風が吹く。穏やかに流れる風は青年の羽織るマントで戯れるかのように揺らしている。
ユラユラと揺れるマントを眺めるもう一人の青年は欠伸を一つ洩らして腰をかけていた大木から飛び降りた。
相当の高さがあったはずだが、青年にはまったく高さなど意味を持たないようで木の葉でも舞うかのようにヒラリと着地した。

「よぉ、伏魔殿はどうだったよ?」

「……大分、神流の勢力が強くなりつつある。そろそろ、お前にも腰あげてもらいたいんだが…?」

マントを羽織った青年――ヤクモがそういうと青年はクツクツとのどを鳴らして笑った。
そして、『なら、可愛い子紹介してくれないとな』と言ってヤクモのデコを小突いた。
企んだような笑みを浮かべる青年にヤクモは渋面だ。彼の言う『可愛い子』の見当は簡単につく。
だが、共に行動していないはずの彼がどうして彼女の情報をし入れたのかが気になった。

だが、彼に限って大人しく白状するわけもなく、かといって、彼よりも上手な人間でもない。
ヤクモは盛大に溜め息をつき青年を睨んだ。だが、青年は楽しげに笑っている。

「楽しみだなぁ。天流宗家の巫女サマに会うのが」

「……変な気でも起したら…いくらお前でも殴るからな

「おぉ〜怖い怖い。でも、あくまで俺の本命は決っているから安心してくれ。マイスイートハニー」

風が吹いて、木々が揺れて…そして、青年の体も宙に舞った。

 

 

 

 

 

き道師に出会う時

 

 

 

 

 

一人の少女がポツンと立っている。
少女の腰にはホルダーが、そしてその中には闘神士だけが持つ――ドライブが身を潜めている。
この少女は闘神士のようだ。不意に少女は自分がいる広場にある時計に視線を向けた。
さしている時間は1時4分。彼女が待ち合わせに指定された時間は1時きっかり。どうやら、相手は遅刻らしい。

『珍しいこともあるもんだね。ヤクモクンが遅刻だなんてさ』

暇そうにしていた主を思ってか、ドライブの中から式神――白龍のハクエイが姿を現した。
姿を現したハクエイを見て少女は小さく溜め息をついた。
彼女もまさか約束をした張本人であるヤクモが遅れて来るとは思っていなかったのだろう。

「……伏魔殿でなにかあったのかもしれないな。だが、ヤクモなら心配は要らないだろう」

『ボクものその意見には賛成。ヤクモクンならまず大丈夫だろうね』

少女――が確信めいたように言うとハクエイも楽しげに笑っての意見に同意した。
穏やかな会話が続く。そんな中に一陣の風が吹いた。バサバサと音を立ててなにかが揺れる。
目を凝らしてみてみれば、の待ち人である天流のヤクモが姿を見せた。
遅刻したという認識はあるようでその足を走らせていた。

「…どうしたんだ?ヤクモ。遅刻とは珍しい」

「いや…嫌な奴に捕まってさ。……少々巻くのに時間がかかったんだ。遅れてゴメンな

心配した様子で遅刻の理由を尋ねるにヤクモは苦笑いを浮かべて言葉を返す。

「嫌な奴…?神流とかいう連中か?」

「……ん。…はっきり言うともっと面倒な奴だよ。是が非でもには会わせたくない

真顔ではっきりと言いきるヤクモ。
その表情には余裕は伺えず、相当切羽詰っているらしい。すると、ハクエイがクスクスと笑った。

『天流最強でも逃げ出したくなるような奴なら、ボクはちょっと興味あるね』

「……ハクエイなら白い者どうし仲良くなれるかもな…」

楽しげに言うハクエイとは対照的にヤクモは疲れきったような、呆れきったような、諦めたような感じで笑った。
ヤクモの気持ちは尊重してやりたいが、も人の子。好奇心という物は抱く。
『会わせたくない』そう言われてしまうと会いたくなってしまうのが人の性だろう。

「一体どんな奴なんだ?」

興味深々といった感じでヤクモに尋ねる。そんなを見てヤクモは少々深めの溜め息をつく。
別に話すのはいいのだが、話しているうちに悲しくなってくるのだ。色んな意味で。

だが、他ならぬの頼みとあらば無碍に断ることができるはずがない。
ヤクモは更に溜め息をついてから口を開いた。

「そいつは俺の……」

 

 

 

 

 

「スイートダーリンなんだよ。天流宗家ちゃん」

 

 

 

 

 

不意にの目に飛び込んできたのはキラキラと光る白髪を持った青年だ。
月を連想させるような琥珀色の目を細めて笑う。だが、肩を確りと組まれているヤクモは
これでもかと言うほどに顔を真っ青にしてこの青年に会いたくなかったことを主張する気はなくとも主張していた。

彼から敵意は見られない。おそらくは敵ではないのだろう。
だが、は不信過ぎるこの青年に警戒心を抱いた。

「ビャク…ヤ……なんでお前がここに………確りまいたはず…!?」

「この俺を騙くらかせると思ってんのか?甘いぞハニー」

ケラケラと笑いながら青年――はヤクモの頭をガシガシと撫でた。
ヤクモはすっかりその顔から血の気をひかせて唖然としている。
どうやら相当、このに会わせたくなかったらしい。

「さて、冗談はこのぐらいしにして……」

不意にはヤクモから離れてに向いなおった。琥珀色の目が確りとを捉えている。
その目に見つめられ、は何故かその目から目が離せなくなった。
なにかその目には惹きつけるようなものがあったのだ。

「私の名は。この天流闘神士ヤクモの参謀を務めている陰陽師にございます。
天流宗家巫女様にお会いできるとは何たる光栄…」

の前に跪き、は深々と頭を下げる。
生きていてこの方こんな対応をされたことのないは少し動揺した。
天流宗家の名を持っているが、今までそれを聞いて頭を下げる者などはいない。

「いや、そこまでかしこまらなくても…」

「なんと優しいお言葉…様のお心遣い、感謝到ります……。では、信頼と親愛の印に…」

跪いた状態での手を取った。
ヤクモの顔が歪む。とっさに止めに入ろうとするが身動きが取れない。
『してやられた!』と心の中で声をあげるが、気づくには少々遅すぎる。
にニコリと笑みを見せ、そっとの手の甲に口付けをした。

…………………………………………!

一瞬、何が起こったかわからなくなった。
ただ、柔らかいなにかが手に触れた。それぐらいししかはじめは感覚がなかった。
だが、頭の回転が通常に戻っていくと、恥かしさがこみ上げてきた。

「これが私からの様への親愛の形です。受けとっていただけ…」

『ちょっと待ったぁ――!!!初対面の癖になにやってくれるのさ――――!!!』

「おっと、噂に名高き白龍のハクエイ様。噂以上に愛らしい容姿ですね。
美しき闘神士に愛らしき式神…天流で使命をまっとうできる事を心から感謝します」

『いくらお世辞言ったって駄目!いきなりになにして…!』

 

「まぁ、落ちついてくれ白龍の。俺は別に宗家ちゃんをとって食おうとか思っていない。
ただ、宗家ちゃんをからかって見たいのとヤクモに危機感持たせたいだけだよ。
別にまずい話じゃないだろ?そっちだって見たくないの?宗家ちゃんの可愛いトコ」

『…君、思う以上に策士家だね』

「白龍サマにお褒めいただけるとは嬉しい限り」

 

突然、はハクエイに耳打ちをした。ハクエイはの言葉を聞いているようで黙っている。
そして不意にハクエイは『困っちゃうなぁ』と一言呟いての横に戻った。
は未だにの行動に動揺しているらしく驚きの表情のままハクエイを見た。
ハクエイは苦笑いしながら『深呼吸してみたら?』と言った。

「突然なにするんだ

貴様ッ―――――!!!」

「おぉ、様ったらご乱心?」

「黙れ!!」

クスクスと笑みを浮かべて怒鳴るを見る
まったくの怒りには動じていないようで本当にその顔に浮かべる笑顔は穏やかなそのものだ。
は思う。『そろいもそろって…!』と。
ヤクモといい、このといい…どうしてもこうもキスばかりするのか。
ふつふつと沸上がる怒りを押さえこみつつもは不機嫌そうな表情でを見た。

「まぁまぁ、そんなに怒んなよ。別に唇、奪ったわけでもないんだし。
、もしかしてそっちの方がよかったかい?」

そんなわけあるか!

馬鹿げた事を言うはうんざりとしながら怒鳴った。
だが、そんなの心境をまったく気にせずは更に『これは残念』と本当に残念そうに言った。

「さぁて、可愛い可愛い宗家ちゃんのお顔も拝めた事だし、俺は仕事に戻ろうかな?」

「もう、そんな時間なのか!?」

クルリとに背を向け呟く。ヤクモの腰から闘神符を一枚奪いピンッと宙へと弾く。
するとヤクモが顔色を変えてに声をかけた。

「いーや、お前は宗家ちゃんの修業に付き合ってやれよ。妖怪程度なら、俺一人でも十分だろうさ」

「だが、流石にお前一人じゃ…」

「あのなぁ、ヤクモ。いつも言ってるだろ?今の戦いよりも先の戦いを見ろと。
俺の心配よりも、ちゃんのことを確り支えてやれ、この先の鍵を握るのはちゃんなんだからよ」

キ゚ ン ッ 。
闘神符が効力を発揮して障子戸が姿を見せ、先を指し示すように開いた。
はヤクモに紙切れを手渡すと障子戸の中へと足を進めた。

「俺がお前を鍛えたときの練習メニューを宗家ちゃん向きに変えたモンだ。確りやれよお師匠さん」

「……ああ」

「あと、ちゃん。俺は君と弟クンに期待してる。だから、頑張ってくれな」

一瞬だけ見えた気がするの本性。だが、は素直に言葉を返す事はできなかった。
未だに怒りがあったから、信用におけないから。そんな、ことは疾うの昔にどこかへと消えた。

おそらくは……。

また、彼の目の輝きに惹かれていたからなのかもしれない……。