「二人とも、本当に元気ですね。その元気を仕事に向けてくれたら僕もとても助かるんですけどね」
『それかなり無理な相談だし』
言い争う男女を遠目に眺めながらは笑った。
男は地流の天流討伐隊部長のタイザン。女はそのタイザンの副官を務めるだった。
言い争いの内容はいたって簡単。本日の昼食についてだ。
「汗水流して毎日働いてる部下に少しぐらいご褒美があってもいいじゃないのよ!」
「お前の仕事ぶりを見る限り、汗水を流してまで働いている様子は見られないんだが」
「し、失礼ね!これでも影でいろいろと働いてるよわ!」
「……実に疑わしいな」
〜〜
この光景にも見慣れたものだ。その所為か、止める気もうせては事の成り行きを楽しむようになっていた。
お互いに素直ではないが故にこうやって衝突するわけだが――
そのことを理解しているにとっては、それはただの「痴話喧嘩」にしか見えなかった。
一度、少々腹が立つのでタイザンに八つ当たりでもしようかと思ったが、それもそれでが悲しむと思い思いとどまったりと……。
なんとなくこの二人に振り回されている節があった。だが、慣れてしまえば案外どうでもいいことである。
「、タイザン。いつまで言い合いをしているつもりですか?」
にっこりと笑って二人を威圧する。それによってタイザンは一歩引き、は少したじろいだ。
一応、二人に共通しての怖いものは「の威圧の笑み」だったりする。
「いいじゃないですか、たまには奢ってあげたって。は毎日がんばってますよ?」
「………何をだ」
「仕事です」
疑いの目でとを見るタイザン。それと打って変わってニコニコと笑いながらタイザンを見る。
そのの横ではが味方してくれたことに気づいて「流石!」との腕に抱きついていた。
それを見ては心の中で苦笑した。
「……そこまで言うのであれば、お前が奢ってやればいいだろう。お前も俺と同様に稼いでいるからな」
との様子を見てかなり不機嫌そうに言い放つタイザン。
人一倍、素直ではないくせに、やきもちを妬くのも人一倍。困った上司には心の中で黒い笑みを浮かべた。
「どうにもならんやつだ」と。だが、それはにもいえたこと。
タイザンにそう言われ、引き返せなくなったのか、ただお腹が空いただけなのかは判断できないが…。
「いいわよ。タイザンの言葉通りにに奢ってもらうわよ」
「の方が美味しいお店いっぱい知ってるし」などとまで言って、すっかりタイザンとの昼食を諦めてと昼食に行く気満々である。
まぁ、今のにとって「タイザンとの昼食」という行動に価値がないのであれば、と昼食を共にした方が価値はあるだろう。
はタイザンと違って現代にとてもよく馴染んでいる。その所為か、外向的で美味しいくて安い店なども多く知っている。
それに、フェミニストなのこと、をがっかりさせるようなことには絶対しないからだ。
しかし、それもが承諾すればのことだ。
「二人とも、僕を無視して勝手に話を進めないでもらえますか?」
「「は、はい…」」
本日二度目の笑顔の脅しでは二人を止めた。
「残念ですが、今日僕には予定があるんです」
「え〜そうなの?」
「ええ、ミヅキお嬢様を昼食に誘っているんです。ですから、タイザンの意見は却下…。
としてもいいんですが、どうせですから二人もついて来なさい。
勿論、心の狭いタイザンの変わりに支払いは僕が持ちます。席だけ別々にすれば問題ないでしょう」
にっこりと笑って名案を出す。それに納得したのかも「それもありね」と笑った。
だが、タイザンは納得いかないらしくふてくされた表情でを見ている。
しかし、は笑顔のままでタイザンに「何か問題でも?」と尋ねた。タイザンに問題はない。あるわけがない。
タイザンのスケジュールはがほとんど決めているし、把握している。
要するに今の質問はダメ押しだ。
「…何故、俺をわざわざ連れて行かなければならん。ミヅキお嬢様であればが同行しても問題ないだろう」
「込み入った話があるんです。かといって、を一人っきりにするだなんて僕にはできませんし。
……それとも君は、僕の策を潰したいんですか?」
「う゛…っ」
蛇に睨まれた蛙――に睨まれたタイザンはまさにその蛙のようで、言葉に詰まって固まった。
「そんなはずありませんよね?ウツホ様のためですからね。
では、あまりミヅキお嬢様を待たせてはいけないので……行きましょうか」
「ええ」
「……ああ」
「ねぇ、。何食べに行くの?」
「イタリア料理ですよ。初めはフランス料理にしようと思ったんですけどね」
相変わらずのと、元気な。そして、まだ昼間だというのに疲れきっているタイザン。
とが楽しく会話をしている中、タイザンはに首に縄をかけて引きずって連れて行かれるように見えた。
そんな感じで、三人は駐車場へと向かった。
「お兄様も気が利くんですね」
「そうですか?僕はただあの二人が一緒だと静かに食事ができないと思っただけですよ」
が達に案内したイタリア料理の店はアットホームな雰囲気で、ありと隠れ家的な雰囲気があった。
一時期流行った「隠れ家」その雰囲気を気に入ったのか、とミヅキの受けは上々だった。
しかし、半強制でつれて来られたタイザンは不機嫌そうにみえた。
まぁ、ミヅキの手前、席が分かれるまでは楽しそうに笑っていたが。
は自分の言葉通りにとタイザンを同じ席に座らせて自分はミヅキと別の席に座っていた。
そして、その席から二人の様子を眺めていた。
タイザン達には「込み入った話がある」なんて言ったが、そんなものは存在しない。
ただ、最近ミヅキに構ってやっていなかったので罪滅ぼしにとミヅキを食事に誘っただけだった。
「偶然は面白いですね」
「ふふっ、お兄様のことだから必然だと思ったわ」
「ミヅキも言うようになりましたね。でも、今回は偶然ですよ」
少しの口論はしつつもいつの間にかタイザンの機嫌も直ったようで、笑うようになっていた。も楽しそうに笑っている。
はそんな二人の様子を見て嬉しそうに笑った。親友である二人には幸せになってもらいたい。
だが、ついついお節介だと分かっていても何かと手を出してしまう。
それが二人のためになっているのかは知れないが、は割りと満足していた。この幸せがいつまで続くのかは知れないのだし。
「あの二人も、もう少し素直になってくれたらいいんですけどね」
「そんなこともないですよ。
さんも、タイザン部長もお互いに十分素直ですよ。だって、あんなに楽しそうに笑っているもの」
「確かに。もう、僕もお節介を焼く必要はないようですね」
そう言って笑いながらは楽しげな二人を見守っているのだった。………腹の内で何を考えているのかは見当がつかないが。