「また、してやられましたね。タイザンも以外と成長しませんねぇ」
「……うるさい」

 

くすくすとタイザンの横にいた男が笑った。
タイザンはその男の笑っている理由が自分であることを知っているために不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
だが、男――は笑うことを止めることはしない。にとってタイザンは上司でも上官でもない。
同じ神流に属する地流のスパイなのだし、共同戦線にいる相手に気を使い気にはならない。
それに彼等は親友なのだし。
二人の視線の先には一人の少年がいる。蒼髪を緩く後ろで束ね、その顔の半分を髪で隠している。
厳しそうな印象を受けるが彼の部下の対応を見る限りはそれほど厳しくないのかもしれない。
だが、この少年の存在はタイザンにとっては邪魔なものだった。

 

「ここまで連続的に負けてくれると呆れていくらでもお説教できそうですよ」

 

綺麗な微笑みを浮かべてタイザンに言うのオーラは黒い。よく見れば、その顔に浮かぶ笑みも十分に黒いモノだ。
…と、言ってもこのの黒い笑みを見ぬけるのはこの地流ではタイザンぐらいなものだ。
基本的に穏やかな印象を受けるだが、タイザンから言わせれば十分に攻撃的な性格だ。
今まで喧嘩をして乱闘に持ちこんで勝ったためしなど一度もない。
人のよさそうな顔をしておきながらかなり食えない男――それがタイザンの思うという奴だ。

 

「ならば、お前がどうにかしろ。俺よりもおまえの方が力もあるしな」
「そんな簡単に言っていいんですか?
もし、仮に僕が勝ったとして…タイザンの立場ないと思いますよ?『部下が勝てた相手に勝てない』なんてね」

 

タイザンの地位が危なくなるのは、タイザンの補佐役としているも同じことだ。
なのには心底楽しげに笑う。タイザンはジト目でを睨み怒ったような口調で質問を投げつけた。

 

「お前はどうしてそう、俺の立場が悪くなるたびに嬉しそうに笑うんだ?」
「…つまらない質問ですね。
答えは当然、平穏なときを送るよりも少しは悶着あった方が刺激的で楽しいからです
僕の怖いものは『退屈な日々』ですからねぇ〜」
「人の人生を退屈凌ぎに使うなッ!!」

 

まるで正しいことを言っているかのようにキッパリと言いきる。だが、どう考えても危ない考えなことは確かだ。
タイザンが吠えるのも当然のことでは自分の非を理解しているのかどうかはわからないが笑いながら
『いいじゃないですか。僕等は親友なんでしょ?』などと言いながらタイザンの気を宥めた。
すると不意に気配が動いた。の視線に入ってきたのは先ほどまでタイザンと眺めていた蒼髪の少年。
その顔には呆れたものがある。はニッコリと微笑み『ご用ですか?』と穏やかな口調で尋ねた。

 

「仲がよろしいことはいいが、五月蝿いコント紛いをここでやるのはいかがなものかと思うのだが」

 

の口調とは真逆とも言えるような棘のある言葉が少年――の口から発せられた。
の言葉が気に入らなかったのかタイザンが言い返そうとしたがそれをが有無言わさずして止め、
ニコニコと微笑んでいた表情を一瞬にして何かを企むかのような笑みへとかえた。

 

「それは気を害されましたね。…ですが、あなたのその態度も十分に僕達の気を害しているんですがね?」
「悪かったな。だが、俺の知った限りの話ではないがな」

 

睨みあう両者。
その二人の周りにいるタイザンをはじめとした取り巻き達は胃をきりきりと痛ませながらことの始終を見守っている。
立場的にここでタイザンが止めに入り、止め足れればかっこも株も上がるのだが、タイザンにこの二人を止める術も実力もない。
要するには見ているだけだ。
の溜め息がその場の雰囲気を緩ませた。
『どうしたんだ?』と驚いたようにの方に驚きの表情をタイザンが向ければは苦笑して困ったように顔をかいた。

 

「タイザン。折角、僕等で作ったのあなたの見せ場を不意にするだなんてどこまでもあなたは駄目な人ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

「ですから、ここであなたが一言でも『やめろ』と言えば僕達は止めたんですよ。
態々僕が何度も君に交渉したというのに…駄目ですねぇ」
「部下の努力も汲めないとはな。そこまで阿呆だとは思っていなかったぞタイザン」

 

呆然と立ち尽すタイザンを前にしては笑顔で、は呆れかえって不機嫌に各自各々のタイザンに対する意見を述べた。
だが、タイザンは未だにその現状を理解していないらしく、頭の上に疑問符を出現させている。
そんなタイザンを見ては溜め息をつきながら頭を振った。

 

「付き合っていられんな。全く、ミカヅチ殿もこんな奴を部長に任命しようとするとは…地流の行く末が不安だな」
「ご心配には及びませんよ。彼には僕がついていますから。絶対に…彼の計画に支障なんてきたしませんよ」

 

そう言いながら笑うからは別の何かを目指す者の光が伺えた。