クツクツと喉を鳴らしは遠目から真っ直ぐと前を見据えて歩く青年――ヤクモを見て笑った。
今、神流の中でも噂の中心にある天流中最強と言われる闘神士。そんな噂の人物が自分より幼い青年。
そして、自分の弟のように育ってきたマサオミと同じ年。それを考えるとは笑いを止める事はできなかった。
ああやって、大人ぶってはいるが、中身はただの高校生。それを考えるとより一層笑いがこみ上げてきた。
 
 
 
〜〜
 
 
 
「可愛い子は好きよ…ちょっとからかってあげようかしら?ねぇ、ケツルイ?」
『………タイシンに性悪と言われても否定できない言葉だな』
「残念だけど、性悪っていうのは正解じゃないわ。どちらかって言うと…モノズキよ」
人の形をしながら爬虫類の肌を持つ式神――大蛇のケツルイが呆れたようにに言う。
しかしはそれを訂正になっているかわからないよな言葉を返して笑う。
ケツルイはフッと笑い『やはりお前は、私の舞台に相応しい女だ』と言った。
「ありがとうケツルイ。
私もあなたのような芸術家と組めて嬉しいわ……さっ、私とヤクモちゃんの出会いを素敵に演出してちょうだい」
「私の芸術に酔うではないぞ」
「難しいお願いね」
が返すとケツルイは空に掻き消えた。
 
 
 
「そこのお兄さん…こんな伏魔殿の奥で何してらっしゃるのかしら?」
からかうような女の声が響く。
とっさに声のする方へ闘神機を向けるがそこにいたのはヤクモの想像とは遥かにかけ離れていた。
そこにいたのは体の線を出すようなピッタリとした服を着こなした黒髪の女だった。
女はその端正な顔に妖艶な笑みを浮かべ、ヤクモを見ている。ヤクモはこの女に妙な違和感を覚えた。
「狩衣を着た女だと思った?ふふっ…ごめんなさいね、予想と違って……」
言葉は謝罪の言葉だが、その声音と表情はこちらをからかうようなものだ。
ヤクモはこの得体の知れない女に少なからず不信感と警戒心を抱いていた。だが、女はそれを知ってか更に口を開く。
「あなた、天流闘神士のヤクモちゃんね?私はっていうの。ちょっと私とお話しない?」
「……得体の知れないヤツと話すつもりはない」
「あらっ、教えたでしょ?私の名前。名前さえわかれば話す事なんていくらでもできるじゃない」
クスクスと笑い、女――はヤクモに言う。
しかし、ヤクモは信用できないというオーラを発しながら『流派を聞こう』と言った。不意にの眉がピクリと動く。
しかし、その表情には大きな変化はない。
「野暮や質問ね。そんな質問じゃ、女は逃げてくわよ?」
「…そんな事はどうでもいい。答えろ」
きつい口調で一切気を抜くつもりのないヤクモ。それに対しては余裕の笑みを浮かべている。
嫌な威圧感と違和感を放つ妖艶なの笑み。ヤクモにとってそれは心地のよいものではなかった。
その笑みを見ているだけで精神力を吸い取られるような感覚に襲われる。
そんな感覚と格闘していると不意にが口を動かした
「こんな辺鄙な場所に来るヤツなんて…
あなたとこの辺りを縄張りにする……神流闘神士しかいないに決ってるじゃない」
『神流』その単語が持ち出された瞬間。ヤクモは式神を降神させようと構えようとするが体が動かない。
体が見えない何かに縛られたような状態になっている。ヤクモの背筋に悪寒が走る。
「いい顔ね。私そうゆう顔大好きなの。ごめんなさいね、サイディストで」
クスクスと笑ってはゆっくりとヤクモに近づいて来る。
体を動かそうと懸命にもがくがそれは意味を持たず体は一切動きはしなかった。不意に視線の先が暗くなる。
視線を変えてみればの顔がそこにあった。ヤクモは恐怖感を思い出した。
「大丈夫…アナタを傷つけたりはしないわ。アナタに傷をつけては…私の大切な人が死ぬハメになっちゃうからねぇ…」
楽しげにヤクモの髪の毛を弄び、は愛しそうに言った。
その瞳に写っているのはヤクモではなく、の大切な人なのだろう。
「……面白い気の持ち主ね…ふふっ気に入ったわ。
でもね、ヤクモちゃん……今アナタが想っている子には…手を出さない方がその身のためよ?」
「!?」
突然のの言葉にヤクモは混乱したように目を大きく見開いた。それを見てはやはり笑みを浮かべて言う。
「面白い顔…。楽しい一時をありがとう。また会うことがあったら会いましょうね。ヤクモちゃん」
一陣の風が巻き起こり風がを包み込んだと思えば既にの姿はその場から消えていた。
それと同時にヤクモの体を縛っていた何かも消え去り、ヤクモのは体の自由を取り戻した。
しかし、時既に遅しだった。