目の前にいるのは穏やかな笑顔を浮かべた一人の男。の上司であり――苦手とする人間。
そんな彼がどうして自分の前にいるのかは不思議でしようもなかった。
確か今日はユーマと一緒に仕事をする予定だったはず。
なのに、いるのは双子の兄ではなく――
「今日はよろしくお願いしますね。さん」
天流討伐隊副部長――神流闘神士だった。
〜〜
「あ、あの、どうして副部長がここに……」
「連絡行っていませんでしたか?急にユーマ君に仕事が入ったんです。
それで、タイザンがユーマ君の変わりに僕をさんにつけたんですよ」
ニッコリと笑って状況を把握できていないに状況を説明する。
ことをに説明するの様子は妙に楽しげで、は仕組まれたのではないかと思った。
だが、その確率も捨て切れたものではない。彼は神流。その上、タイザンよりも頭の回る「切れ者」だ。
社交辞令気味の笑顔を浮かべては「そーなんですか」と返事を返した。
「僕とペアを組むのは嫌だと思いますが、今日だけですし…我慢してくださいね。
僕もあまりでしゃばらないように気をつけますから」
「は、はぁ…」
そう言っては歩き出す。は一定の距離を保ちながらの後に続いた。
本当に調子の掴めない人だと思う。顔は笑っているが、その目はあまり笑っている事はない。
何所かで一歩距離を置いているような態度がその目にはあった。
だが、それにがはじめて気付いたのは、ハクユに警告されてから。
それまでは、気に留めることもなかったし、特別、嫌な人間とも思わなかった。
それに、周りの人間――ユーマやミヅキはに対して警戒心も、嫌悪感も持っていない。
寧ろ二人ともを割と良く思っており、ミヅキに関しては兄のように慕っている。
『、絶対に油断しちゃ駄目よ。
あの男、なに考えてるかわかんないんだから。もしかしたら、を倒そうとか考えてるかもしれないし』
「…副部長一人で?」
『仲間が待ち伏せしてるかもしれないでしょ』
「あ」
ハクユがに声をかける。
の心の中でを信用してもいいのではないかという考えを察したのだろうか。
ハクユはすぐにの得体の知れなさに気がついた。
全てを隠蔽するかのようなその笑みはハクユにとって吐き気がするほどいけ好かない。
ハクユはのそばには居たくないと思っているが、このはを気に入っているのかことあるごとに声をかけてきた。
がハクユを気遣ってできるだけ接触しないようにはしているが、
それでもこうやって接触の機会が多いということは、がを狙っていることを明確にしていた。
『あの男はタイザンよりも、もっと信用できないわ…』
「……外見はそうは見えないけどね」
いつになく真剣な表情でいうハクユの横では苦笑した。
本当に外見だけならば穏やかそうな人間なのに、蓋を開ければ得体のしれない神流闘神士。
外見で人を判断できないと本当に思う。
「さん?置いて行っちゃいますよ?」
「えっ!あ、はい!」
『……本当に置いていけばいいのに』
ハクユの独り言はの耳には届かなかった。
天流闘神士というのは割と数がいるもので、今日の相手は二人だ。
ドライブを構えて式神を降神し、相手の準備は万全だ。
勿論、もハクユを降神し、ドライブを構えいつでも戦える状態だ。
しかし、本日限りのパートナーのはドライブを握ることなくただ、立っていた。
「副部長?あの、仕事しないと……」
「僕は戦いませんよ?僕が出る幕はないでしょうし、言ったでしょう?『でしゃばりません』と」
困った様子で尋ねてくるにはいつも通りの笑顔で返答。
は「はぁ…?」と困った声で了解の意を述べた。
そのの答えを聞きは天流闘神士に向かって『僕、戦えませんから』と宣言した。
それによって天流闘神士は戦闘を開始する。二体の式神がハクユに襲いかかった。
「行くよ、ハクユ!」
「……ええ」
ああ、腸が煮えくり返りそうだ。ふつふつと沸きあがる感情は怒りのみ。
それを圧し止めるつもりのないハクユは自分に襲いかかろうする式神二体を睨む。
両式神共に、技を放つ状態ではあったがハクユの睨みに怯んで技を一旦止めた。
「相手は一体怯むな!」
闘神士の叱責が飛ぶ。それに刺激され式神達が再度技を放とうとした。
「、印」
ハクユが静かに言った。
その声音は酷く冷静で、殺気が含まれていた。は言われた通りに印を切りながら思う。
「また、給料減らされる」と。
相手の式神達が攻撃を放とうとした瞬間にハクユの技が発動し、式神達は倒された。
土煙がたつ中、は後ろにあったはずの建物が崩壊している様子を思い浮かべた。
どれだけ給料を減らされるのだろう…。その思いからか、は頭が痛くなった。
だが、後ろにあった建物には一切傷がついてはいなかった。その代わりに一体の式神がちょこんと立っていた。
「さん、ちゃんと式神の力を制御しなくては駄目ですよ?
じゃないと、いつまで経ってもまともなお給料もらえませんよ?」
苦笑いして言ったのは。それによっては建物が崩壊しなかった理由と、あの式神の正体に気付いた。
「もしかして…副部長が…?」
「ええ。これでも天流討伐体副部長ですしからね。これでもこの地位は実力で掴んだんですよ?」
大したことでもいていないかのようにニコニコとことを話す。
だが、どう考えてもこの事実はおかしい。
白龍一族の攻撃を無効化するなど、普通の闘神士と式神では出きるはずがない。
「でも、コルウの技インチキだし。さっきの攻撃をただ単に異空間にいかせただけだし」
「コルウ、態々タネ明かしなんてしなくていいんですよ?」
「いいじゃん。強い力には恐怖するか警戒するかのどっちかだし。ね?白龍の」
不意にの式神――橘のコルウがハクユに声をかけた。
ハクユは突然声をかけてきたコルウに途切れの悪い返事を返した。
「仕事終ったんなら帰りたいし。コルウ、もう疲れたし」
「…すみません。コルウはいつもこうなんです」
苦笑いして言うには唖然としたまま「いえ」とだけ答えた。
「今日はお疲れ様でした。今日は請求書が出なくてよかったですね」
嫌味にしか聞こえないの言葉。
だが、確かに請求者は出なくてよかったと思う。出ていたら、タイザンに何をされるかわかったものではない。
「その記念といいますか、ご褒美にお団子食べに行きませんか?僕、いいお店知ってるんですよ」
「お、お団子…!」
『ッ…!』
「あ、ミヅキお嬢様も一緒に行くので安心してください。
僕と二人っきりじゃ、さんものびのび食べられないでしょう?」
ハクユの声が聞こえたのか、は口を開いた。ミヅキも一緒ならばも大きな動きはできない。
そうは思ったが、相手が相手だけに信用はできなかった。
だが、ハクユは自分の闘神士のその請うような視線に眉間の皺を寄せた。
「お団子……。ミヅキちゃんも一緒だよ…?」
『〜〜………』
「お兄様、ちゃん!」
「ミヅキちゃん!」
どうやらミヅキと一緒というのは嘘ではないらしく、
とに声をかけたのは紛れもなく地流宗家――ミカヅチの養女のミヅキだった。
ミヅキの姿を見てハクユはに許しを出すことに決めた。
の手の上で踊らされているような気がしたが、の喜ぶ顔を見られるならばそれもいいかと思った。
「では、メンバーも揃ったところで参りましょうか」
が案内した場所は落ち着いた和菓子屋だった。老舗なのか外装は少々古臭かった。
だが、中には数多くの団子や和菓子が顔をそろえていた。
の奢りということで、もミヅキも自分の好きな物を選び、店員に案内された和室で団子達を食べていた。
それを眺めながらはクスリと笑う。
「地流宗家の娘と地流の脅威を連れて来るとは…、お前何したいんだ」
自分の作った和菓子を薦めて達がいる和室から出てきた青年――ユウゼンが呆れた表情で尋ねた。
ユウゼンに尋ねられは困ったように笑った。何がしたいといわれても、特に何がしたかったわけではない。
ただ、今日はに好きなだけ団子を食べさせた方だけなのかもしれない。
「……僕、彼女を太らせたいんでしょうかね?」
「だったら、それはそれでいいんだけどな」
「でも、このチャンス。君なら生かしてくれるでしょう?君はこちらに馴れていますからね」
「まぁ、ある程度は…お前の思い通りになるだろうよ」
言葉を返しユウゼンは仕事場に戻っていく。
それを見送っては達のいる和室に入った。
「どうですか?僕のお薦めは?」
「美味しいです!こんな穴場があるんですね!」
嬉しそうに言葉を返すを見ても嬉しそうに笑う。
の警戒心はミヅキが居るということと、団子の効果ですっかり薄れていた。
ハクユも許容範囲内なのか特に早く帰ることを急かしはしなかった。
「よかった。気に入ってもらえたみたいで。
どうせですから、お二人にはここの地図、渡しておきますね。また来れるように」
「あ、ありがとうございます!今度はユーちゃんとかも連れてきていいですか?」
「勿論。あと、ここは僕のお店じゃありませんから、僕が決めることじゃないですよ」
苦笑いして答えるにも「それもそうですね」と笑う。その横でミヅキも楽しそうに笑っている。
穏やかに流れる時。それは暖かく、甘美なものだった。
だが、それもの策の内。
しかし、今だけは利害関係なくとミヅキを楽しませたいと思うだった。
『……明日、絶対雨だし』
因みにだが、コルウの天気予想は大当たりだった。