「天流宗家。1000年前の名は――シュリでしたね」
闘神符の効果によって一人の少女の姿が映し出されている。映し出されている場所は妖怪が跋扈する伏魔伝。
そんな地に少女が一人で歩いていた。
しかし、少女の腰にはホルダーがひとつ。そしてその中には式神を降神するための器具――ドライブが入っている。
「修行とは関心ですが、一人で伏魔殿にやってくるだなんて…自分の価値を理解していませんね」
クスクスと苦笑いを浮かべながら男は映し出されている天流宗家の少女――マイに再度目を向けた。
マイの近くには彼女の式神の白龍のハクエイが霊体で彼女の横をふよふよと浮いているだけだった。
要するには彼女の仲間は一切彼女の周りにいないということだ。
「接触するなら今でしょうね」
「……、天流宗家のことならばやガシンに任せてある。態々お前が接触することもないだろう」
「甘いですよタイザン。
交渉相手にはちゃんと顔を合わせておかないと……、相手を知っておかなければ利用なんてできませんよ」
マイの姿を見ている男――の横からタイザンの声が返ってきた。
その声は「無駄なことをするな」とでも言っているかのようなものだった。
しかし、はにこりと笑ってタイザンにきっぱりと言った。
あまりにきっぱりと言い放つに流石のタイザンも一瞬たじろいで黙った。
「単なる戦いならば、他人からの情報だけでも事足ります。
ですが、僕達の戦いはそんな簡単なものではありません。ですから、情報は確かなものを得なくてはいけません」
「それは……、達を疑っているということか?」
「まさか。僕が達を疑うわけがないでしょう?……でも、彼らの情報は…役に立たないんですよ。
『マイちゃんは可愛い』とか『料理が天才的に不味い』やら……。
こんな情報ばかりでは、どうにもならないでしょう?」
「……………」
真っ暗な笑みでタイザンに答えを求める。
その笑みに威圧されつつもタイザンは同意を返すことなく「早く行け」とだけ返すのだった。〜〜
カリカリとペンの走る音が響く。その音は地流の天流討伐隊のオフィスから聞こえてきた。
今このオフィスにいるのはのみ。しかし、が事務処理をすることは滅多にない。
だが、いるのはだけだ。
「」
不意にを呼ぶ声がオフィスに響いた。
その声に気づいたは顔を上げるとそこには自分と同じ流派、神流に属する闘神士――の姿があった。
の美しい緑の目には不機嫌そうなものがうかがえる。
しかし、それを知ってか、知らずか、は相変わらずの笑顔で「何か用ですか?」と穏やかな口調で尋ねた。
「、シュリに近づいたんだってね。どういう風の吹き回しかな?」
絶対にの前ではこんな表情を見せることはない。なのにはに向かって黒い笑みを浮かべていた。
もちろんの事、その目は笑っていない。
そんな表情ではじめて話しかけられたはキョトンとした表情を一度は浮かべたが、すぐに事を理解したのかクスリと笑った。
「興味がわいたんですよ。ガシンや君、そしてウツホ様が興味を持つ『天流宗家の巫女』――であるシュリさんに。
……あ、今はマイさんでしたね」
ニコニコと笑いながら話すの顔を見ると虫唾が走った。も知っているはずだ。
いや、マイ――シュリが初恋の相手であること――恋心を抱いていることを。
なのにはぬけぬけと事をぬかす。
「達の言う通り、愛らしくも、美しい容姿を持った方でしたね。それに…性格の方もとても可愛らしい」
「、俺を怒らせたいの?」
楽しげに語るとは裏腹に、の怒りは収まりそうになかった。
寧ろ、その怒りが増しているように思えるのは気のせいだろうか。
「まさか、僕は君を怒らせたいわけではありませんよ?
ただ、僕なりのマイさんの感想を述べているだけです」
「……それがどうにも俺には宣戦布告にしか聞こえないんだけど?」
「そうですか?君がそう思うのだったら、そう思ってくださっても結構ですよ。
いずれは手中に収めると思いますからね」
ぐいっ
はの怒りようを見て心の中で笑った。
親友タイザン、弟分のガシン。この二人から言わせれば、はに近い存在だという。
滅多に怒りをあらわにすることはなく、怒ったとしても手ではなく、黒い笑みが出る。
そういう人種には含まれていた。
しかし、今の前にいるはどうだ。その目に浮かぶのは怒りの一色。黒い威圧の目ではなかった。
「……いくら仲間のでも、シュリに手を出すなら容赦はしないよ。俺は」
の胸倉をつかみ真剣な表情で言う。その言葉を受けはふっと笑った。
「怖いですね。マイさんへの思いで……神流を裏切ってしまいそうな目をしていますよ」
「なっ…!」
「でも、安心してください。
僕はマイさん――いや、天流宗家巫女に興味があるだけです。君が想像するような思いは抱いていませんよ」
くすくすと笑う。突然の気の抜けた言葉には間の抜けた表情を見せる。
それを見ては更に楽しげに笑う。
「ふふ、それにしても、君がこんなに積極的な行動に出るとは僕も思っていませんでしたよ?
こんなに迫られては…僕も応えなくてはいけませんね」
「えっ、あ、嘘ッ!?だッ、誰かッ…!!」
「逃がしませんよ?」
の胸倉をつかんでいたの手をとり、はの顎をつかんだ。
顎をくいと引き上げはに笑顔を向けた。
は自分が起これている状況をすぐさま判断し、この状態でいることの危険性にすぐさま気づいた。
今このオフィスにはとの二人だけ。
しかも、隊員のほとんどが仕事に行っているために戻ってくるまで結構な時間がかかる。
こうなってはこの場はの独壇場だ。
「僕はこんな好機を逃すほど、落ちぶれてはいませんよ?」
「ッ―――!!」
『なら、コルウの貰ってきた仕事はなかったことにしてくるし』
最高潮までに追い詰められたを救ったのは思いにもよらない存在だった。
それはの式神――橘のコルウで、呆れた表情で持っている依頼書と書かれた紙を破ろうとしたが、
それに気づいたが即座にそれを止めた。その結果、はの手から開放された。
「ああ、助かった…。あ、ありがとうコルウ」
『別に、コルウなにもしてないし。それと、コルウは無意味な挑戦嫌いだし』
「コルウ、無意味とは失礼ですね」
は命の――いや、貞操の危機を救ってくれたコルウに礼を言った。
コルウはにあっさりと気にするなと言い、呆れた表情を自分のパートナーに向けた。
それが気に障ったのか、は不機嫌そうな笑みでコルウを見た。
だが、コルウが手に持つ紙を破ろうとすると、すぐさまコルウに謝った。
「……滅多に僕の邪魔はしないのに、珍しいことですねコルウ」
『コルウにも仕事相手っているし、その相手との約束を守ってるだけだし』
の問いにきっぱりと答えてコルウはわざとらしく黒龍のコクシンに同意を求めた。
だが、コクシンはばつが悪そうにふいと顔を背けた。すると、はコルウが出てきたことによっての相手をする事を諦めたのか、
小さな溜め息をついてに一冊のノートを手渡した。「…?これは?」「それは、僕がまとめた英語のノートです。
マイさんに接触したときに約束したんですよ。英語が苦手だと言うので」そう言われてはパラパラとから受け取ったノートの中身を見た。
ノートには英語の文法についての説明、重要な単語、それに加えてのアドバイスなどが書き込まれている。
パッと見ではわかりにくそうだが、読んでみてばこと細かく説明が書かれており、そこらの参考書よりはわかりやすいだろう。「君はマイさんのクラスメイトなんでしょう?
だったら、僕の代わりにそれを届けて、一緒に勉強でもしてきてはいかがですか?」ニッコリと笑って言う。だが、珍しくその笑みからは黒いものが感じられなかった。
……まぁ、それはそれで気持ちが悪いのだが。「なにか…裏があるんじゃないだろうね?」「それは答えられませんね。疑うも、信じるもの自由ですよ」疑いの眼差しで尋ねる。だがは、やはり陰りを持たない笑みで笑うだけだった。