リク達が無事に戻ってきた。それを喜んでモモ達は大きな声をあげて喜んだ。
リクも、も表面上は笑顔で、何事もなかったかのような表情を浮かべている。
だが、大切な人を失った者にとってはその心の空虚感は押さえられないものだろう。
しかし、彼女は上手く繕う。己の感情を、己の表情を。
「この大戦は完全にとは言えないが、取り合えずは終結した。……俺も在るべき場所へ戻る」
「そう……、ですか…」
「そんなに寂しそうな顔をするな。大丈夫、この世から消える訳じゃない。ただ実家に帰るだけだ」
「大体落ち着いたら…行きますね」
「ああ、待ってるよ」
そう言ってはリクの頭を優しく撫でて、リクに背を向けた。
 
 
 
 
 
躍闘神士
 
 
 
 
木や人が流れていく。それをリクは車の中で眺めて居た。
この車はタクシーでもなく、リクの車でもない。だが、この車はリクの向かいたい場所に向かってくれていた。
リクが目指す場所は、が居るであろうとある神社だった。
相当の財力を持って居るのか、リクがに連絡を居れると、は迎えをよこすといってきた。
そして、当日家での前で待って居るとやってきたのは、今この車を運転している男だった。
「天流宗家様、到着しました」
「え、あ、はい。ありがとうございます…」
運転手の言葉を受け、リクは慌てて礼を言って車から降りた。
流石に、何所ぞの社長ではないのだ。車のドアが開くわけもなく、リクは車のドアに手を伸ばす。
だが、開くはずのない扉が開き、見慣れた顔がリクの目に入ってきた。
「久しぶりだな、リク」
「……はい、お久しぶりです。さん」
ドアを空けてくれたのは他でもないは嬉しそうな笑みを浮かべてリクを見ている。
リクは久しぶりにの顔が見れて嬉しくなって満面の笑みでの笑みに応えた。
「お嬢〜、そこでボーっとされるといつまでも車をしまえないんだがー?」
時の流れが遅くなったような気がしたが、遅くなって居る訳がない。
呆れた口調で運転手の男がに声をかけた。
運転手に声をかけられては「すまない」と一言言ってリクを降りるように促した。
リクもに促されるがままに車から降りた。
 
 
 
 
 
この神社は、元は天流の修業場であった。
それも今となっては過去のことで、今はを長とする魂流のものだ。
だが、だからと言って、天流の者を拒むことはない。あくまで魂流というものは影の存在なのだから。
「それに元々、ここは天流に属する魂流のものが主に使用していたこともあって、あまり昔と大差ない」
「そうなんですか」
陰陽大戦が終ったからといって特別、環境が大きく変わるということはなかった。
リクのまわりで変わったことといえば、ソーマやナヅナがあるべき場所へ帰り、
祖父であるソウタロウが帰ってきたことぐらいだ。それ以外は特別な変化はない。
それはにとっても同じ事なのだろう。日常は平穏なものとなり、ただ、あるべき場所に帰ってきただけだ。
だが、大きく変わったことはひとつだけある。
リクにとっても、にとっても、昔の心境と、今の心境は大きく違っていた。
「伏魔殿は…、落ちつきましたか?」
「ああ、時期に伏魔殿は正しい状態に戻る。
そうなれば、式神もあるべき場所へ、妖怪もあるべき場所にもどれる。
今出没している妖怪もすぐに姿を消すよ」
伏魔殿が消えた事によって伏魔殿に居た妖怪達の一部は消滅を防ぐために人間界に逃げ延びたものがいくつかいた。
逃げ延びたからといって大人しくしている訳もなく、律儀に人間界で暴れている現状だった。
だが、の言う通り、伏魔殿が正常な状態に戻ればすぐにでも妖怪達を封じることは可能だ。
それまでにまだ多少時間はかかるが、遠い将来のことではない。
「よかった。これで、キンカさんも、ユエくんも喜びますね」
リクにそう言われ、は「ああ」と嬉しそうに笑う。
この暖かい平和も、多くの犠牲によって成り立っている。それを二人は忘れてなどいない。
その犠牲を目の当たりにしてきたリクとだからこそ、その尊さも、大切さも分かっているつもりだ。
この平和を守るためにも、二人は宗家として己の属する流派を纏め上げていかなくてはいけない。
だが、プレッシャーを感じる必要などない。宗家一人で纏め上げていけるほど、流派は簡単なものではないのだし。
ちゃ〜ん!たっだい――ごふぇっ!
笑顔で自身の帰還をに伝えたのはマサオミ。
抱きつくつもりだったらしく、両手を広げての背中めがけて突撃していったが、
何者かに後頭部を殴られ、それは完全に阻止された。
「マサオミ、何をするつもりだった……」
「テメェ…!お嬢様に気安く触れ様とすんなって何度言えば分かるんだよ…!!」
凄みの効いた声の主はヤクモとユウゼンだった。
不機嫌そうにマサオミの肩を掴むヤクモとユウゼン。その形相は般若も裸足で逃げ出しそうだ。
流石のマサオミも、天流最強と元不良の頭のタッグには敵わないと理解したらしく、
苦笑いを浮かべながら二人に謝罪の言葉を向けた。
「まぁまぁ、そんなに怒らないでくれよ。そんなちょっとした抜け駆け――」

 

 

「「喋るなお前」」

 

 

「はぃ…」
「…、楽しそうですね」
「……これが毎日続くとかなり疲れるけどな」
ヤクモ達のやりとりを、クスクスと笑いながら見ているリクの目には、楽しい風景に見えるのかもしれないが、
には毎度のことのために、楽しそうどころか呆れきっているようだった。
そんならしい反応にちょっとした安心感を覚えつつ、リクはヤクモ達に声をかけた。
「マサオミさん、ヤクモさん、ユウゼンさん、こんにちは」
「んっ?おおっ、リクじゃないか!久しぶり、姉上達の封印を解いて以来だな」
リクの声に一番に反応してきたのはマサオミだった。
陰陽大戦が終結して数週間後、
マサオミが望みであった自分の姉や仲間達を、リクと地流宗家であるユーマによって解放してもらっていた。
本来であれば、すぐにでも過去の世界に帰るつもりだったが、
伏魔殿の修復が終るまでは――と、未だに現代に残り、
この神社を拠点として各地に現れる妖怪達の討伐活動をヤクモ達と行っていた。
「えーと…、ウスベニさん達はお元気ですか?」
「ああ、元気なもんだよ。大分この時代にもなれたみたいでさ。そうだ、どうせなら晩飯食べていけよ。
姉上の料理は美味いんだぜ?」
「おい、勝手に話進めてんじゃねーよ。ここはお前の家じゃなく、お嬢様の家だろがっ!」
まるで自分の家でのことのように振舞うマサオミが許せなかったのか、
ユウゼンは自分の腕をマサオミの首に回して締めつけた。
当然、苦しくないはずもなく、マサオミはユウゼンの腕をばしばしと叩いてギブアップを主張した。
しかし、ユウゼンの怒りはそうそう収まらないらしい。
「ユウゼン、やめろ。元々リクには夕食を食べて行ってもらうつもりだから」
「そ、そうだったんですか!?」
焦った様子でに聞きかえすユウゼンだったが、
未だにマサオミの首から腕を避けたわけでもなく、さらには力を抜くどころか、焦った所為もありさらに力が入ったようだ。
結果――
「ユ、ユウゼン!マサオミが虫の息だぞ!!」
!?…っお、お嬢様!御膳を失礼ます!!」
ヤクモに指摘され、ユウゼンはやっとマサオミが三途の川を渡り始めている事に気付いた。
流石にこのまま放置する訳にもいかないと判断したユウゼンは、
器用にマサオミを背負ってからに一言残して走り去って行った。
そして、残されたヤクモとリク、はただ苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

「おっ、やっとこお邪魔コンビがいなくなったか」

 

 

嬉々とした声が聞こえたかと思うと、ヤクモの背後に笑顔を浮かべたビャクヤが姿を見せた。
思わぬ乱入者にヤクモはその表情を歪めた。
だが、そんなヤクモにかまうことはせずにビャクヤは笑顔でリクに挨拶をした。
「よっ、リッくん。コゲンタ共々元気にやってるか?」
「はい、おかげさまで。ビャクヤさんも相変わらずって感じですね」
「おうともさ!相変わらず、ハニーと毎日楽しくしているとも!」
誰がハニーかッ!!
「照れるなってハニー。周知のことだろ?」
ビャクヤがけらけらと笑いながらリクと会話を進めていくかと思いきや、
やはりここでヤクモのツッコミが入り、それこそいつも通りにヤクモとビャクヤのコントが開始されようとしていた。
それをリクは笑顔で見守っているようだったが、先ほどのマサオミ達のことと同様には見飽きている――
というか、その煩さにげんなりしているらしく、不機嫌そうに小言を吐いた。
「俺としては羞恥の事実だがな…」
「ん?なに?羞恥ぷれ――」

 

 

どすっ

 

 

「真昼間から何を言おうとしてんだよ…!!
……ふ、二人とも、騒がしくして悪かったな。俺達は報告があるから失礼させてもらうよ」
夜間にだけ解禁されるような単語を言いそうになったビャクヤの腹部を殴りビャクヤを気絶させたのはヤクモ。
中学一年生の前で流石にその単語は不味いと思ったのだろう。
ヤクモは苦笑いを浮かべながらリクとの前から去って行った。

 

 

 

 

 

さんのお家は、とっても賑やかですね」
「賑やかというか、騒がしいというか…。判断が難しいところだが、――悪くはないな」
満足そうな笑み。それはが今の生活に大きな不満がないということなのだろう。
それを思うとリクは少し寂しくなった。
「ちょっとだけ、ヤクモさん達が羨ましいな」
「ヤクモさん達が?」
「はい、だって毎日でもさんに会ってるから。
陰陽大戦のときは僕は毎日会っていたけど、今はこうしてたまにしか会えないし…。
それを考えると、やっぱりヤクモさん達が羨ましいです」
にっこりと笑って台詞を吐くリクには笑いながら頭を押さえた。
「はは…っ、そんなことを思っているとは思わなかったよ。嬉しいよリク、寂しく思ってくれて。
しかし、そうそう簡単に俺もここを離れる訳にはいかない。
――だが、処罰を覚悟の上ならなんのことはない。それと、天流宗家護衛としての仕事はまだまだ終ってないからな」
「…本気にしていいんですか?それ……」
「さてな、解釈はお前に任せるよ。
天流宗家殿、お望みとあらばいつでも呼んでくれ。確りと仕事はさせてもらうよ」
「…ありがとうございます。さん」