体を支配する不快感。それに嫌気がさしたのかは目を覚ました。
体に巻きついているのは糸。だが、軟弱な糸ではない。
大蛇一族の使う陰陽糸だ。巻きつかれた糸を見ては逃げられないことを改めて実感し、ちぃっと舌を打つ。
「(ドライブはやはり奪われたか……。まぁ、当たり前だが…)」
ドライブを奪われ、身動きも取れないとなれば今のにできることはない。
だが、だからといって諦めるのも癪だ。
「いい格好だな」
不意にに声がかかる。それは割りと聞きなれた声だった。
ここ最近は聞いていなかったが、昔毎日のように口論を交わしていた相手だ、そう簡単に忘れはしない。
緑色の髪を弄りながらに声をかけた男は意地の悪い笑みを浮かべた。
その笑みに心の中では悪態をつきながらもはあくまで気丈に振舞って見せた。
ここで弱みを見せるのも得策ではない。
「これはタイザン部長。こんなところで会うとは思ってもいませんでしたよ」
「ワザとらしい戯言だな」
「お気に召しませんでしたか。それは失礼」
一向に折れることのないの口調にタイザンの表情が変わる。
それはタイザンのいつもの表情。ようするには不機嫌そうな顔だ。
それを見てはさらに笑う。そしてにやりと笑って一言。「相変わらず、見かけによらず短気だな」と。
 
 
 
 
 
躍闘神士
 
 
 
 
「貴様ッ…!自分の状況をわかって言っているのか!!」
タイザンが大声で怒鳴る。だが、は怯まない。
地流時代に散々この怒鳴り声で怒鳴られてきた。今さらタイザンの怒鳴り声などにとっては春風の如しだ。
だが、その部下、そして自分の部下であったあの男の笑みには慣れることはできない。
「タイザン、さんを怒鳴りつけても意味はありませんよ。
残念な事に、さんにとって君は全くもって怖い存在ではありませんからね」
タイザンの後ろに現れたのは紫色の髪を持つ男。タイザンの部下――ガザン。
その顔には穏やかな笑みを浮かべているが、そのうちに秘める威圧感はタイザンなど話にならないほどだ。
昔からこの男はこうだ。だからも昔からこの男には逆らわないようにしていた。
しかし、ガザンも馬鹿ではないのだがら、に食って掛かることはなかったが。
……まぁ、脅しはいくつかあった。
「ですが…、ご自分の身分を弁えられない方だとは思っていませんでしたよ?」
「………」
冷酷な笑み。
本性を見せたガザンの笑みには悪寒を感じた。
「さて…、僕達は遊びに来たのではないんですよ。さぁ、さん。ウツホ様に会っていただきましょう」
「…っち。ウツホ様も何故こんな女を気にかけるのだ……」
ガザンがパチンと指を鳴らせば糸は音もなく姿を消した。
だが、は逃げようとはしなかった。
今のが逃げたところですぐに捕まるのは目に見えている。
それに、ドライブを残して――式神達を置いて逃げるわけには行かない。
それだけは何があってもしてはいけないことだ。
「身分は分かっていなくとも…身の振り方、聞き分けはいいようですね。感心ですよ」
ガザンに声をかけられるがは一切言葉を返さず無表情にただ前を見ていた。
その様子はまるで人形にでもなったかのよう。
ガザンはそんなを見てクスリと笑う。本当に自分の身の振り方を弁えていると。
だが、その影でタイザンがの表情を見て戸惑っている様子があった。
 
 
 
 
 
「ウツホ様、天流宗家の護衛者をここに…」
タイザンがウツホに告げた。
ウツホはゆっくりとその姿を現した。長い髪が揺れ、金色の瞳がを捉えた。
だが、は目の色を一つもかえずにウツホを見ている。その目に感情は宿っていない。
しかし、ウツホにとってはの意思が有無などどうでも良かった。
――いや、龍虎の闘神士の力があればそれでいいのだろう。
不意にウツホはの頭を撫でる。だが、それにすらは反応しなかった。
「この娘は私が貰い受ける……よいな」
の頭を撫でながらウツホは言った。
タイザンは不信そうな顔をしながらも「御意」と返事を返そうとした。だが、それを割って一人の女が口を挟んだ。
美しい黒髪を撫でながらその整った顔には不機嫌な表情を浮かべていた。
それを見たウツホは滅多に変えることのない表情を少し歪めた。
「ウツホ様、私よりもそのような娘をお選びになるのですか?その娘からは力さえ奪えばいいのでしょう?
でしたら…今までどおりでいいじゃありませんか。いつ、この娘がウツホ様に手を出すか分からないのですし…」
「カシン、お前といえどウツホ様へのその言葉使い。聞き捨てならんぞ」
あからさまにウツホを敬うつもりのないカシンの言葉。それにウツホの側近であるタイザンが黙っているはずがなかった。
だが、そんなタイザンなど相手にしていないのか、カシンはウツホに答えを急かした。
ウツホは怪訝そうにカシンを睨む。しかし、それにカシンは脅える様子もない。
まわりに控えているタイザン達はウツホの機嫌を損ねるのではないかと、気が気ではないというのに。
「分かった…。
この娘の身柄は…、ユウゼン、お主に一任しよう」
「御意」
ウツホから命を受けユウゼンは深々と頭を下げた。
その影でカシンが少し不満気な顔をしていたのはあまり知られていない。
「では」と言ってガザンはの手を引きその手をユウゼンに預けた。そして、ニコリと笑って言う。
「その方は天地宗家よりも大切なもの…、傷なんてつけないでくださいね」
「分かっている。……ウツホ様、御前を失礼いさせていただきます」
そう言ってまた頭を下げユウゼンはを連れてウツホ達の前から姿を消した。
それにしたがってウツホは元々自分の居た位置に戻り腰を下ろした。そして、タイザンが口を開いた。
「ウツホ様よりの命を言い渡す」
 
 
 
 
 
「君も存外イジワルですね」
ニコニコと笑いながらタイザンに言ったのはガザンだった。
その目線の先にはマサオミ――ガシンの姉であり、自分のよき友人であったウスベニの姿だった。
封印されたときと一切変わらないその姿は、改めて自分達が時を越えた計略を実行してきたのだと実感する。
今二人の目に映っているウスベニは彼等の知っているウスベニではない。あれはウツホによって作り出された傀儡。
その事実を知っているのはタイザンとガザンのみ。
それでも一部については勘付いているだろう。だが、ウスベニの封印を解くことを目的として戦ってきたガシンは、
喜びとウツホに対する信仰心によってその事実に気づくことはできなかった。
「……ならばお前も十分に俺の同類だろう。お前も知っていながら何も言わないのだからな」
「言ってくれますね。…まぁ、否定はしませんが」
言っても言い。だが、それでは計画が潰れる。だから言わない。
結局のところは自分達の計画が進めばそれでいい。…結果論はそうゆうことだ。
しかし、これまでずっとともに歩んできたガシンを手駒のように扱うことをタイザンは心の奥底で拒んでいた。
「妥協。しないでくださいね。…でないと、後悔しますよ」
「妥協……か。今更してどうなる。ここまできて俺が怖気づくとでも思ったのか?」
見下したような笑みを浮かべてガザンを見るタイザン。
しかし、ガザンはそんなタイザンの嫌味に表情一つ変えずに黒い物を一切含まない笑顔で答えた。
ええ
確りと肯定するガザンにタイザンは頭を抱えた。
この先、こいつの組んでいて大丈夫なんだろうか?と、
いつか逆に手玉に取られて裏切るのではないかとタイザンは懸念した。
「でも、怖気ついても僕は君の首に縄をかけてでも、引っ張って行きますけどね」
「………」
タイザンはガザンが裏切ってもいいと思った。
ガザンは何事においても裏切るのが仕事だと言っていた。ならばそれでいい。
だが、ガザンは自分自身を裏切る人間ではない。ならば、答えは自ずと出る。
「恐ろしいものは退屈な日々か……」
「?…なんです?突然」
「改めてお前の考えたかが迷惑だと思ってな」
「恩を仇で返す勢いですね。僕が君に仕えているのはこの考え方のおかげだというのに」
タイザンが笑いながら「まぁな」と返して、踵を返した。
 
 
 
 
 
「ヤクモってば大胆」
「殺されたいのかお前は」
ニヤニヤと笑いながら、襲いかかってきた女神流闘神士――ウスベニに抱きついたヤクモにビャクヤは言った。
それを聞きヤクモは今にも殴りかかりそうな表情を浮かべてビャクヤに言い返した。
「貴様等…!」
「おっと!俺はヤクモにしか興味ないから安心しろ!」
ごすっ
豪語するビャクヤにヤクモの鉄拳が振り下ろされる。その直撃を受けビャクヤは唸る。
だが、それを気にすることはなくヤクモはマサオミに言い放った。
ウスベニは人ではないと、それは単なる傀儡だと。
しかし、敵であるヤクモの言葉をそう簡単にマサオミが信用するはずもない。
「でたらめを言うな!」
「ヤクモ!お前…死んだ人間な好みなのか!」
「あ゙ーもうッ!お前は一回黙ってろ!!」
ヤクモの蹴りがものの見事にビャクヤに決まる。ビャクヤはまるでギャグ漫画かアクション映画の如く飛ばされる。
飛ばされた方向はウスベニの方で、ヤクモは「不味い!」と舌を打った。
だが、ビャクヤは不意に懐から一枚の符を取り出しウスベニへと投げつけた。
「きゃああぁぁぁ!!」
「姉上ッ!!」
ウスベニの体に符が張りつくや否やウスベニは叫び声をあげた。
慌ててマサオミがウスベニのもとに駆け寄るが、そのときには既にウスベニはウスベニではなくなっていた。
その姿は妖怪としかいいようがない。
マサオミは姉だと思って居た存在のあり果てたさまに愕然とした。マサオミ自身、妙だとは思っていた。
だが、その事実を否定したかった。ウツホを信じているが故に。
「オノレ……この陰陽師め…!!」
「あなた様に恨んでいただけるなんて光栄だね。ウツホ様」
ビャクヤの言葉にマサオミとヤクモの目の色が変わる。
だが、妖怪――それに一時的に身を宿しているウツホは表情をかえることなくビャクヤを恨めしそうに睨んでいる。
ビャクヤは符をヒラヒラとちらつかせながら余裕の構え。ウツホとビャクヤの間を緊迫した空気が支配した。
「マサオミとかいったけ?
お前、知ってたか?ウツホサマはこの世に存在する人間とこの世界を無に還そうとしているってこと」
「そう、この世を無に……。この世界を消そうとしているんだ!ウツホは!」
「そ、そんな馬鹿なッ!」
マサオミは動揺したように声をあげる。
だが、ウツホに慌てた様子もなく、その言葉を否定することも肯定することもなかった。
ようするにはマサオミの忠誠心を試しているのだろう。
性質が悪いと思いながらもビャクヤは何も言わずにその場を眺めていた。
「なら、どーしてウツホは地上にまで手を出す?
恨みがあるのは天地宗家――もしくは、闘神士のみのはず。
なのに態々愚民に手をかけていると言う事は…、この世を消すなり何なりしたいからだろ?」
「嘘だ…、嘘でございましょう!?ウツホ様ッ!!」
懇願にほど近い。マサオミは叫ぶようにしてウツホに尋ねた。
だが、ウツホは答えることなく嫌悪の表情を見せた。
「……マサオミ、お前には失望した…。
私を疑ったな?そのような物はもはや必要ない!死ね!!」
ウツホの体から無数の妖怪が飛び出してきた。
それに続いてウスベニが使役していた朱雀のバラワカが大降神を起こした。
すぐさま戦いの体制を取るヤクモとビャクヤ。
しかし、ショックから立ち直ることのできないマサオミはただ呆然と経ち尽くしている。
「マサオミ!ドライブをとれ!!まだお前は何も失ってはいないッ!諦めるな!!」
「……ヤクモ」
立ち尽すマサオミにヤクモは励ますように怒鳴り声を上げた。
「失っていない」そう言われマサオミは顔を上げた。
心細げな声でヤクモの名を呼ぶとその横から「この状況下でよく言えるな」と思うセリフが、
のけもにされていた陰陽師の口から飛び出した。
「あ!俺にはそんな励ましの言葉一度もかけないくせにマサオミにはかけるのかよ!不倫かヤクモ!?」
「本気で黙っててくれるかビャクヤ!?」
軽く泣きそうな声で怒鳴るヤクモ。
しかし、怒鳴られたビャクヤはニヤニヤと笑いながら、
ヤクモに言葉を返すことはせずにマサオミの方へと歩いていった。
「マサオミ、ヤクモの言う通りにお前は何も失っちゃいない。
お前のお姉さんだって、お前の働きようによっては救出だって、なんだってできるぜ?」
ニヤリと笑ってマサオミの耳元で囁くビャクヤ。
マサオミは我が耳を疑いながらもビャクヤに問おうとするが、
すぐさまビャクヤはマサオミから離れて妖怪に向かって符を放っていた。
「……白髪!この戦いが終ったら詳しい話聞かせてもらうぞ!」
「へいへーい。生き残れたらな!」
 
 
 
 
 
「さぁ、話してもらおうか」
バラワカも倒し、妖怪達の大方の方がつくとマサオミはビャクヤに詰め寄った。
ビャクヤは「まぁまぁ」などと言いながらマサオミを距離を少し置いた。
そして、二枚の符を取り出した。その符には片方には「天」もう片方には「地」と書いてある。
「お前の姉上様の封印は天地宗家じゃないと解けない。
勿論、ウツホサマでも無理。天地の証が無いからな。
だから、まだお前の姉上様は封印されたままだ。そうなれば、後は封印を解けばいい話だ」
「だが…、そう簡単に解けるのか?」
「天地宗家がいなくならない限りは、問題ないさ。
『もしも』の事態になって、お互いに生き残れたら――俺がやれる限りやってやるよ。
白光道師様に『不可能』の文字はないからな!」
欠陥品だからな」
「うわっ、愛のないツッコミ!」
冗談を交えながら話すビャクヤ。
先程まで敵だったというのに、どうしてここまですぐに心を開けてしまうのだろう。マサオミは少し不思議に思った。
だが、その疑問を口に出すことも、態度に出すこともなく、マサオミはただビャクヤを見ていた。
すると、不意に聞きなれた声が、話をしているマサオミ達の耳に届いた。
「あっ!マサオミ!!」
声をあげたのはソーマ。その後ろにはナヅナ、テル、ムツキ、そして、神流討伐対の面々だった。
ソーマとナヅナの目にはマサオミが映っており、見るからにマサオミを敵対していた。まぁ、当然のことなのだが。
「何故あなたがヤクモ様と一緒にいるのです!」
「落ち着くんだ二人とも。マサオミはもう敵じゃない」
「!…そんなの信用できるかよ!」
ヤクモが二人に静止をかけるが、
二人は「はい、そうですか」とヤクモの言葉ですらそう簡単に信用する気配はなかった。
月の勾玉を奪い、リクを何度も窮地に追い込む――これほどの事をした相手をそう簡単に信用できるはずがない。
だが、ヤクモが嘘をつくとも、騙されるとも考えにくい。
「俺の顔に免じて信じてやってよ」
「余計信用に置けません」
「……酷い言い様」
ビャクヤがフォローのつもりで言うがそれはあっけなくナヅナの言葉に潰された。
これ以上何を言っても信用はされない。そう思ったマサオミはその場を去ろうと足を動かした。
「マサオミ!」
「…俺は、ここにいることはできない」
「だったら、ウチの宗家サマへの伝言頼まれてくれよ」
「伝言…?」
「…ああ、リクに『式神と強い絆で結ばれたものだけがウツホを倒すことができる』と伝えて欲しい。
そして、お前にはリクの力になって欲しい」
真剣な顔つきでマサオミに頼むヤクモ。
マサオミも真剣な顔つきで「ああ」と答えを返した。
すると、また突然ビャクヤが思い出したように口を開いた。
「あとな、お前の相棒さんの元不良に会ったら『手ェ、出したら殺す』って伝えてやってくれ」
「……どうしてアンタがユウゼンのことを…」
「ん?お前を見張ってたときにバレて危うくたこ殴りになりそうになったことがあってよ。その時に知り合った」
笑いながら言うビャクヤにマサオミは納得したのか「分かった」と一言言ってヤクモン達の前から姿を消した。
 
 
 
 
 
「さて、このままだと伏魔殿も現実世界も長くはもたないな。
ではでは、ここで白光導師様の秘伝の術でも見せちゃおうかな〜?」
不意にビャクヤが師匠――シンヤから貰った札を取り出して言った。
だが、それを何者かの手が止めた。