ふと芽生える感覚。何の前触れもなく、ふとした瞬間に僕はそんな感情を抱く。
そんなことをしたらきっとあの人は怒るから。僕はそんなことはできない。
でも…少しぐらいなら許してくれますか?
 
 
 
〜〜
 
 
 
「2×(−5)=−10、(−12)×(−6)=72、(−45)×24=-1080」
縁側でリクが宿題として出されたワークの答えをは言い当てていく。
その言葉はすべて同じペースでの口から告げられリクはいそいそとワークに赤いボールペンで数字に丸をつけていく。
はそれを見る様子は全くなく、ひたすらに言葉を続けた。
「24÷(−3)=−8、(−78)÷(−26)=3、(−17)÷4=−4.25以上」
「ええっと……全部あってました」
答えがすべて告げられリクは笑顔でに結果を告げた。
は『当たり前』と言う顔をしているが、取り合えず言葉だけは『おめでとう』と言っていた。
ここ最近は勉強を教える係りがいつのまにかソーマからへと変わっていた。
だが、それは必然的に起こったものだった。の頼みでソーマはユエに勉強を教えることになったのだ。
なので、ソーマにリクに勉強を教える時間がなくなり、変わりにが教えることになったのだ。
「このペースで行けば、期末のテストは期待してもよさそうだな」
「そ、そうですか…?」
「ああ、このペースが続けばな。だが、このままだと、数学だけだな。点数に期待していいのは」
フッと薄く笑っては数学のワークを床に置いた。今までやっていたのは数学のみ。
数学のみの点数が良くてもはっきりいって困る。均等にできなければ意味はないのだ。
「理科と英語もよろしくお願いします!」
そう言ってリクは慌てて自室に理科と英語の教科書を取りに向った。
 
 
 
教科が変わろうともは自分の定位置を変えはしなかった。
あくまで縁側に腰を落ちつけ、いつの間にやら持ってきていた家計簿と睨めっこしている。今月も少々赤字のようだ。
…さん?」
「ん?なんだリク。わからないところでもあったか?」
家計簿の事で頭がいっぱいになっていたをリクが呼んだ。
それに気付きははっとしてリクに言葉を返す。だが、の予想とリクの呼んだ理由は全然違った。
「おじいちゃんの貯金だけじゃ……やっぱり足りませんか?」
「…ああ、俺達が半居候状態でいるせいで食費が大赤字だ。
だが…食事担当者として確り切り詰めるつもりだ。お前は心配しなくていい」
そう言ってリクに向けていた視線を家計簿に戻す
『アパートの管理補佐』の仕事を請け負うと言うのがこの家に住む条件であり、
がリクの側近として傍にいられるの条件でもあった。
故に、この赤字をどうにかするのがの腕の見せ所というわけだ。…中学生に家系のやりくりを期待するのもどうかと思うが。
リクはキッパリと言い放つの言葉に妙に納得して止めていた手を再度動かし始めた。
流れるようにリクの手は動いていた。
「食費は一ヶ月一万円生活のノリでいって見るか……」
不意にこぼれたの言葉がリクの手を止めた。
 
 
 
先ほどまで割とスムーズに動いていたリクの手が動きを止めた。そこにあるのは理科の問題。習ったはずの公式。
それが頭から出てこない。それに、妙にややこしいこの問題は教科書を眺めても回答方法は見つからない。
リクは眉間に小さな皺を寄せた。
「リク、わからなのなら聞け。…理科ならこっちに聞きに来てくれ」
シャープペンの書く音が止んだことに気付いたが口を開く。
相変わらず視線は手もとの家計簿だがその家計簿をパタンと閉じ、確りリクに理科を教える気らしい。
リクは理科の教科書とワークを手にの元へと歩き出した。だが、不意にリクの体が中に浮いた。
「うわわっ」
縁側と居間の段差に躓いたのだ。リクは一瞬何がどうなっているのかわからなくなった。
だが、気付いたときにはその体に特に痛みはなく、なんとなく暖かい感じがした。
「どうしたリク。普段ならコケないのに……」
さんっ!」
がリクの顔をのぞきこんで言った。どうやら倒れてリクをが受けとめたようだ。
いきなりの事だったためにの方もきちんと対処できなかったらしく、中途半端な受け止め方になっていた。
リクはの胸に顔をうずめるように受け止められていた。
自分がどうゆう状況にいるのかリクが理解するとその頬が赤くなっていった。だが、なぜか落ちついて安心できた。
「……」
「リク?どうした??」
「あっ……ご、ごめんなさいっ…なんだか居心地が良くて…」
に声をかけられ我にかえったリク。
急いで起きあがろうとするが、それはの手によって止められた。
「まぁ、休憩と思って多めに見てやってもいいが?」
優しい笑みを浮かべていう
そんなの表情を見てリクはついついにまわしている腕のに力を入れた。
「(まぁ……悪くないか…)」
心のどこかで苦笑いを浮かべつつもも満更ではなかった。