「相川ー」 「はい」
「伊藤ー」 「へ〜い」
「へ〜いじゃなくて『はい』だろ!言いなおし!」
とある高校。そこのとあるクラスでは今、出席をとっている。ちゃんと返事をしない生徒に注意する教師。
案外どこにでもある状況だ。だが、このクラスのとある一角だけ、妙に黒い影を背負っている青年が居た。
「大神」
その名を呼ばれ黒い影を背負っていた青年はビクリと体をびくつかせた。
大きな体を持っていながら怯える様はなんとも無様だ。だが、そんな青年の心中も察してくれない教師は青年に声をかける。
「寺恩、大神の奴はどうした?……また、逃げられたか?」
先生に尋ねられ青年はおとなしく首を立てにふった。それを見て教師は溜息をついた。
青年――寺恩は周りのクラスメイト達に『仕方ないって』とか『は悪くないよ』等の励ましの言葉を受けていた。
案外毎朝の恒例事になるつつあるこの状況。それをはなんとしても阻止したかった。
しかし、それはどうにも上手く行きそうにはない。
「マサオミめ……!次こそは首に縄かけてでも…連れてきてやる…!!」
「寺恩、張りきるのはいいが、流血騒ぎだけは止めろよ」
教師に釘をさされては恥ずかしそうに『はい』と答えた。
 
 
 
マサオミが当番になっている仕事を終え、は家路につこうとしていた。ここのところ、ずっとそんな感じだ。
実は、はマサオミと二人暮しをしているのだが、が朝起きると大体、テーブルの上にメモが残されている。
【 今日は、幻のネギ牛丼の日だ。俺はそれを買うために旅出る。以上 】
そんなメモを見た瞬間にはその体に流れる血がカッと熱くなり、マサオミをぶん殴りたくなる衝動にかられる。
だが、その相手がいない以上、殴りようもなく、ただ苛立ちが募っていく。
そして、マサオミが帰ってきて殴ろうとすれば、闘神符で見動きを奪われてみたり、牛丼で上手く丸めこまれたり。
どうにもこうにも、マサオミの方が一枚上手らしく一向にこのパターンから脱出できずにいた。
「全く…マサオミの奴には一度やきを入れてやらんと……………」
ぶつくさと愚痴を洩らしつつ道を歩いていると一台のスクーターがポツンと置いてある。
しかも妙に見覚えのあるスクーターだ。ついでに言うと、とめてある位置は牛丼屋の前だ。
は笑顔でそのスクーターに近づく。そして、このスクーターの持ち主の帰りを待った。不意にドアが開く。
そこから整った顔を持つ髪を後ろで結った男が出てきた。の笑顔が絶頂期にまで達する。
「マサオミ、てめぇはこんなところで何してやがるんだ?
柄の悪い男がいるな、と思っていたマサオミ。
だが、ガラの悪い男よりもこれはかなり厄介な人物が待ち伏せしていた。
寺恩。マサオミにとっては同居人であり、悪友。そして元有名不良。
多くの異名を持つ超がつくほどの元大不良だ。マサオミは笑顔で自分を迎えるに笑顔で言葉を返す。
「買い物!」
スクーターにエンジンをかけ、即座に飛び乗りの前からその姿を消す。
しかし、それをはおとなしく認めるはずがない。笑顔が一転し、その顔には怒りだけが浮かび上がった。
不良の頃の名残が前面に現れた。
マサオミィ!!テメェ!!!!!
今日という今日は……
絶対に逃がさん!!
走ってスクーターに追いつくつもり満々の
普通の人間ならば無理なので、軽くあしらえるのだが…このは人の領域を簡単に越えていた。
そう、スクーターに足で追いついてくるのだ。といっても、最高記録は3分なのだが…。いや、3分も持ては十分だろう。
マサオミは危機感こそないものの、その心の中で改めて自分の友人の脅威に感心していた。
「頑張れよ〜まぁ、最後には見失うだろうけど」
見失ってたまるかぁ〜〜〜!!!!!
誰かつっこんでやれ。無理だと。
 
 
 
いいところまで追い詰めておきながらはまたマサオミを取り逃がしていた。自分の不甲斐無ささに腹が立つ。
不機嫌そうにとぼとぼと道を歩きながらは町並みを眺めた。
そこはにとってはあまりきたことのない場所だった。だが、記憶にはあるので人に道を尋ねる必要はない。
だが、不意に見覚えのある後姿がある一軒の家にすいこまれるように入って行った。
見覚えがあり、今一番ぶん殴りたい後姿だ。
人違いであっては困るが、今はその小さな可能性にでもすがりたい気分だった。チャイムを押した。
「すみませーん」
「は〜い。……?ど、どちら様ですか?」
の前に姿を見せたのは一人の少年。
気弱そうな少年はどうやらのその背の高さとその髪の色に少々怯えているらしい。
は心の中で苦笑いしつつ優しい声音で『大神マサオミって人、来てないかい?』と尋ねた。
少年はの声を聞いて少し恐怖心を取り除いたのか『あ、マサオミさんなら中にいますよ』と答えた。
「なら、ちょっとあがらせてもらえるかな?俺…じゃなかった、私はマサオミに少々用があるんですよ」
「え?ええ、いいですよ。こっちです」
少年に案内されは家の中に入る。奥に入るにつれて少女の声とマサオミであろう男の声が大きくなった。
は握った拳を更にきつく握った。そして少年に案内されるがまま、居間に入ると案の定マサオミがいた。
マサオミは少年が戻ってきたことを確認するためにこちらを向いたのであろうが、そこには少年ともう一人、いるはずのない人物がいた。
「マサオミ、どこで油売ってると思ったら…こんなところにいたのか…ッ!!
マサオミの胸倉を掴んで笑顔で尋ねる。しかし、後半は笑顔ではなく怒りの表情のみだった。
マサオミは『年下の前だぞッ…!』とに言うが、そんなことは居間のには知った限りではない。
「男の友情ってのを教えてあげよう。少年達」
ぶっ
その端正な顔を殴ってやろうかと思ったが、この部屋には女の子もいるのだと思い、顔ではなく頭に重い一撃を見舞っておいた。
マサオミはあまりの痛さに言葉をなくし頭を抱えて縮こまった。
「うちの馬鹿がご迷惑おかけしました…」
はこの家の主であろう蒼髪の少年に頭を下げた。少年は『すんだことですから』と言って特にを責めはしなかった。
だが、ふと聞き覚えのある声だと思っては少年の顔をよく見た。
そして更に見覚えのある顔つきだったために見間違いではなかろうなと更に凝視した。
「……な、なんでしょう…?」
じっと凝視され少年はたじろいたように表情を引きつらせてた。
気付いてもらえないのは少々悲しいが、は喜びの境地にたどり着いた。
お嬢様ァ〜〜〜!!!!
ギャー!?
は少年、いや、実は少女である――に抱き付いた。はいきなり抱き付いてきた見知らぬ男に驚き声をあげた。
しかし、次の瞬間にマサオミから発せられたの言葉を聞いて耳を疑った。
ちゃんになにしてんだ…」
「……………だと?………!?!?!?」
「ああっ、覚えていてくださったんですね!お嬢様!!」
驚いたようにを見るは涙をボロボロとこぼしを抱きしめた。
ずっと会いたかった人物にやっと会えたのだ。はその喜びを体全体で表した。
「お、お前…どうしてこんなところにいるんだ!ついでに言うが、俺はもうお嬢様じゃないぞ!」
何を言ってるんですか!
私達一族はお嬢様の一族に一生仕えると誓ったんです!何がなんでも仕えさせてもらいます!!
は・な・れ・ろ!!
抱き付くを諭すように言うだったが、それを全く無視してから離れようとしない。
だがそれを快く見ていられなかったマサオミがベリッとからをはがした。
「なにしやがる!」
ちゃんが嫌がってるだろ!ついでに言うが、俺のちゃんに手を出すな」
バチバチと火花を散らす男二人。はこの騒がしい男二人を見て大きなため息をついた。
そして深呼吸一つしては大声で怒鳴った。
人の家でギャアギャアと無駄に騒ぐなぁ〜ッ!!
それから一週間、マサオミももこの家の出入りを許されなかった。
 
 
 
君っ、ちゃんの情報教えてくれないかな〜」
「…俺の一年の時の苦労を返せ」
「無理だなそれは」
ここ一週間だけはマサオミは一切遅刻すらせずに学校に顔を見せていたという。