「離れろ馬鹿者がぁ!!」
「げふっ」
鈍い音と奇妙な声が耳に届く。何事かと思って音の原因を見てみればそこには一組の男女。
女は肩で息を、男は虫の息に近い気がした。
だが、これも割と見なれた風景で、この太刀花荘に住んでからはその後の処理もなれたものだ。
「さん、この馬鹿者……どうします?」
「追出して」
君が微笑んでくれるなら、僕は
太刀花荘を管理するのは天流宗家である太刀花姉弟。
その二人が管理するアパートに住んでいるのがナヅナ、ソーマ、そして、とユエだった。
とユエはこの太刀花荘の管理を補佐することを条件に住まわせてもらっている。
所詮は子供二人、長々と家賃を払えるほどの財力を持っているわけではない。
「……これも宗家守護になるんだろうか…」
ずるずるとマサオミを引きずりはポツリと呟いた。
太刀花荘管理補佐ともう一つ、はこの太刀花荘に住まう上で条件を出していた。
それは、天流荘家――とリクを守護すると言う事だった。
初めこそ、本人達に自覚がなかった故に、個人として守護するといっていたが、
今は本人達にも自覚があるので宗家としての守護をしていた。
だが、それは地流や妖怪から守るというもので、マサオミからを守るのは何か違う気がした。
今から1000年前も同じこと。はとして達を守っていた。
まぁ、それも最後まで守りきれずにこんな風にずるずると1000年も時を経てしまったが。
だが、時を経たからといっての思いに一切の曇りはない。
ただ、達を守りたいという純粋な思いがを突き動かしていた。
「……ん?」
思考に沈んでいた意識を現実の世界に戻すと、腕にかかっていたはずの力が腕にかかっていなかった。
ふと後ろを見ればそこには白い一着のジャケット。
そして、自分が引きずっていたはずの男がいない。直に何がどうなったのか推測はできた。
「ちゃーんっ!」
「うわあぁぁ!?」
行動の早い男だとは感心した。
だが、それを放っておくのはいささか問題があるような気がしては足早にがいるであろう居間へと足を向けた。
「君!ど、どーゆーこと!?」
マサオミに抱きつかれじたばたと暴れながらに声をかける。
『マサオミと結託したのか!?』と混乱しているのかありえないことをに言っている。
はそんなを見て苦笑いして、マサオミの首筋に手刀を降ろす。ドスッと鈍い音がしてマサオミは気を失った。
そんな様子を見てことの状況が理解で気なのかは驚きの表情をその顔に浮かべて呆然としている。
「隙をつかれて逃げられた。驚かせてすまない……。
でも、俺はいつでもさんの味方だから、マサオミと結託することはない。安心して欲しい」
苦笑いを浮かべては呆然としているに言う。思考機能が回復したは、『あ、ゴメン』と謝罪した。
暇なとき、はの髪を手入れしてくれる。身だしなみに大して気を使うわないにとってはありがたかった。
手入れの仕方などわからないし、割と髪をいじられるのは嫌いではなかった。
「君の髪、綺麗だよね」
「……自覚はないな」
ブラシが髪をすく。ブラシは髪に留まることなく最後まで下りる。は楽しげにの長い髪をとかしながら言った。
に綺麗だと言われたは、少し照れくさそうに言葉を返した。
日差しが暖かい。は眠気を感じた。暖かい日差し、心地よい風、そして、安心できる存在。
それらに揃われてはいつも心に鍵をかけているでもついつい緩んでしまう。
一応、寝ては不味いと思い意識を覚醒させようと考えをめぐらせる。
そこに浮かび上がったのは幼い自分と、同じく幼いだった。
「今日はどーしようか?」
「シュリ姉上にやってもらえるならなんでもいいよ」
「ゔ〜…それが一番困る……」
「そなの?」
今と状況はほぼ同じ。――シュリがの髪をすいていた。
だが、手入れというわけではなく、どちらかと言うとシュリがの髪で遊んでいると言う状況が正しい。
楽しげにの髪でお団子を作ってみたり、三つ編みをしてみたり…。その光景は本当の姉妹の様だ。
護衛者という役目上、共にいることは許されたが世間の目は厳しい。身分の低い者など、人間としてすら見ない世。
そんな世の目はに厳しかった。しかし、子供にそんな世の『常識』など知ったことではない。
それ故、シュリはをヨウメイ同様に可愛がっていた。もそんなシュリが大好きで、とても懐いていた。
いつも笑顔で、優しいシュリはにとって憧れだ。
それが今、1000年も先の未来で繰り返されているかと思うと面白いように思えた。
時代は変わっても人の思いは変わらずにいることが。
「あ」
「ッ――!!!」
地肌が引っ張られるような感覚に襲われ、激痛が走る。
声にならない叫び声をあげは慌てて顔を上げた。
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ……」
痛みの原因は髪の毛。
の健闘空しく、眠りに落ちたがうつらうつらとしていてカクンと落ちたときに、
咄嗟にが髪の毛を握ってしまい、に激痛が走ったわけだった。
だが、が髪の毛を掴まなければもっと酷いことになっていたような気もはした。
「あ〜あ…髪の毛、結構抜けちゃったな…」
「髪の毛ぐらい放っておけばはえる。それに、いずれ抜けるものだ」
「……本当に君は変わらないね。昔もよくそんな事言ってた」
クスクスと笑いながらは言う。は記憶にないのか『そうだったか?』と不思議そうに言っている。
は笑いながら『そうだ』と答えた。
「へぇ〜ちゃんって髪の手入れ上手なんだな。ちょっとオレの髪も手入れしてくれない??」
「な、なんで私はお前の髪の手入れなんか…」
やっと目が覚めたマサオミがとの会話に割りこんできた。
マサオミがに髪の手入れをせがむが、は承諾を渋っていた。
まぁ、男の――ましてや、いつ何されるかわからない相手の髪の手入れなどしたくはないだろう。
だが、珍しくが口を開いた。
「たまにいいんじゃないか?残念ながらリクはマサオミの世話になっているし、その礼として」
「ま、まぁそれにも一利あるけど…」
「大丈夫、俺はさんの護衛者、手をうたないわけじゃない。
……マサオミ、さんになにかしらの行為をした場合……。まぁ、それなりの処罰があるということを覚えておけ」
「…りょ、了解」
冷笑を浮かべてはマサオミを威嚇した。
を傷つける者に容赦は無用。そんな面倒な心遣いなどするだけ無駄だ。
彼女達を守ることががこの時代に来た理由。そして、恩を返すためなのだから。
きっと、は二人と守るためなら悪になることすらためらわないだろう。