「本来、魂流は闘神士と式神の契約の仲介人を受け持つ流派で、すべての闘神士を監視するのが役目だ。
勿論、流派に関係なく闘神士であればそれはすべて監視する対象だ」
この世に存在するすべての闘神士を監視する流派。
それが、魂流という存在。
一切表に出ることのないその流派なの名は、1000年前に一度滅んでいた。
それ以来、魂流闘神士達は表舞台に出ることなく、天、地、神の三流派のいずれかの闘神士として生きた。
そして、時が満ちた――ウツホが復活した今、再度魂流はその名を表へと出した。
「俺達がウツホを止めるのは魂流の名を汚さないため。元を正せばウツホも元々は魂流の者だ」
ウツホが妖怪や式神と心を通わせられたのも、自然を回復させたのも、
それはウツホの潜在能力でも特殊な能力でもなんでもない。
ただ、純血の血を受け継ぎ、式神と心を通わせる能力に長けているから。
「……そして、ウツホは俺の前世の親友だから」
 
 
 
 
 
躍闘神士
 
 
 
 
リクとユーマが昔ウツホを封じた印――鏡合わせの印を切る。だが、その封印は最早ウツホには通用しない。
「なに!?」
「そんなっ!」
鏡合わせの印によって作られた結界がウツホではなくリクとユーマを捉えた。
あまりに予想外のこと――二人はなす術なく、ずるずると飲み込まれていく。
頼みの綱であった式神達も封印の発動により、意識も、行動も制限されている。
「地の底で真の絶望を知るがよい!!」
ウツホが狂ったように笑った。その憎しみに満ちた表情は酷いものだ。
だが、不意にウツホの笑い声が止んだ。
その代わりに一線の光が封印を打ち砕くかのように走る。爆発音を上げ、大地が破壊される。
そして、その光によって封印も打ち砕かれた。
「……マサオミさん!
っ!?さんまで!?!?」
封印を破ったのはキバチヨだった。不意にリクとユーマの前にキバチヨの闘神士のマサオミが現れた。
そして、その横にはの姿もある。
リクは動揺した。神流に連れ去られた。もう会えないのではないかと思っていた存在が目の前にあったのだから。
「マサオミさんがさんを…?」
「いや、ちゃんを助けたのは…ちゃんの仲間だよ」
リクに問われてマサオミは苦笑しながらもリクに言葉を返した。
リクとユーマは訳が分からないといった様子でマサオミとを見るがそれをはわざわざ気にすることはなかく。
その視線はまっすぐウツホに向かっていた。
「世界を滅ぼす。その考えに迷いはないな」
「当たり前だ。この世界の邪悪たる人間にこの世を滅ばせるぐらいならばこの手で消し去った方がよい!
貴様も人間の愚行に振り回され、親を失い――光すら失った…っ!
なのに…、なのに何故!愚かな人間の肩を持つッ!!」
冷静な声音でウツホに問う。だが、ウツホの言葉に冷静さは微塵もない。
その心は憎しみに囚われ、やはり人間を恨むことでしか自分の存在を確かめることはできなくなっている。
だが、ウツホの言葉にも同意する部分はいくらでもある。とて、魂流宗家の血を受け継ぐもの。
ウツホ同様に強大な力を秘めている。それ故に、人間の愚かさには何度も苦汁を飲まされた。
だが、それでもは人間を見捨てる行為はしなかった。
「我は知っているぞ。お前の1000年前の両親は天流に、そして今の両親は地流に殺されたことを!!
そこまでされておきながら、何故お前は人間を恨まぬのだッ!!」
「そ、そんな!?本当なんですかッ、さん!!」
「ミカヅチ様が……の両親を…?」
ウツホの言葉に嘘偽りはない。全て事実。1000年前は天流宗家の命によって両親を殺された。
そして現世では、地流宗家の命によっては両親を失っている。
だが、1000年前はヨウメイの護衛者として天流に、現世では地流の天流討伐隊副部長に、
は一切の恨みを抱くことなく己の両親を殺した流派に身を寄せていた。
「お前の言う通り人間は愚かだ。だからこそ、我等が手を下していいものではない。
……それが、最低限の魂流の掟だったはずだ」
「だがッ!その人間の愚行において何体もの式神達が苦しんでいるのだぞ!?
それを見逃すというのか!龍虎の闘神士であるお主が!!」
「ああ、その点については俺とて目を瞑ることのできない事実だ」
「ならば何故!?」
「……だから魂流が存在する。式神達の平安を保つために俺達は戦い続けている。
人間と式神の均衡を保つために魂流は存在しているのであって、式神だけを護るのが我々魂流の役目ではない」
きっぱりと言い放つの様子は酷く冷静だった。
抑揚のないその言動はすでに決められた台詞を吐いているかのよう。
自分の意思を一切含まない機械的な言葉に思えた。だが、そのままは続けた。
「それに、今のお前の行動は式神の意思を無視し、力だけによる支配を式神に強いている。
この行為の方が人間よりも遥かに愚行だ」
「な、なんだと…!?」
「お前は忘れている。自分が何者かで…式神が何なのか……」
不意にの表情が憂いを含んだものに変わる。底なしの悲しみにでも追い込まれたようなその表情は悲しすぎた。
だが、それに気づいたのもはウツホだけ、ウツホの心には心覚えのない罪悪感と喪失感。
何か大切なものを失った気がした。だが、ここで自分の意志を曲げるつもりなど、さらさらない。
魂流――真の同族であろうとも、人間の肩を持つのであればそれはウツホにとって単なる敵でしかない。
ウツホは印を切り大降神した式神達を放った。
ちゃんは下がって!ここは俺達が食い止めるッ!」
マサオミがぐいっとの肩を引きを後ろに下がらせた。
はそれに抵抗することはなくすんなりと後ろへと下がった。
超降神と、そして強い絆で結ばれたリク達には、大降神を打ち破るなどたやすいことだった。
彼等は極めし者なのだから。
 
 
 
 
 
「ウツホ、お前は今、式神の力を用いて何をしている?」
不意にまたが口を開いた。
だが、その言葉は戦いの騒音にかき消され、ウツホの耳には届いていないだろう。
「今のお前には…、式神達の声が……。…聞こえて……いないんだろうな…」
狂ったように笑い、倒されては新たな式を放つ。
既にウツホの中で、大切に思っているはずの「式神」という存在は単なる戦いの道具と化しているのだろう。
でなければ、力を用いて式神を使役する必要などないのだから。
「堕ちたな…、ウツホ……。
だが、お前は完全には堕ちていない。本当に式神を思うなら――思い出して欲しい」
「思い出すだと!?それは私の台詞だッ!
お主こそ、人間の居ぬ世界で幸せだったときを思い出したらどうだッ!!」
ウツホが大降神を起した式神をに向かって放つ。
闘神士を攻撃することは、式神によっては禁忌。
だが、ウツホによって支配された式神達は、ウツホの命に従いに襲いかかった。
リク達が声をあげて危険を知らせる。だが、は顔色ひとつすら変えることはなかった。
もちろん、己の身を守るためのはずのドライブすら、握ろうとはしてない。
自殺行為とも思えるその行動に、リク達は思わず目を瞑った。しかし、にとってはそれは危険なことではなかった。
「何故だ…!何故私の命令を聞かない!!」
を襲うはずだった式神達が、その姿を大降神の状態から通常のものに変えた。
そして、の傍により哀れんだ視線をウツホに向けた。
「お前は昔の俺と同じ…、俺は昔のお前と同じ……。ただそれだけのことだ」
「昔の……お前?
―――っ…?。まて。私は…、式神に戦いのみを強い、式神を道具としか思わなかった…お前と同じ…?」
「ああ、そうだ。式神を道具として見なかった俺をお前は哀れんだ。
――今の俺も、昔のお前と同じ気持ちだよ……」
「そんなはず…っ、僕は式神達のことを思って……ッ!!」
ウツホの操っていた式神達の動きが止る。
使役者であるウツホの精神が揺らいだことにより、その支配の力が弱まった所為だろう。
ウツホの心は揺れる。良かれと思ってやってきたことが、自分の愛する式神達を傷つけていた。
どうして、自分はこんなことをしたのか、そればかりが頭を巡る。
「式神のことを思っていた気持ちは…、今も昔も変わらない優しい同じものだ。
だが、式神が人間を思う気持ちを、お前は受け入れず…拒んだ。そこでお前は変わってしまったんだ。
式神の言葉を聞き入れない『支配者』に」
「そんなっ……」
「でも、ウツホさんは……、間違いに気付きました。まだ、全てが終った訳じゃありません。
それに、ウツホさんを受け入れてくれる人達が――マサオミさん達がちゃんといます」
「帰りましょう、ウツホ様。俺達が過ごした平和な日々に…」
「リク、ガシン……」
全てを諦めたような沈んだ空気を破ったのはリクの言葉だった。
世界を滅ぼそうとしたウツホ、そんな彼に優しい言葉をかけるリク。一体リクはこと時、何を思ったのだろう。
同情、だったのかもしれない。だが、リクの言葉はウツホの心に深く届いた。
「ナラク、僕は…かえることを許されるのかな……?」
の方を見ながら「ナラク」――そうウツホは呼んだ。
それものもつ名の一つなのだろう、はただ一言「ああ」と答えた。
「そう…、ありがとう。リク、ガシン……でも、僕は生きすぎた…もう、還らなくてはならないみたいだ…」
ウツホはそう言って笑って空にと溶けた。残ったものはウツホの纏っていた着物だけだった。
 
 
 
 
 
「極の力を手に入れたリク、ユーマ、そしてガシン。
ご苦労様。最後まで希望を捨てずに戦ってくれたことを俺は深く感謝するよ」
ウツホが去り、伏魔殿の存在を支えていた力がなくなったことにより、伏魔殿の消滅は早まった。
しかし、それを全く気にすることがないかのように、とても落ち着いた声がリク達の耳に届いた。
それは、が連れ去られた後にリクとユーマが出会った男の声に似ていた。
「さぁ、いつまでもここにいては君達もこの伏魔殿と一緒に消滅してしまうよ。
だから、早くその『道』から逃げてくれるかな?」
笑みを浮かべて男が指を指すとそこに障子戸が姿を見せた。すると男は「さぁ、早く」とリク達を障子戸の方へと促した。
他に逃げるための手立てのないリク達は、促されるままにその障子戸に足を向けた。
しかし、だけが頑としてその場を動くことをしなかった。
「君も天流宗家達と一緒に行った方がいい。ここにいては危険だよ?」
男がを促そうと肩を叩いて障子戸を指した。
だが、は男に促されることなく下を向いた状態で口を開いた。
「……ならば、あなたも一緒に来てください」
「それはできない相談だよ。
お前は俺がどうしてここに来たか…、わかってるだろう?俺は――」
「分かっています!あなたが、この伏魔殿のために人柱にならなくてはいけないことぐらいッ!!
けど…、けどッ……!!嫌だ…、離れたくないんだ…。兄上……」
怒鳴ったかと思えば、消えそうな声で訴える。きっととて辛いのだろう。
自分のなすべきことは、分かっていても。自分の心の奥底に眠る気持ちがどうしても押さえられないのだ。
そんなを男は優しく抱く。だが、それは慰めるためではなく、現実を改めるためのことだ。
「俺だって…、お前と分かれるのは嫌なんだ。
でも、俺は朱玄の闘神士。伏魔殿の守人なんだ。その役目、忘れた訳じゃないだろ?」
「分かってる…っ、分かってる!けどっ!!キンカ兄上ッ!!」
「龍虎の闘神士――いや、魂流宗家。お前は決めたはずだ。犠牲は厭わないと。
それは、式神に誓ったこと――それを破ることは最も行ってはいけない愚行だ。俺を悪者のにしないでくれな」
優しく笑って男――キンカはを突き飛ばした。
宙に浮いたの体を、阿修羅のミロクが受けとめ、ミロクはリク達のいる障子戸に向かって走り出した。
縮まることのないキンカとの距離。だが、は抵抗することをしなかった。
諦めたのか、事実を受け止めたのか、それは本人にすら分からない。
だが、ただ一つわかっていることは――。
「さよならだ、。俺の可愛い妹……」
 
 
 
 
 
唯一の肉親を失うということだけだった。