一人の少女が微笑んでいた。僕はその子の笑顔が好きだった。けれど、その子の名前も声も思い出す事はできない。
夢に現れる女の子。それは僕にとって悲しい記憶。どうして悲しいかなんてわからない。
けれど…胸が張り裂けそうなっほどに……僕にとって、それは悲しい記憶。
〜〜
いつもならば、ぐっすりと寝付けると言うのに、今日に限って少女の夢を見て悲しみのあまりに目が覚めた。
顔を触ってみれば頬を涙が伝っている。
目を覚ました少年――リクは服の袖で涙をごしごしとぬぐい、起きあがった。
窓から射し込む月の光りは青白く、神秘的だった。
妙に目のさめてしまったリクは気持ちを落ち着かせるために、水を飲もうと台所に向う。
時計は夜中の12時を指している。この家の住人達は全員が眠りについている事だろう。
「あの夢はなんなんだろう……」
リクは水を一口飲み、先程まで見ていた夢を思い出していた。
いつも自分に向って笑顔を向けていた少女。自分が危機に陥れば、直に助けてくれる少女。
しかし、いつも最後に見る少女の笑顔は痛々しくて、リクはその笑顔を見るたびにズキズキと心が痛んだ。
どうしてこんなにも心が痛むのかはわからない。
だが、自分の中にある記憶の中で一番悲しい思い出のような気がした。だが、確信的なものは一つもない。
今のリクではこの夢の結論は出す事はできない。
大分、気持ちも落ち着いたリクはコップを元の場所に戻し、最後眠りにつこうとした。
明日は明日でボート部やら修業やらで体力を使う。睡眠は大切な体力回復法なのだから夜更かしは不味い。
しかし、リクの目に何かが入りこんできた。
青白く光る月の光を浴び、河図を囲むように印が中に浮かび上がっている。そしてその中には一人の少女がいる。
リクの中で記憶の少女とこの少女の姿が重なった。
「ッ…!!」
体が勝手に動いた。
止めなければならない、止めなければ悲しむことになる、そう心が叫んでいた。
リクは無心でその少女に抱き付いた。
「!?…リ…ク?オイ、どうしたんだ…?」
リクが抱き付いた少女――はいつになく心配そうな表情でリクを見た。
それもそのはずか、リクはボロボロと涙を流しに抱き付いて、いや、しがみついていたのだ。
…まるで、何かを拒絶する子供のように。
「僕は嫌です…さんと離れるなんて…さんがいなくなるなんて…!」
「??リク、落ちつけ。何がどうしたんだ?」
「もう僕は大好きな人を失いたくない!」
リクが叫んだ。はいつにないリクの口調に戸惑った。
気が動転している。は心の中で静かに呟いた。
少々困ったような顔をしてはリクを抱きしめた。そして優しくリクの頭を撫でた。
「リク、俺はどこにもいかない。それに、お前を残して消える事もありはしない…俺の言うこと、信じられるよな?」
「………僕…は…」
に優しい声をかけられリクはゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
だが、それを同時に夢の事まで思い出してしまい涙は未だに途絶えることなく流れつづけている。
だが、はそれを知っているがなにも言わずにただリクをただ抱きしめていた。
リクはポツリポツリと言葉をつむぎながらに夢の内容を語った。は黙ってリクの話を聞いている。
その表情は柔らかかった。
「だから…僕はさんもあの夢の女の子みたいに消えてしまうんじゃないかって…思って」
「記憶の混乱というやつだな…気にしなくてもいい。
タイミングが悪かったんだ…誰にでもあるさ、悲しい記憶のときは特にな」
いつもならばほとんど見せることのない優しさ。
だが、リクにとってはこの優しさは何度も感じた事のある優しさだった。そして自分が最も安心できる暖かさ。
それはの暖かさに似ている気がした。
「リク、何れお前はその少女の正体を知ることになるはずだ……
だが、その真実を気に病むな…その少女はお前の事が大好きだったんだからな……」
「え…?」
「明日もボート部だ。さっさと寝るぞ」
リクはに尋ねようとしたときにはリクの意識は眠りについていた。
は闘神符を使ってリクを眠りにつかせたのだ。リクの尋ねたいことに答えはある。
しかし、それを言うにはまだまだ時は早いのだ。
「リク、お前には何れ記憶の試練が待っている…だが、それには負けないで欲しい…強くあってくれよ…リク」