キラキラと光るのは光を反射した水だ。水面はピクリとも動かずにいる。辺りはしんと静まり返り、静寂がその場を支配していた。
そんな中をリク達は陰陽八卦板を片手に特に当てもなく歩いていた。
『静か…いや、気持ちの悪いところだな』
コゲンタがドライブからひょっこりと顔を出して言った。促される様にフサノシンともその姿を現し口を開いた。
『ああ…気持ちのわりぃ静けさだな。これは…』
『特に強い妖怪やその類いの気配も式神の気配も感じませんが…』
「は?」
不意にソーマが横にいるに尋ねたが、はソーマの顔を見てから、首を横に振った。
「陰陽八卦板にもイマイチ反応はないけど…」
リクは自分が持っている八卦板を眺めた後に言う。
そして辺りをぐるりと眺めた。だが、特にこのフィールドには何もない。あるのは大きな湖と砂場だけだった。
今までの経験上、大体は隠れていることが多かったのだから、今回もその例に洩れないだろう。
「、湖の中を見てきてくれ…何かあるかもしれん」
『心得ました』
はにそう命じた後、直にを降神し湖の底へと向わせた。
「俺達はもう少しこの辺りを探るとしよう」
「はい」
「うん」
がを見送り終わるとリクとソーマにそう告げて歩き出した。リクとソーマには、異議はないらしく、に続いた。
『オイ、の奴一人で大丈夫なのか?』
『アイツ、アンタと一緒にいれば強いけど、一人だけっていうのは辛いんじゃないのか?』
を心配してかコゲンタとフサノシンが口を開く。
彼等の闘神士は、式神二人の言葉を聞いて『そういえば』とでも言うかのようにに視線を向けた。
ダークブルーの長い髪を軽く掻き上げは溜息に似た息を吐いた。
「のことを心配してくれるのは嬉しいが、そこまで俺が浅はかな阿呆者だと思われていたのは心外だな」
少々不機嫌そうに言う。そんなを前にしてリクとソーマは慌てて弁護する。
「そうゆうつもりで言ったんじゃないんです!」
「そ、そうそう!」
「どーゆーつもりで言ったのか確りと聞かせてもらいたいものだな」
ワタワタとを機嫌を直そうとするリクとソーマ。そんな二人はどう見ても完全に『必死』。打って変わっては…
『完全に怒ってないで、楽しんでるよな』
『ああ、リク達で遊んでやがるな』
式神二人の目線はの口元にいっている。そしての口元は…少々上に上がっていた。
湖の底は地上と違い、ほぼ真っ暗に近い状態だった。そんな中をは一人で進んでいた。
元々目の見えないにとって暗いやら明るいといった視覚的障害はない。
まぁ、見えないという時点で障害ありなのだが。
水の流れや気の流れを感じつつは更に奥底へと進んで行く。なにが在るかは分からない。
しかし、『何か』があることだけは、感じ取ることが出来ていた。
「……闘神石、もしくは儀具か…」
独自の考えをめぐらせる。敵意も殺気ものないこの場所はの警戒心を緩めていた。
「どちらにしても、とってくるのが私の役目ですね」
そう独り言を呟いては泳ぐスピードを早めた。
陸上軍は、大した収穫もなく、ぶらぶらと辺りを歩き回りながらの帰りを待っていた。
「遅いね、…」
『そんなに深そうには見えないけどな』
ソーマとフサノシンは、湖を眺めながら会話をしている。そんな二人を尻目には黙って湖を眺めている。
『さっきの冗談は兎も角、本当に大丈夫なのか?』
不安というか、不機嫌というか、そんな感情が混ざりあった状態のコゲンタがに真剣な表情で尋ねた。
やはりは不機嫌そうにコゲンタを睨みつけた。
「お前の闘神士と違ってこちらはそれなりの経験と実力を兼ね備えているのだか?」
『かもしれねぇが、お前の場合、それの自信が慢心になっていそうでな』
フンとを鼻で笑ってコゲンタは言った。
うざったそうにコゲンタから視線を離し、闘神符を一枚取り出した。
「黙」
はそう小さく言って闘神符を使う。するとコゲンタがいくら口を開いても一切声がしなくなった。
『オイコラ――ッ!!テメェ、!!何しやがるっ!!』
そう怒鳴っているのだろうが、誰にもその声は聞こえる事はない。は闘神符の力によってコゲンタの声を封じたのだ。
「少し黙っていろ…お前といると五月蝿くてかなわん……」
溜息混じりに言いはコゲンタに背を向けた。
そのの後姿を見つつ大声で叫んでいるであろうコゲンタだが、本当に彼の声は遮断されていた。
『クソォ――――ッ!!!!元に戻せこのクソ―――!!』
きっとそう叫んでいるのだろう。
前回、リクとソーマの二人で勝手にここ伏魔殿にやってきた時に加勢に向わなくてよかったとは思った。
二人が伏魔殿で会ったという甘露使いのミズキ。その人物には、は絶対会いたくなかった。
約一年前まで所属していた地流。
そこで幼い時、はミズキの危機を救い、それなりの地位とかなりの優遇を受けた。一応、実力あっての事だが。
その事件からはミズキに気に入られた。年下ということもあったのかもしれないが、なによりミズキ本人曰く波長があうらしい。
そしては後にミズキに恩義を抱くようになっていた。
一種、自分に地位と優遇を受けられるようにしたのはミズキのようなものだ。
そんな彼女に感謝し、とりあえず、彼女のためには働きたいとは思った。
だが、そういうわけにもいかず、は地流を離れた。
地流から離れるうえで、一番の心残りはミズキだった。そんな彼女に今のままのでは、あわせる顔などなかった。
「ミズキ…」
懐かしい人の名を呼んだ。やるせない思いだけが頭を過り、ただイライラ感だけが募った。
「………!?んぐぅ!?」
不意には足と首に何かが巻きついたような感覚に襲われた。それもかなり強力な力でだ。
は小さく声をあげ、地に伏した。
「!?どうしたの!!!」
『オイ!どうした!!確りしろ!!!』
ソーマとコゲンタが必死にに声をかける。
だがはそれ所ではない。自分がどうしてこうなったのかは分かる。そして、これが意味することも。
「…ッ……!」
力の入らないその腕では印を切った。
「くっ…!油断しすぎたか…!」
は巨大なタコのような妖怪に襲われていた。足と首を取られ少々の苦戦を強いられている。
本来であれば、妖怪程度の敵に苦戦を強いられる事はないのだ。だが、気配がないことに油断してこのざまだった。
だが、は、酷く冷静だった。
自分の今置かれている状況は大変厄介なのはわかっている。だが、大して慌てることはなかった。
今、自分が苦しいということは、も苦しいということは理解している。
式神でもないがこの状況で印を切れない。…と普通ならば思うところだが、今のは違う。
流れこんでくるの感情。己への怒りによってその実力はいつも以上に引き出されている。
「私は素晴らしい主と契約したものだ…」
手元に握りなれた矛――龍牙矛が現れる。
はそれをすぐさま掴みその体に巻きつくタコ妖怪の足を振り払った。
式神であるでさえ少々苦汁を飲まされたタコの締めつけを振り切り、が印を切ったことを龍牙矛は標していた。
龍牙矛を握りなおしは巨大タコを睨みつけた。
「…龍虎の私に牙を向いたことを…悔やむがいい」
そう言っては巨大タコに躍り掛かるように襲いかかっていった。
「げほっ…!げほっ…!」
足と首から圧迫感が消えた。は遮断されていた呼吸を急いで行った。
とは今まで繋がっていた。に起こったことは、にダイレクトに伝わるのだった。
そのため、戦いへの反応などはあがる。が、いかんせ攻撃を受けた時ほど辛いものはない。闘神士にとっても式神にとっても。
「これで、の方は…」
「大丈夫ですか!?さん!」
「あ、ああ…心配かけてすまん…俺は大丈夫だ。…それよりも今度は自分の身を心配しろ…」
「流石様、ちゃんと気配消してるのになんで見付けれるんですかね?」
のセリフが終ると同時に楽しげな少女の声が聞こえてきた。リクとソーマの手がドライブに伸びる。
「当たり前だ、お前達の気配の消し方は自己主張が強くてな…『消してます』と言っているようなものだ…。
その様子では…なにも成長していないようだな…。」
肩で息をしながら言う。しかし、その言葉に余裕はなく、負け犬の遠吠えにしかそれは聞こえなかった。
「ふん!肩で息してるようなヤツが言っても説得力ないのよ!さぁ!あなたが盗んだモノ、返してもらうわ!式神降神!!」
声が上がると黒い影と共にその声の主であろう一人の少女がリク達の前に姿を現した。
少女は鋭い目つきでだけを睨んでいる。はソーマの肩を借りてかろうじて立っている状態で少女を見つめていた。
「よう、隊長様。えら〜く辛そうだな」
『ああ、元か』と言って、喉をクツクツと鳴らし天狗のような黒い式神――黒狗のカンクロウは笑いながらを見た。はカンクロウをキッと睨む。
「湖の妖怪どもを騙した…いや、糸を引いていたのはお前等か…」
「ああ、俺達が下手に手を出したところで結果なんて見えてるからな。それにコイツの願いでもあるしな」
更に笑ってカンクロウは自分の闘神士である少女を指さした。少女はを睨みつけたまま怒鳴った。
「目には目を!嘘には嘘よ!!よくも騙してくれたわね!年齢は兎も角として…性別を詐称するなんて最悪よ!この男女!!」
「「男女??」」
声をハモらせリクとソーマはの顔を見た。は渋い顔をして二人の視線から逃げた。
「ほぉ〜まだ性別詐称してんのか…オイ、餓鬼どもコイツは男に見えるが…実は……」
ドゴォ!!
「のわッ!!」
カンクロウの台詞が終る前に赤黒いにゅるにゅるとしたタコの足がカンクロウをたたきつけた。
『なんだ!?』と思って攻撃が来た方向を見るとそこには巨大なタコがいた。その上にはが堂々と立っている。
はヒラリと巨大タコから降りてリク達の元へと走ってきた。
「皆様、お怪我は…?」
不安気に尋ねるには『無事だ』と言った。だが、だけの状況を見る限り『無事』とは言えないだろう。
「痛〜っ…この性悪男め…!」
「カンクロウ…今すぐに去りなさい。
さもなくば…この場で落ちていただきましょう…己の実力を弁えて考えれば自ずとでますね?」
いつにない強いの威圧感。今までには一度も感じたことのない身の毛が立つような感覚だった。
カンクロウは少女に『分がわりぃぜ』と一言告げる。すると少女は悔しそうに舌を打ち闘神符を使った。
「絶対にあなたは私が倒す!傷ついた乙女の心はそう簡単に治せないんだから!!」
少女の言葉には眉間に皺を寄せた。
「本当には女の人なの…?」
ソーマが恐る恐るに尋ねた。は何も言わずに取り合えず頷いた。
『…マジかよ………』
『これがか……?』
「貴様等、消すぞ?」
流石に気に障ったのかは物凄くどすの効いたオーラでコゲンタとフサノシンを威圧した。
二人はのオーラに気圧され『ごめんなさい』と小さな声で言った。
『は人生のほとんどを男として生きてきたのよ。地流にいるにしても女じゃ昇格しにくいでしょ?』
ライヒはケラケラと笑いながら言った。
その横でユエも『うんうん』と首を振っている。当の本人のは不機嫌そうだ。
『を女として見ちゃだめよ。この子、自分のこと女だと思ったことほぼないから』
『……ライヒ、あなたと言えど今の言葉…聞き捨てなりませんね。様は立派な女性です』
静かに睨むがとても恐かった。
この一日は、そしてその式神、の印象を大きく変える日となった。
〜アトガキ〜
【性別詐称】
性別詐称しすぎです。この兄妹…いや、姉弟…。でも、性別詐称は一種メインでもあるので、OK。
今回出てきた式神――黒狗(コクテン)のカンクロウはオリジナル式神です。
本当にオリジナル設定が好きなもので…式神までオリジだよ…。他にもいっぱいいます。
取り合えず、種族は…あと10族。全部出るはず…多分。