなところに呼ぶわけ――」
『愛しの』それが禁句だったのだろう。ビャクヤが台詞を言い終る前にヤクモの鉄拳がビャクヤに放たれた。
油断していたビャクヤはヤクモの拳を顔面に受け倒れた。
そんな状況を見たは、いつも冷静なヤクモしか見ていないために、『これがヤクモさん?』と心の中で困惑した。
「変なこと言うな…!!、間違っても本気にするな」
「は、はい…」
いつになく真面目な顔で言うヤクモには苦笑を浮かべつつ言葉を返した。
 
 
 
 
 
躍闘神士
 
 
 
 
 
「ビャクヤを呼んだのは阿修羅との契約をなすためだ。
ビャクヤぐらいな者だからな、阿修羅の里に足を踏み入れることを許されているのは…。
こんな阿呆でも一つぐらいはとりえがあるものだ」
ヤクモとの疑問にキッパリとそうシンヤは答えた。あまりに酷い言い様だったが、
誰一人としてその言葉を否定する言葉を返すことはなく、全員が全員、ただ苦笑いを浮かべるだけだった。
「で、俺とヤクモは伝説の『悪魔』サマの状況を確認に向かうところだんだが……。
……お役ご免ならさっさと向かいたいんデスけど?」
「ああ、この間にも神流は着実にウツホの復活の為に動いている。時間が惜しい」
気楽に言うビャクヤとは対照的に、ヤクモの表情は真剣なもので、その表情からことの深刻さがうかがえた。
するとシンヤは不意にビャクヤに何枚かの符を投げつけた。
それをビャクヤは慌てながらも全て受け取りシンヤに『これは?』と尋ねた。
だが、シンヤは不親切になにも答えず本殿を出て行った。
「……ユキ兄、これわかるか??」
この場の最年長者であるユキジにビャクヤは意見を求めた。ユキジはシンヤがビャクヤに投げつけた符をまじまじと見た。
符には、赤文字で何文字かの梵字が書かれている。
ビャクヤも梵字の書かれた符を使うので、意味は普通ならば理解できる。
しかし、その符に書かれた文字は実に奇怪で、ビャクヤに理解することはできなかった。
「わかんないな。…というか大体、お前がわかんないもんを俺がわかるわけないだろ」
符をビャクヤに渡しながらユキジは苦笑いしながら言った。ビャクヤは返してもらった符を眺めながら唸る。
「?そんなに難しいことが書かれてるのか?……というか、あの人はなにものなんだ?」
ことの状況について行けなくなったヤクモが不満気に尋ねた。
ヤクモを除いた5人が符を見ながらあーだこーだと言い合っている間、ヤクモは萱の外状態だった。
ヤクモも多少は陰陽術には詳しいつもりだが、符に書かれた梵字を理解することはできなかったし、シンヤに関する情報も一切ない。
「ん〜?あ、シンヤは俺達の師匠で、陰陽道のエキスパート。だから、俺達の知らない呪術をいくらでも知ってんだよ」
「それと、ヤクモ君に勝るとも劣らない闘神士でもあるんだ。まぁ、滅多に降神しなけど…」
ビャクヤとユキジの言う通りにシンヤはヤクモを除く5人の師匠だった。
陰陽道だけではなく、闘神士としての実力も折り紙つきで、5人が束になれば勝てるだろうが、
一対一ではどうやりあったところで絶対に勝つことはできないほどの実力者だ。
「……そんな強い存在だったら、直にでも地流か神流に狙われていたんじゃ…?」
「仮に狙われたとしても、シンヤなら心配ない。常識はずれに強いからな。
あと、この間までシンヤは山で隠居生活してたから…。まぁ、気付かれなかったんだろ」
出る杭打たれる。そう言う言葉もあるが、姿が見えていなければいくら出ていようとも打たれる事はないだろう。
ビャクヤの言葉を聞きヤクモは納得した。だが、それと同時にまた一つ疑問が生まれる。
今まで隠居していたのならば、何故今態々この面倒な事になった表舞台に出るのか。
隠居と言うことは、現代のものとの接触を断つということのはずだ。
「ビャクヤ、何故あの人は今更――」
「おっと、無駄に時間くっちまったな。手遅れになる前に早く行こうぜマイハニー」

 

 

がすっ

 

 

「……じゃあな、
自分がビャクヤに問いかけていたことも無視してヤクモは、
またヤクモの鉄拳をくらい目を回しているビャクヤの首根っこを掴んで闘神符で道を開き、
に一声かけてその中へと消えて行った。そんなヤクモをを見ては苦笑いしながら見送った。

 

 

  
「さて、邪魔者がいなくなったところで……、お前の考えをきかせてもらおうか」
いなくなったはずのシンヤが不意に姿を見せる。の顔つきが厳しくなった。
だが、それを気にせずさらにシンヤはに返事を急かす。
「……現地流宗家は捨て置いてもいずれ落ちる。
天流宗家、次期地流宗家は、共に力はそれなりに蓄えている。おそらくは天地の『極』は簡単に力を共に使うだろう。
だが、問題は神の『極』。神はウツホを少々狂信している節がある」
の言葉通り、現地流宗家ミカヅチはいずれリクに倒されるだろう。
いくら力をつけていようとも、間違った力の使い方をしている者に光はない。
最終的に忠告することはなくなってしまったが、はミカヅチに『逆式だけはするな』と忠告したかった。
逆式は禁忌。下手をすれば死に到る。今まで禁忌を侵してきて、生き延びた者はいないと聞く。
だが、の中では特別ミカヅチを心配しているわけではない。心配しているの式神の赤銅のイツムの方だ。
しかし、ヒョウオウの報告ではすでにミカヅチは逆式に侵されており、手の打ちようがないという。
まぁ、あったとしても、道を間違えた愚か者にその手打つかどうか怪しいが。
天地流派は、事の真実を知らない。それ故、恐れる事はない。だが、神流は違う。
全ての道程を知った者達の集まりだから性質が悪い。
それに加えて、ウツホを崇拝しているが故に、ウツホの言葉を鵜呑みにして疑うことを知らない。
そして、何よりも怖いのは仲間と平安を奪われたことへ対する怒りと憎しみ。
それは人間の力を最大限に発揮する感情なのだから。
「……手負いの獣は危険と言うことか。神はほぼ、我を失ったに近いな」
「その傷を作ったのが、天と地だから話がややこしくなる…。
いくらリクがなんと言ったところで神には綺麗事にしか聞こえんだろうな」
そういいながらは天流宗家――リクのことを思い出した。リクは事の真相を知ったらどう思うだろう?
この悲劇を起したのは自分の先祖達で、その結果がこの有様。リクがどう思うか、気にはなるが予想はしない。
予想をしたところで当たるはずがないし、したくはなかった。
「一ついいか?」
不意にユキジがとシンヤの会話に入りこんできた。シンヤは不機嫌そうに『なんだ』と言いユキジの言葉を促した。
「逆式を使った奴に勝てるほど、天地両宗家の実力は満ちていない気がするんだが……」
ユキジの言葉も尤もか。リクもユーマも今の段階では絶対にミカヅチには勝てない。返り討ちにあうのがオチだろう。
だが、とシンヤの会話は既にミカヅチをリク達が倒すことを前提にしている。
それがユキジ達にとっては不可思議なのだろう。
「…馬鹿者が、なんのための神だ。地流宗家を倒せるその実力に達するように神が手を打つだろう。
天地宗家がいなければ神の目的は達成されないのだからな。
で、よ、結果的に我々はどでるつもりだ?」
「天地の関係には一切手をださいない。
……だが、ウツホのことは話が別。なんとしてでもウツホを手中に収める」
「恐ろしい顔だな。だが、非情でなければこの戦い…、勝ちぬけんぞ。いいな、肝に命じておけ」
「……ああ」
 
 
 

 

 

「部長も副部長も四鬼門に行っちゃったし……どうなるんだろうね?地流」
空を見ながらキラはミラに問う。だが、ミラはキラに言葉を返さずに届けられた手紙に目を通していた。
無視されたことが気に触ったかキラは不機嫌そうに大声でミラの名を呼んだ。
それに驚いたミラは思わず手紙を落とした。
「ど、どうしたの?キラ…、大声なんて出して……」
「もぉ〜!ミラが返事してくれないならじゃん!」
「……そうだったの?ごめんなさいね。キッカさんからの手紙に集中してしまって」
苦笑いしながらキラに謝罪の言葉をかけるミラ。だが、ミラの返答を聞いたキラの表情は青ざめている。
ミラは何故キラが青ざめているのか理解しているのだろう。ニコリと笑って『安心して』と言った。
「ミカヅチ様が負ける…と書いてあるけど、だからと言って地流がなくなるわけじゃないわ。
私達は私達なりに地流を支えていきましょう」
「やっぱり……、ミカヅチ様は負けるんだね…」
「禁を犯した。…と書いてあるから、逆式でも使ったのかもしれないわね」
悲しみの感情を強くその顔に浮かべるキラ。
だが、ミラは淡々としていて、さして地流宗家であるミカヅチが負けることを悲しんでいる様子は見られない。
地流宗家がいなくなっても地流であることには変わりはないという地流としてのプライドがそんな態度をとらせるのか。
それも――彼女にとって地流自体がどうでもいいものなのか、それは窺い知ることはできない。
「あと…何があっても私達は地の心のもと…やっていけばいいの」
「地の心のもと……」
「誓いの言葉、忘れてないでしょう?」
 
 

 

 

 
「僕達が地流としての仕事をするのもこれが最後ですね。まぁ、既に半分神流としてですが」
「何が言いたい」
「別に?ただ、長いようで短かったと思っただけですよ」
キツネの面を被った花魁姿の男――タイザンと会話をしているのはガザン。
地流を裏切ることを惜しむかのようなことを言うガザンにタイザンは疑いの眼差しを向ける。
それを受けてガザンは動揺もせずにいつも通りの笑みを浮かべながら否定した。
「ついこの間まで地流の下っ端だったような気がしますよ、本当に…。
あの時はこれでもかと言うほどにタイザンに足を引っ張られましたね。何度出世の場面を逃したことか…。
ああ、懐かしい
「お前は俺にそんな事を言うためについてきたのか…ッ!」
今にもタイザンの過去の恥かしい失敗話を語りはじめそうなガザンをタイザンは止める。
やっと地流と抜けるというのに、地流時代の物悲しい失敗話を思い出すなど真っ平ご免だ。
自分も、ガザンの弱みの一つも握っていればいいものの、残念ながらそんなものは持っていないので、
威圧するしか手はない。
因みに、タイザンにガザンを威圧できるわけないのだが。
「まぁまぁ、君の恥かしいお話はウツホ様やウスベニの前でゆっくりと…ね?」
クスクスと笑いながらあくびれもせずに言うガザンにタイザンは頭を痛めた。
冗談ではなく、本当にウツホやウスベニの前で失敗談などされたら生き恥もいいところだ。
そんな事を思うと気分が滅入り、肩が下がる。しかし、肩を下げさせておきながら、それをガザンは許さない。
「タイザン、最後の仕事ぐらいは胸を張ってキッチリこなしてください。僕は君に期待しているんですよから」
「ガザン……それは本気でとらせてもらっていいんだな」
「ええ、君が僕の期待に答えてくれればね」
ニコリと笑ってガザンは姿を消す。ガザンの居た方をタイザンは静かに眺め思う。やはりガザンは――
「信用におけんな…。それ以上に俺の実力も信用におけんがな」
そう言ってタイザンは笑い、自分を倒しに来たユーマにドライブを向けた。

 

 

 
「妖怪となれば天も地も関係ないな」
襲いかかってくる妖怪に向かって闘神符を冷静には放つ。
闘神符が発動すれば妖怪達は叫び声を上げて消滅する。ここは伏魔殿ではない。
だが、現れているのは伏魔殿に巣くう妖怪達。
これらがこの人間世界に放たれていると言うことは、四鬼門が全て封印され、四大天の力を制御しきれなくなったということだ。
後はことの流れにその運命を任せるのみ。不安は一切ない。の予想通りにことは流れるはずなのだから。
「けっ、天だの地だの神だのと……、人間ってーのはホントちんけだな。群れて敵対しなければ気がすまないのか」
「そうなるには色々と原因がある。……だが、それもこの大戦で終ると俺は思いたいよ」
妖怪をなぎ倒す式神達を見ながらはミロクに問われて言葉を返す。
ミロクは妖怪にきつい一撃を一発見舞うと真っ直ぐを見据えた。
「なら、そうなるようにお前は何を擲つ?犠牲もなしにいい運命なんて手に入らないぜ?」
値踏みするようなミロクの視線。
だが、の表情に変わりはない。その意志に揺るぎがないように、その決意にも揺るぎも迷いも一切ない。
もう、は戦うことを決めたのだから。
「全てを擲つ覚悟だ。それが、俺の存在理由だから」
「なら、絶対に泣言なんて言うなよ。何があったとしても……お前の全てを失ったとしてもな」
「愚問だな」
そう言って笑うの瞳に感情は見えなかった。