昔は聞けたその声も今はもう聞くことは叶わない。美しいと思ったその目も今はもう見ることは叶わない。彼女にかけられた呪は思う以上に強いものだった。まして、式神である自分がその呪を解くことは叶わない。いざという時に守ってやることのできない自分に腹が立つ。だが、彼女は笑うのだ。痛々しい笑顔で『自分を責めないで』と笑うのだ。
〜〜
「必殺、閃光空矢射」
無数の矢がランゲツに向かって放たれる。ランゲツはなんとかその矢を己が剣で薙ぎ払う。
それを見てランゲツの闘神士であるユーマは、
ランゲツに向かって矢を放った相手――青錫のジュウゾウに攻撃するべく印を切ろうとした。
「ユーマ殿、勝負ついたでござるな」
矢を薙ぎ払うことばかりに集中していたユーマはジュウゾウがランゲツの背後に回っていたことに気づくことができなかった。
ジュウゾウはボーガンをランゲツの頭に突き付けユーマに負けを見とめるように言った。
するとユーマはおとなしくドライブを降ろした。
それを見届けるとジュウゾウもボーガンをしまい自分の闘神士――のもとに近づいた。
―ジュウゾウ、ご苦労さま。
の心の声がジュウゾウの頭に届く。『大したことじゃない』とジュウゾウは一言返しての手を取った。
ジュウゾウの闘神士――に視覚と声はない。
それは生れつきではなく、とある事件によって架せられたへの呪の結果だった。
ミカヅチに逆らった飛鳥一家――父親は石にされ、母親は記憶を失い、そして、長女であるは初めに視覚を奪われた。
そして、いつまでも反抗の態度を見せるにミカヅチは更に声までも奪っていた。
今となっては昔の話。今更どうでもいいと言ってしまえばどうでもいい。
ジュウゾウも、自身もこの生活には馴れてしまっていた。
というか、馴れなければ生きていけないというのが現実だ。
―ユーマ、強くなったね。
ニッコリと笑いは言った。――と言っても、口で言ったのではなく手話だ。
ユーマはにそう言われて少しだけ照れくさそうに『そんな事はない』との言葉を否定した。
「が誉めているのだ、素直に礼の一つも言ったらどうでござるか?」
誉めているというのに礼も言わないユーマにジュウゾウは不機嫌そうにユーマに声をかける。
ユーマは一応自分でも悪いと思っているのだろうが、今更『ありがとう』等とも言えるはずもなく、逆に反論した。
「誉めてくれと言った覚えはない」
「……屁理屈を言うようになったでござるな…。昔は素直だったのに」
「う、五月蝿い!」
―まぁまぁ、落ちついてユーマ。
今にも言い争いが始まりそうだったジュウゾウとユーマの間にが割って入った。
苦笑いを浮かべてユーマを宥め、は申し訳なさそうにユーマに謝罪した。
―私が悪いの。まだまだユーマは強くなるのに強くなっただなんて…失礼よね。
「そ、そんなつもりじゃ……」
悲しそうな姉の表情を見て流石のユーマも罪悪感を感じたらしい。
オロオロとしながらいつの間にやらのフォローをはじめていた。
それを端からいつの間にやらドライブに戻った式神二人は眺めていた。
『機嫌が悪そうだな青錫の』
『……当たり前だ』
『相手はユーマ。の弟……、それでも許せぬか?』
『弟であろうと、なんであろうと……あれは男だ』
ランゲツに問われてジュウゾウは真顔で返す。ランゲツはジュウゾウの闘神士への溺愛っぷりに心の中で苦笑した。
だが、それがあるからこそ、未だに自分とユーマが越えられないかとも思った。
式神と闘神士の絆は戦いにおいて十分に力になる。
―弟にご飯食べさせてもらうのもなんだか恥かしいけど…ユーマ、お仕事頑張ってね。
「あ、ああ…。だが、別に金のことは心配しなくていい。稼げる奴が稼げばいいことだ」
―そう?ふふっ、私もいい弟を持ったわ。
仲のよい飛鳥姉弟。それをジュウゾウは眺め思う。『ユーマが憎い』と。
それがユーマに伝わったのか、ユーマはに『じゃあな』と一言声をかけて足早に部屋を出て行った。
それを笑顔では見送った。
―私も、ユーマにお姉さんらしいことして上げられたらいいんだけれどね。
『もう十分にしているでござる。修行に付合い、愚痴を聞いて……十分に思うが?』
―そうかしら?いつもこんな部屋に閉じ篭って…ぐーたらな姉と思われていたらどうしよう?
そう言うは楽しげで、不安や悲しみを抱いてはいなかった。
『強いな…、お前は……。普通の者であればここまで生きてはいなかったでござろう』
―……。それって私が図太いってことかしら?
『なっ!違う!人が誉めているのでござる。少しは素直に……、いらぬところばかり似て…。
それがしは、純粋にお前を誉めているのでござる。強いと』
茶化すにジュウゾウは少し声をあらあげて言葉を返す。
はくすくすと笑いながら大してすまないとは思っていないようだが『ごめんなさい』と謝罪した。
ジュウゾウは少し不機嫌な雰囲気を残しに背を向けた。
―ジュウゾウは真面目ね。
―ジュウゾウの言葉、嬉しかったわ。だから、照れくさかったの。悪気はないのよ?
見えていないはずなのに、は背を向けたジュウゾウの前に来て笑顔を見せた。
ジュウゾウはその悪意のない純粋な笑顔を見て毒気が抜かれて心の中にあったイライラがどこかへと消えて行った。
『……それがしも大人気なかったでござる』
―じゃあ、お互い様ね。
そんな感じで闘神士と式神の小さな喧嘩は幕を閉じる。いつも同じことが原因で、いつも同じ落ちで…。
いつまでも変わらないその関係は絶対的な二人の絆がなせるものなのだ。