「…一足遅かったか?」
『そうねェ…一足所か、二足三足は遅かったように思うわね』
音もなく姿を見せたのは。不意に現れた思いにもよらない相手にソーマとユエは驚きの声をあげた。
リクの記憶が消えたその夜に直に何処――名落宮へと姿を消した。
そして、名落宮でリクと再会しているにもかかわらずリクとは別のルートでこの地流本部へと足を運んだ。
彼女の考えには誰一人としてついて行けはしない。それ故に疑う気持ちが強くなる。
だが、今はそんなに冷静に物事を捉えている暇はない。
ミカヅチと話しをするために単身で地流本部にいるリクのことを思えば…。
「リクさんが一人で地流本部に行っちゃたんだ…ミカヅチ様と話をするために…」
「…ミカヅチ殿とリクが話し合いか。
……リクでは話しにならんだろうな。ミカヅチ殿の取引相手には若すぎる。、行くぞ」
ユエの腰につけられた自分のホルダーを器用にユエの腰から取りは相棒であるに告げる。
は直にドライブから姿を見せて『心得ました』と返事を返すと直にドライブに戻って行く。
それを見届けるとはドライブにてを向けた。
「待って!!どうする…つもりのなのお姉ちゃん……」
不意にユエがの腕にしがみついた。
姉弟だからわかるのか、ユエの心の中でを行かせてはならないのではないかという不安な気持ちが生まれていた。
根拠などあるわけがない。ただ、勘がけたたましく早鐘を鳴らしている。それがユエには心に引っかかっていた。
思慮深き姉だからこそ不安で仕方ないのだ。
「リクとミカヅチ殿の話し合いを止めるつもりはない。
だが、リクにまた闘神士を降りられるなんて事になっては困る。だからだ…。
安心しろ、別に俺は事を動かすために行くんじゃない…ことを正しく流すためだ」
「…信用していいんだよね」
ユエの真剣な眼差しがを捕らえる。
だが、はユエに答えを返さずにを降神した。そしてに掴まり颯爽と空へとかき消えていた。
暗躍闘神士
懐かしい。地流本部の中を特に当てもなく歩きながらは思った。数年前まで所属していた地流。
それなりに地位も仕事も与えられていたにとって地流は、割と居心地のいい場所だったように思える。
地流ではいい部下といい友人も持った。
地流での数年間は色々な意味で、そしてユエにとって『幸せ』な日々だったのかもしれない。
だが、今となっては済んだ過去をどうこう考えている暇はない。
裏切った以上、もう戻る事は――いや、戻るつもりはない。
「さて……感傷に浸るのはここまでにして、ミカヅチ殿とリクのところへ行くか」
「残念だが、そうはさせん。貴様のような裏切り者をミカヅチ殿の元へは近づけさせん!」
怒りを剥き出しにした男――ミゼンがの前に立ちふさがった。は感心したように『ふむ』と小さく声を洩らした。
「随分と修業したらしいな。気付けなかったぞ」
賞賛の言葉をミゼンに向けながらパチパチと拍手まで送る。
しかしその顔には小馬鹿にしたような笑みが薄くも浮かんでいる。
これはミゼンに対する挑発だということはあからさまに理解できることである。
勿論、この程度の低レベルな挑発にミゼンが乗るはずもなく怒りを押し殺しながらもその憎しみをに向けた。
「貴様がそのような減らず口を叩いていられるのも今のうちだ。天流宗家が落ちれば貴様等など恐れるにたりん!!」
ピクリとの眉が動く。その顔から笑顔が消え浮かび上がるものはなかった。
「天流宗家は…リクは…!そう簡単に落ちたりなどしない!!主君の侮辱はそこまでだッ!!」
がミゼンにドライブを向ける。ミゼンもにやりと笑いながらドライブをに向けている。
の眼には怒り、ミゼンの眼には余裕。明かにはリクを侮辱され冷静さを失っている。
それ故にミゼンの心には大きな余裕が生まれている。そして、二人の闘神士は同時に声をあげる。
「「式神降神!!」」
式神が降神される。しかし、降神されたのはミゼンの式神――鳳凰のラッカのみ。
のドライブからは式神は降神されない。だが、の表情に焦りの色も不安の色も見えはしない。
「一つお前に教えてやろう。
最初で最後の指摘だ…お前は強いが故に『正々堂々』を重んじ過ぎだ。だから……お前は俺の上を行けないんだよ」
が目にも止らぬ早さで印を切る。ミゼンの表情から余裕が消えて焦りの色が濃くなった。
慌てて防御の印を切ろうとするがもう既に時は遅い。ラッカの真上には刀を構えたがいるのだから。
「必殺、双虎咆哮衝」
の刀から虎の姿をしたエネルギー体が放たれる。
エネルギー体は雄叫びを上げて標的であるラッカへ衝突して爆風を巻き上げた。
「どれだけ自分が甘い戦いをしてきたかわかるだろう。
戦いの場は常にムジョウ…『正々堂々』なんて戦いゴッコの上でしか成立しないんだよ」
の一言言い終わるのと同時にミゼンはその意識を手放した。
「どれだけ戦いの場数を踏んだところで……付焼き刃の戦いの心得なんて…な………」
ミゼンのドライブを拾い上げ、は一つ印を踏んだ。
「相変わらず…趣味の悪い性格のようだなよ。いつまでたっても変わらんな」
暗い一室。ミカヅチは誰もいないはずの闇に言葉を投げかけた。
すると、闇がユラリと揺らぎ、月の光を浴びた闇はキラリと輝いた。美しくはあるが、それはまやかしにも見えた。
「ならば、今は変わる必要がないと言うことだろう。
…だが、趣味が悪いとは聞き捨てならんな。俺にはお前の方がよほど趣味が悪いように見えるが」
闇はへと姿を変えた。
地流宗家であるミカヅチを前にしてもいつもと変わらぬその態度。毅然としたその自信は揺るぐ事がないらしい。
それを知っているミカヅチはあえて何を言うわけでもなく無礼な言葉をぶつけるを放った。
「天流宗家と話し合いの場を持つとはどうゆう風の吹き回しだ?あれほど嫌っていたものを…」
「今の天流など恐れるにたりん…宗家があのような若造では尚の事……しかし、それを言うのならばこちらとて同じ事。
今まで天流を窮地に追い込んでおきながら今更天流に寝返るとは…無駄を嫌うお主にしてはおかしい行動だな」
「まぁ、俺にもそれなりに考えがあるということだ」
「神流…か?」
ミカヅチの言葉にの表情が厳しくなった。
『何故お前が知っている』そう問うようなの視線はミカヅチに注がれている。
ミカヅチは『ふんっ』と鼻でを笑いそのまま視線をに移し睨みつけた。僅かながらにの表情が歪む。
「儂がそう易々と話すと思うか?……お主のことだわかってはいると思うがな」
ミカヅチは笑いに背を向ける。
中途半端な答えしか得られなかったは不機嫌そうにミカヅチの背中を睨んでいるがミカヅチに気にする素振りは全く見られない。
ほぼ、相手にしていないと言っても過言でもないだろう。
「さて…そろそろ儂も仕事に取り掛からねばならん。無駄な会話はここまでだ」
「無駄な会話か……俺も随分と降格されたものだ」
「お主は裏切り者なのだ。当然であろう?」
「全くだ。だが、一つ忠告だが……」
「ミカヅチ様!侵入者…!?!貴様ッ!!」
乱暴に扉が開かれ姿を見せたのはタイザンとクレヤマ。そしてその後ろにはナンカイとオオスミの姿もある。
は事を理解したのか『時間ぎれか』と不機嫌そうに言い溜め息をついた。
「忠告はいずれまた会うことがあればだな」
「…貴様をただで返すと思うか!!」
はミカヅチに一言告げその場を去ろうとしたが、敵意を剥き出しにしたタイザンとクレヤマが立ちふさがった。
だが、は怯むことなく溜め息をついて呆れたようにタイザン達を睨んだ。
「大の男がいつまでそうやっているのやら…ミカヅチ殿のような広いお心を持ってもらいたいものだな」
「ふふふ…らしい言葉ね。久々に聞いても中々嫌味ったらしくて好きよ」
「全く。我が地流を裏切っておきながら堂々とミカヅチ様と会話するとは…お主らしいな」
「お二人もお元気そうで何より…。しかし、お三方の『仕事』のお邪魔は勘弁願いたいのでこれにて失礼いたしますよ」
そう言いはタイザンとクレヤマの間をすぅっと通りぬけその場から姿を消した。
その場には何も残らずまるで何者もいなかったかのような静けさを保っていた。
白虎同士がぶつかり合う。それをは特に何も考えずに眺めていた。
この戦いに勝者はない。それを知っているからこそ、この戦いの結果のどうでもよさを知っている。
どちらも負けはしない。痛手を負ったとしてもいずれは癒える。彼女にとってはそれだけのことだ。
だが、大鬼門の開放には少々問題だ。妖怪が放たれようが、節季が狂おうがそれはの知った限りの話ではない。
しかしだ、大鬼門が開放される。要するには四鬼門の開放――四大天の力を用いると言うことだ。
が唯一気がかりなのはその四大天の力の事だった。
むやみやたらに使えば、昔のような事に――いや、そうではない。もっと、危険な事態になることをは想定している。
『様…ミカヅチ殿にお伝えしなくてよろしかったのですか…?』
共に白虎達の戦いを見守っていたが不意に不安げな声をあげた。
はいつになく不安げなの表情を見て眉間に皺を寄せた。
だが、にを安心させようという気持ち――いや、余裕はなくまた不安げに口を開いた。
『ミカヅチ殿は神流の事には気付いておいでですが…確実に神流の方が…』
「俺がなんと言ったところで事に揺るぎなんてありはしない。あっても困る。
勘違いするな…俺達は『傍観者』だ。力を持て余したな」
『……御意』
「しかし…危なっかしい大降神だな。……………あの大降神は……?」
架橋を迎えた白虎達の戦いに乱入者が現れる。
それに気付いたは不意に立ちあがり雨が降る赤い空を見上げた。空には青い龍。今までに見た覚えはない。
だが、青龍一族だということはわかる。何者だ?と思っても答えは出ないが、が声をあげた。
『キバチヨ……殿!?』
の言葉はの思考回路を鈍らせた。まさか来ているなどとは思わなかった。
ソーマもユエも、キバチヨの使い手――マサオミが来ているなどとは一切言っていない。
それに、リクと共にいたわけでもなかった。ミカヅチとの会話の間にも存在しなかった。
それ故に、おかしいとは思ったが来ていないものだと思いこんでいた節はにあった。
ちぃッ!っと舌を打ちリクの元へと走る。もし、キバチヨがコゲンタを助けるようあことがあれば、事が狂う事になる。
それだけはなんとしても防がなければならない。はその一心だった。
「ユーマ君を―――っ!!」
大降神したキバチヨが同じく大降神したランゲツを襲う。
不味い、と感じるよりも先にミヅキの叫びに近い声がの耳に届いた。
そして目に飛び込んできたのはキバチヨの攻撃を受けて空へと消えていく甘露のクラダユウの姿と開放される大鬼門だった。
時が止る。何が起こっているのかを判断しきれなくなったの思考能力は停止した。
今、自分の目の前で起こった事実は紛れのない事実であり、拒絶したい事実。
そんな考えがぐるぐると頭の中を駆け巡った。しかし、パートナーの声では我に返った。
『様!私をミヅキ様の元へ!そしてリク様とコゲンタ様をッ!!』
「悪いな…あの二人を頼むッ…!式神降神!!」
をミズキの元へ放ち、はリクの元へと走った。
形振りなど構っている場合ではない。今はこの場から離れなければどうにもならないことだ。
「リク、ここは分が悪い退くぞ」
「…ッ!?さん…!どうしてここに…」
「そんな事はどうでもいい!シュウジ!なんとしてでもコゲンタを連れ帰れ!」
「御意」
はそうシュウジに命じるとすぐさまリクの手を引いてその場から立ち去った。
その場にいたところでどうなるとも思っていない。
シュウジは必ずコゲンタを連れかえるだろうし、この戦いに勝者も敗者も生まれない。そして…
「(あの二人を頼むぞ……)」
がのドライブに戻る事はないのだから……。