「コゲンタ、無理するな。風邪程度なら寝ていれば治る…」
暖かそうな上着を羽織り、___は相棒のコゲンタに言った。
だが、コゲンタは不機嫌そうに、口を開いた___を睨む。
「馬鹿言ってんじゃねェ。寝こんでる闘神士前にして黙ってられるか」
「しかし………お前料理なんてできるのか…?
俺の風邪の悪化よりもお前が料理中に怪我をする可能性の方が高い気がするんだが…」
コゲンタの痛い所を全てついた___の言葉はコゲンタの動きを止めた。
確かに、コゲンタは今まで生きてきて料理など作った覚えはない。
いや、式神は本来、食べ物を食べる習慣がないのだから、至って普通のことなのだが。
「し、心配すんな。どうにかなんだろ」
「……やっぱりやめろ。危険過ぎる…!作ったとしても食べられる保証はないし…」
「なんだその、『食べられる保証がない』ってのは、俺の料理の腕前を全否定すんのか!?」
___の一言が気に触ったかコゲンタは___を怒鳴りつける。
コゲンタは悪気があって怒鳴ったわけではないが、
病人の___にとってコゲンタの怒鳴り声は頭痛の起爆剤だった。
『ゔゔっ…!』と低い唸り声を上げてへたり込む___。
コゲンタはハッと我にかえって___の元に駆け寄った。
「わ、わりぃ…つい頭に血が上って…」
「いや、気にするな…気に触るようなことを言った俺が悪い…。
だが、頼むから料理はつくらんでくれ…俺の事を思ってやってくれているのはわかる。
だが……それでは俺の精神が休まらん…あと………毛皮が恋しい」
上目使いで訴えられてNOなどと無粋なことを言えるはずがない。
甘えることを一切しない___のとても貴重な甘える行為をなんの理由があって断れるのか。
「……わーった…わかったからその顔やめろ…」
風邪によって涙目になった___の上目遣いは犯罪だと思うコゲンタだった。
※風邪ひいた人間の無理したときのテンションには注意が必要だと思う。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「なぁ、ゲンタロウ。おれが大きくなったらおれと契約してくれるか?」
不意に白虎のゲンタロウに声をかけたのは、
ゲンタロウの横で大人しく修業している自分の父親を眺めている___だった。
ゲンタロウは突然の___の質問に首をかしげた。
「随分と突拍子のない質問だな?どうかしたのか___?」
「…別に。ただ、おれもゲンタロウと契約したいから聞いてみた。
おれは父上以上にゲンタロウと息のあった戦いをしたいんだ!」
自身満万の表情で語る___。そんな___を見てゲンタロウは苦笑いを洩らす。
『なんで笑うんだよ!』と___は少々怒りを込めた声をゲンタロウにあげるが、可笑しかった訳ではない。
___が自分を現在の闘神士、
___自身の父親よりも使いこなしたいというあたり、やはり血なんだと思ったのだ。
ゲンタロウは、心皇一族の族長の式神として三代に渡って使役されてきた。親から子へ、子から孫へ…。
常に使役者の実力はあがり、それと同じくゲンタロウ自身も強くなっていった。
そして、次に自分が契約するであろう少女は既に闘神士のとしての頭角を現し始めているのだ。
血以上に、この___という少女には…。
「俺もそれを望んでいるさ。___とはいい戦いができそうだからな。
…俺と契約するまで、お前は確りと自分を見失わずにいるんだぞ?」
「??何言ってるんだ?おれはおれであることに誇りを持っている!
強い父と母に恵まれ、最高の式神との契約も確定済みなんだからな!」
心の底から嬉しそうに笑って言う___。
ゲンタロウは柔らかい笑みを浮かべて『そうだな』と言いながら___の頭を優しく撫でた。
___は照れくさそうに笑う。そして父親に呼ばれゲンタロウの元から父親の元へと向った。
「……きっと俺はお前の式神にはなれない。
…だが、お前を最高の闘神士だと思っているからな…」
ゲンタロウの言葉は緩やかな風の中にとけ、___の耳に届く前に音を失った。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「おっしゃ―!!借金返済ファイト―ッ!!」
ゴゥゴゥと借金返済の為に闘志を燃やす繁茂のニンクロウ。
それに付き合っている___は苦笑いを浮かべている。
今、___は妖怪退治と銘打ってニンクロウの借金返済の手伝いをさせられていた。
特別、面倒ではないし、妖怪退治は闘神士としてやらなければならない仕事なので、
基本的には___にとってみれば、ついでだ。
しかし、流石の___もニンクロウの勢いには完全に気圧されたらしく、
文句一つ言わずにニンクロウの借金返済の手伝いをしていた。
ニンクロウに金を貸している同属のマスラオとの契約においては、
___の仕事の合間に別の仕事をしろと言われているが、
ニンクロウはそれを無視して___の妖怪退治をそっちのけにして自分のバイトを優先していた。
「……ニンクロウ。どうしてこんなに借金することになったんだ?」
薬作りのアルバイトの手伝いとして、薬草を煎じながら___は手を休めず、ニンクロウに尋ねた。
ニンクロウは不意に手を止めて深い溜め息をついた。
どんなに気の滅入るようなことにあっても滅多に溜め息などつかないニンクロウが溜め息をつく。
それは___にとって驚くべきことだった。
___も驚きで手を止め、焦ったようにニンクロウに『嫌なら言う必要はないぞ』と心配そうに言った。
「嫌?いーや、そんなことない………!
寧ろ言ってスッキリしたいっつーの!あれはおいらの借金じゃないんだよ!
あれはおとんの残した借金だってんだぁッ――!!!
怒りを爆発させたように怒鳴るニンクロウ。
___はニンクロウの心のシャウトともとれる主張を聞き苦笑いを浮かべた。
「た、大変だな…」
「大変も大変だってんだ!マスラオはことあることに借金増やすし…!」
「…だが、そういったことをした場合は…大抵、ずるをしたようだが?」
「ぅ゙――…なんで___がそんなこと知ってんだよぉー」
「マスラオが『わいを悪役にされるんは癪やから』と言って教えてくれた」
___がそう言うとニンクロウは頬を膨らませて
『いらんこと言いやがってぇ~』とマスラオに対して悪態をついていた。
___はそんなニンクロウを見て小さく笑った。
「…だが、この借金の返済が終ったらニンクロウとの契約も破棄されてしまうな」
「あーおいら、借金返すために___と契約したんだもんな。……確かにそうなっちまうな」
「俺個人としては…………まだ、ニンクロウと旅…していたかったがな…」
小さく苦笑いを浮かべて___はニンクロウに言う。しかし、ニンクロウはチッチッチと指を振った。
「残念だけどおいらはもう既においらなりの計画ってヤツがあるんだよ。
だから、___の要望には答えてやれね」
___にキッパリと言い放つニンクロウ。
寂しさをふくんだ声で『そうか』と言う___を見てニンクロウはニヤニヤと笑みを浮かべながら薬草を更に煎じた。
薬草独特の香りがふんわりと宙を舞う。
「おいらは、借金を返済し終わったら…おいらが知ってる中で一番強い闘神士と契約して一財産築く!
そして、最強の繁茂になる!これがおいらのささやかな計画よ!」
『あっはっは』と高笑いしながら言うニンクロウに___はしばし呆然と固まった。
___はニンクロウの言う強い闘神士というのを直感的に自分をさしていることに気がついていた。
ハッと我に返り___は笑っているニンクロウを見て苦笑いを浮かべた。
してやられた。そんな感情がありありと___の顔には浮かんでいた。
「…どこがささやかなんだかな。計画というよりも、俺から言わせると野望にほど誓いと思うが?」
「契約する闘神士が上等だからこんなのまだまだ序の口、序の口!」
「その闘神士も大変だな」
「どーだかな。案外、おいらの計画を楽しんでくれると思うけどな」
そう言ってニカッと笑うニンクロウに___は降参したような笑みを浮かべて
『敵わんな』と言いながらニンクロウの頭をなでた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「おぉ~…見事な桜だな」
『ああ。だが、私達は花見に来たのではない。それだけは忘れないでくれ』
優しく風が吹き、賑やかに花を咲かせた桜達がさわさわとその身を揺らし、時折花びらがひらひらと宙を舞う。
そんな桜の木々が生い茂る中を___と青龍のコタロウは歩いている。
コタロウの言葉通り、花見に来たわけではない。
青龍族に伝わるとある技を使うために必要な印を探しに来ているのだ。
しかし、ここには妖怪もいない。そして、___以外の闘神士もいない。
花見ではないというが、ほぼ花見がメインで印探しはついでといった感じになりつつあるのは強く否定できないだろう。
「綺麗…だな」
『……珍しいな。お前がモノを美しいと称すとは…』
「まあな。…だが、桜は別なんだ。
俺の母が好きで…実家には100本近くの桜の木が植えられていてな。毎年本当に美しい花を咲かせるんだ。
小さい頃から見ていたせいもあって桜だけは心の底から綺麗だって思う」
___の桜を見つめる瞳には優しさと嬉しさ、そして憂いがあった。
両親や家には多くの懐かしく、優しい記憶がある。
だが、それと同時に___にとっては憎しみと悲しみが入り混じる辛い記憶もそれにはあった。
だが、今それを悲しむつもりはないようで、___は薄く笑っていた。
『さぞ、素晴らしい庭なのだろうな…』
「ああ、すごいぞ家の庭は…事が終ったら皆で花見、したいな」
明るい表情をコタロウに向けて___はコタロウの返答を待った。
コタロウはフッと笑ってから口を開いた。
『ああ、そうだな。
…だが、私はお前と二人だけで静かに桜の美しさを感じたいが?』
「なら、早く印を見つけて…皆には悪いが、二人だけで花見を楽しませてもらおうか」
コタロウに言われて___は苦笑いしながらもコタロウに言葉を肯定した。
コタロウは『___も悪人だな』とからかうように言う。
すると___は相変わらず苦笑いしながら『コタロウも同罪だろ?』言うのだった。
暖かい春の陽気は優しく青龍と闘神士を包んでいた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

妖怪の体を銃弾が貫いた。
銃弾を放った霜花のオニシバは妖怪のいた場所を見てふんと鼻で笑った。
オニシバに指示を下していた___は戦闘が終わったことを確認するオニシバの元に近づいた。
「ご苦労だったな」
「なに、気にするほどあっしは働いていやしませんよ。___の指示がいいもんでね」
冗談なのか本気なのか、どちらともとれない笑みを浮かべてオニシバは___に言葉を返す。
『世辞を言ってもなにもでないぞ』と呆れた笑みを浮かべながら言う___。
それを聞いてオニシバは『お世辞なんていう性質じゃないんですがね』と言って笑う。
いつもこうだ。励ましの言葉なのか、単にからかっているのか、それは___にはわからない。
このオニシバという式神の心はどうしても___にはつかむことのできないものだった。
___は…この戦いが済んだら、どうするつもりで?」
「……本家の復旧。それが第一だな…ないとないで困るものだしな」
「なら、こうやって落ちついて___と話ができるのも…あまり多くはないということですかい?」
不意に問われて___の表情が消えた。
今は、妖怪退治という仕事があるから、こうやって式神達と細かく連絡が取れる。
そして、いつでも会える。だが、この戦いが終りを向えて___が本家の復興に手をつけたなら。
恐らくは全式神達との契約破棄され、会うことなどは極端に数を減らすことになるだろう。
あくまで、___の契約においては『戦いが終了になるまで』というのが前提なのだから。
「あっしは嫌ですぜ。確かに、契約上ではこの戦いが終ればあっしは自由の身。
……しかし、自由以上にあっしは大切なモノを失うことになりやすからね」
目を伏せてオニシバは___に言い聞かせるように口を開く。
いつになく真剣な顔つきのオニシバを見て___は自然とオニシバを見つめていた。
「あっしはこの世で最も大切な闘神士…いや、パートナーを失う。
それは自由より大切なもんでしてね」
「オニシバ……」
___は嫌ですかい?こんな掴み所のない式神は」
「…阿呆を言え、俺には勿体無いくらいだよ。
オニシバの言葉を聞いて、俺はこの戦いに終止符を打つのを一瞬、止めたくなった…。
でも、今の言葉を聞いて早く終止符を打つことにした。
……早く平和な世で、お前の闘神士として生きたいからな」
「ありがたい言葉でさぁ。あっしも___の為に死力を尽くしやすよ」