勝つとも、負けるとも思ってはいなかった。ただ、過去の記憶が揺らぐとは理解していた。
だが、それは思った以上にリクの心を病ませていた。思い出したくない記憶として。拒絶したい記憶として。
それに気付いたときには時既に遅し、もう戦いは開始されていた。
止めたところでどうなるというのだ。そう思って止めはしない。だが、このまま闘わせていても……
「リクのためになるのか…怪しいところだな」
だが、俺に与えられた仕事はあくまで守護。俺にそれ以上の行動を起す義務も権利もない。
ここは天に運命を任せ、リクの心の強さに期待して……ただただ…事の終りと待ちつづけた。
自分への苛立ちがふつふつと沸上がった。
 
 
 
躍闘神士
 
 
 
「リク様!」
「リク!!」
「リクさん!」
ナズナ達がコゲンタを失い、気を失ったリクに駆け寄った。はそれを静かに眺める。その目に感情はない。
不意にリクがうっすらと目を開く。その目には不安げなナズナと目に涙をためるソーマとユエの姿が映る。
リクはそれを不思議そうに見つめその目を大きく見開いた。
「……君達…誰?」
ソーマ達の表情に歪みが生じる。ソーマはがくりと膝をつき泣き崩れ、ナズナは一歩二歩と下がった。
ユエはに抱きついた。はユエの頭を優しくなでながらリクを静かに見据えていた。
リクはきょろきょろとあたりを見渡しながら『どうしてこんなところに…?』と不思議そうに頭をかしげていた。
「リク、俺の記憶は……あるか…?」
いつになく優しい声音がソーマとユエの泣く声が響くその場に響いた。
聞いたこともないその声音にソーマとユエは泣くのをやめた。声の主は優しく笑いリクに近づいていく。
リクに記憶があるはずがないというのに……。
だが、またそれは大きく予想を覆した。
……さん?この間帰ったんじゃ…?」
リクの言葉は意外すぎた。
 
 
 
「リクの闘神士としての記憶はもうない」
記憶の混乱によって気が動転しているリクを幼馴染であるモモに頼み、達はの部屋に集まっていた。
今自分達がある状況を確認するために。だが、それは厳しすぎる現実ともいえるものだった。
「もう…リクの記憶は戻らないの…?」
弱々しい声でソーマはに尋ねる。は目を伏せて首を振った。
「その…可能性の方が極めて高い。
だが、打つ手はある……それに気づくか否かはリク次第だがな…俺が手を下すことはできん」
厳しい顔つきで言う。その言葉を聞いてユエも表情を暗くした。
ソーマとナズナはどんな方法なのか尋ねるがは口を開こうとはしない。目を伏せて黙っているだけだ。
不意にユエが立ち上がって『ボク達には何もできないんだ…』と言って涙を流した。
そう何もできないのだ。この二人は………。
「そう、俺達は力がある故に何もできない愚かな流派…
こんなことになるなら力などない方が良かったのかもしれん…ユエ、のこと頼む」
「え…!?」
のドライブが宙を舞い、ユエの手の上に落ちた。それと同時には部屋から出て行く。
それをソーマ達は止めようとするがそれよりも早くはその場から去っていた。その足はリクの元へ向かっている。
もうそれは無意識に近かった。
 
 
 
モモとの勉強を一通り終え、リクは伸びを一つしていた。
「どうだ?勉強の方は……?」
「あ、さん。……モモちゃんに教えてもらってますけど…正直大変です」
優しく声をかけるにリクは嬉しそうに言葉を返した。あるはずのないの記憶。
しかし、リクはを覚えている。理由は簡単、闘神士になる前にはリクに会っていたのだ。
しかし、それは呪いによって忘れさせられていた。
『式神と契約すると記憶が封印される』という…その呪いをかけたのは誰のほかでもない自身だった。
こうなることは予想済みだった。遥か昔から……。
「リク、お前は俺を信じてくれ……そして逃げることを選ぶような奴にはならんでくれ…」
そっとリクに抱きつきは言う。リクはの言う意味がわからずに目を白黒させている。
だがは寂しそうにリクの頭にその顔をうずめている。『どうしたんですか…?』と不安そうな表情でリクはに問う。
しかし、は答えない。何も言いたくなかった。ただ、リクの存在を確かめたかった。
だが、こうしてもいられないことをはよく理解している。故に名残惜しそうにリクから離れ、苦笑いして言う。
「すまん……俺らしくもなかったな。だが、忘れないでくれ…本当の意味で戦うってことを…な」
優しく笑ってはリクの部屋から出て行った。その胸には大きな義務感と使命感が新たに生まれていた。
「俺の使命は…リクを守ることだ」
 
 
 
名落宮。そこはにとって大して珍しい場所ではなかった。
にとってこの名落宮はいい修業場であり過去を知るための場所でもあったからだ。
はじめてにあったのも、確かこの場所だった。
「今日は客人が多いのぉ」
「ラクサイ…白虎が一人来ていないか?」
は名落宮の主ともいえよう存在――ラクサイに声をかけた。
ラクサイはに笑顔で『来ておるぞ』と言葉を返した。
するとラクサイの肩についている赤と黄色の蛇も『来てるぞー』と言葉を返した。
「あ゙―ッ!喧しい!!」
「そんなに怒るなラクサイ。血管切れるぞ」
は苦笑いしながらラクサイに言う。ラクサイは不機嫌そうに『そんなに馬鹿ではないわ!』と怒鳴った。
はそんなラクサイを宥めるように『冗談だ』と言ってその甲羅を叩いた。
そして、大きく深呼吸していつになく真剣な声音で言葉を綴った。
「ラクサイ、俺は……見守るだけでいいんだよな…下手に手を出したところで……状況は悪化するだけなんだよな…」
「うむ…お前達一族は天流と地流、そしてあの流派に手を貸してはならん。
手を貸したとき…死を役目を負うのはお主と龍虎の王だぞ」
厳しい口調でに言うラクサイ。はラクサイの言葉に小さく頷いた。わかっている。
自身、それは痛いほどわかっているのだ。だが……どうしてもリクの心を救ってやりたかった。
そして、リクを守ってやりたかった。だが、それはできもしないこと。強き龍虎の闘神士故のことだった。
「どうして龍虎が…こんな辛い目にあわなけりゃいけないんだ…どうして俺は…!!」
「気に病んでどうにかなる問題か!いつからお前はそんな腰抜けになった!!」
ラクサイが泣言を言うを一喝した。はラクサイを見る。
ラクサイの目には怒りが見える。しかし…それは直に優しいものに変わった。
「言っておるはずだ…時を…人生を嘆くなと…それがどれだけお主にとって大きな罪であるか…お前は理解しておるはずじゃ。
嘆くぐらいなら…そのリクとやらを信じてやれ…その者の心の強さを…」
「ラクサイ……」
「ホッホッホ。やはり説教は楽しいのぉ〜」
ごまかすようにラクサイはから目をそむけて笑う。
はそんなラクサイを見て悲しみに満ちていた表情を一転させていつもの堂々とした表情に戻し『困った奴だな』と苦笑した。
「お主に言われたくないのぉ、その台詞は。……で、ワシに説教されるためにここに来たわけではあるまい?」
にやりと笑ってラクサイはに尋ねる。は『ああ』と言葉を返す。するとの前に障子戸が現れた。
「行くといい。お主が信じる道を……お主があるべき道を……」
「ありがとう、ラクサイ。お前のおかげで気が楽になった……俺は俺の道を…行くよ。過去にとらわれずにな」
そう言いは障子戸の中に飛び込んだ。それをラクサイは優しい笑みを浮かべながら見送った。
「お主の道は長く険しい…じゃが、その先にあるものはお主の望むモノが待っておるぞ…」
「おるぞー」「おるぞ〜」
「だぁー!喧しいと言うにィー!!」
「「ぐえ」」