「……殿の家にですか?」
「はい!」
不安と期待の入り混じった視線をモンジュに向けている少女が一人いた。
少女は天流に属す――隠し巫女。その存在は重要であり、至上。それ故に、彼女に対する対応も過保護に近い。
だが、本人も周りもそれを十分に理解している。しかし、そんな彼女にしては今回は少々珍しい行動だ。
太白神社の外に――友人であるのもとに行きたいと言い出したのだ。
「リクさんとさんが気遣ってくださったみたいで」
嬉しそうに笑みを浮かべながらはモンジュに言った。モンジュはリクとの名を聞きすぐに納得した。
あの二人が話し合って決めたのならば安全だろう。そんな根拠のない確信がモンジュにはあった。
「なら、行ってくるといいよ。様もまたに羽を伸ばした方がいいだろうからね」
「あ、ありがとうございます!」

 

 

 
が「外」に出かける。そうなったらあの過保護な護衛者も出かけるに決まっている。
「外」――の家に行くとなってはとても上機嫌だ。久々の外でもあるし、友人であるに会えるのも嬉しい。
そんな訳で、は出かけるために鼻歌混じりに準備に取りかかっていた。
しかし、その護衛者――ヤクモと言えばどうだ?楽しげ?いや、全くそんな様子はうかがえない。
それもそのはずか、とは面識はあるが、その関係はよろしくない。
自分のせいなのだから仕方ないといえば仕方ないのだが、少女であるを少年と勘違いした挙句、
への対応を見て嫉妬してしまったのだから。
相手がことの詳細にまで気付いてはいないだろうが、不快な思いをさせた事には違いない。
そんな彼女のもとに行くのだから気乗りする訳がない。
だが、そんな思いっきり私情の絡んだ理由で護衛の仕事を放り投げることもできるはずもなく、
ヤクモは明日――の家に行き帰りの護衛を命じられていた。
「楽しみですね!ヤクモさん!」
「ええ、そうですね」
上機嫌な護衛主と、表面上には出さないものの激しく憂鬱そうな護衛者。
この天地の差にも近い闘神士達を眺めながら式神達は笑った。
『いっそここまでくれば面白いものでおじゃる』
『確かに。ヤクモは生真面目だからね』
『……それがいいところではあるがな』
式神達の会話は主である闘神士達の耳は届かず、そのままの鼻歌にまぎれて消えていた。
 

 

 

 

 

 

次の日、とヤクモはの家から手配された車に乗っての家の前に辿りついた。
の話によれば、の家――心皇家と言うのは本殿――太白神社に次いで
大きな力を持つ天流の修業場を仕切る一族なのだろいう。
それを知らしめるかのように、二人の目の前には巨大な門がどどんっと建っている。
その門の高さがすでに自分を拒んでるようにヤクモには見えた。
…そうなるとも一緒に拒まれていることになるのだが。
そんなことを考えながら門を眺めていると不意に脇戸が開き、人の気配が一人増えた。
脇戸から姿を見せたのは一人の茶髪の男。しかし、その男の前髪には不自然に赤い髪の毛が存在していた。
そして、その男がピンと背筋を伸ばせば裕にヤクモの身長を越えている。
伝説の闘神士と呼ばれる流石のヤクモもこの男の迫力に少々たじろぎながらも警戒した。
――簡単な理由としては、この男が見るからに不良にみえるからだ。
だが、その男を見てもは不安な表情を一つも見せなかった。寧ろ笑顔。
様、お久しぶりですね」
外見とは裏腹に男の対応は紳士的だった。の前に跪き、深く頭を下げる。
その行動はヤクモにとっては驚くべきものだった。どう見ても不良にしか見えない男なのにこの対応。
ヤクモは思う、「にしろ、この男にしろ、なんてややこしいやつらなんだ」と。
「はい、お久しぶりです。ユウゼンさん!」
「私のことは呼び捨てで構いませんのに……」
「年上の方を呼び捨てになんてできませんよ。それに、癖にもなってますし」
「そう…ですか?」
と不良…に見える男――ユウゼンは面識があるらしい。
回想してみればがやってきたときに、それらしい名前が出てきたような気がヤクモはした。
ユウゼンにとって、は目上の人間。それはユウゼンの態度と口調を見ればわかる。
だが、ヤクモの焦りのフィルターによってユウゼンとがとても親しげに見えた。
「…っと、念のために聞いておくがお前が護衛のヤクモか?」
不意にユウゼンの視線がヤクモに移る。
まさか話をふられるとは思っていなかったヤクモは途切れ悪く返事を返した。
「…………」
「……なにか?」
「いや」
ヤクモを品定めでもするかのようなユウゼンを視線。微妙に『これで護衛が務まんのか』と言っているようにも見えた。
そんな視線を向けられ見下された気分になるヤクモ。
見ず知らずの人間に対して普通そんな視線を向けるだろうか?いや、常識のある人間であれば向けるはずがない。
よって、このユウゼンという男を信用するのは不味いとヤクモの中で結論づいた。
ヤクモの警戒心にユウゼンも気づいたようで、
二人はに気づかれないようにお互いの緊張感を保ちながらの待つ本殿へと足を進めた。
 

 

 

 

 

 

さんっ、まだかな!」
ところ変わってここは天流の修業場の本殿。赤髪の愛らしい少年――ユエが落ち着きなくあたりを歩き回っている。
その顔に浮かべる笑顔は心のそこから嬉しそうで、これから来る来客に心躍られているようだ。
それを横目で眺めながら、ユエとは対照的とも言っていい蒼髪を持った少年に見える少女――は少し呆れたように口を開いた。
「……ユウゼンが動いたということは敷地内には入っただろうな」
「本当!?わぁ〜いっ!もう少しでさんが来てくれるんだ!」
の報告を聞いてユエは更に嬉しそうな表情を浮かべてパタパタとし始めた。
そんなユエを眺めては「言わない方がよかったか…?」などと少し後悔しつつ、
案内役を頼んだユウゼンの気を探った。ペースは遅くもなく、早くもなく。特に心配することもない様にには思えた。
しかし、ヤクモをよく知る白髪の言葉を聞いては眉間に皺を寄せた。
「ユウゼン一人ってのは不味かったんじゃないか?お姫さん命のやきもち妬きの護衛バカのヤクモ君に対しては」
白髪の陰陽師――ビャクヤに言われては自分の思慮の浅さに舌を打った。
盲点だった。盲点と言うか、そんなヤクモのことまで考えるという考え自体浮かばなかった。
あくまで、ユウゼンをにつかせたのは道案内と、もしもの場合の対応のためにだ。
ユウゼンの性格上、目上であるに失礼な行動をとる事はないだろうし、実力的にも申し分ないと思った。
しかし、と面識が合ってもヤクモと面識のないユウゼンを使うということは、ヤクモに疎外感を感じさせれことになる。
よって――その場の状況が険悪になることは確実だ。
「……………」
「ヤクモ、お姫さんのことになるとかなり私情絡むからな。本来はそこまで考慮しなくていいんだ、落ちこむなって」
ぽんぽんとの背を叩きながらビャクヤは励ますようにに言った。
はビャクヤの顔を見て暗くしていた表情をいつもの表情に変えた。
ビャクヤはが何を考えたか気付いたのか苦笑した。
「一足お先に親友に会いに行ってはいかがですか?」
「俺だけ特別待遇でいいの?」
「ええ、ビャクヤ兄上には色々とお世話になっていますし」
心ないの「優しさ」を受けビャクヤは「はいはい」と返事を返して一枚の札を使ってその場から消えた。
「……なんだかな」

 

 

 

 

 

 
久しぶりに会った人間。いつも一緒にいる人間。
その二人が同時に出てきた場合、久しぶりに会った人間を優先するのが一般的だろう。
もちろん、達もその例に漏れず、久しぶりにあったユウゼンと少しばかり話し込んでいる。
で、それが気にいらなのは言わずとも分かるヤクモだ。
表面上には一応出さないものの、厳しい視線がユウゼンの背中に刺さっている。
かといって、ユウゼンがそれを意識して食って掛かることもなく、とりあえずは平和そうだ。
「(やはり……、来るべきじゃなかった)」
胸に溜まるもやに不機嫌になりながらヤクモは思った。「やはり、来るべきではなかった」と。
自分の精神衛生上よろしくないし、このまま行けばもしかするとを不快にさせるかもしれない。
それを思うとやるせなかった。
しかし、そんな沈んだヤクモの心を励ますために――いや、ある意味で追い討ちをかけるために一人の男が現れた。
「そんな思いつめた顔は…お前に似合わないぜ、ハニー」
「………」
目が点になった。
思いがけずヤクモの目は点になってしまった。
何故お前がここに居る俺はハニーじゃないというか、ウザい。なんて言葉が取り合えず頭の中に並べられた。
そして、言葉を一つに絞って吐き出した。
「ハニーじゃない」
ばしっ
肩を抱く感じで現れたビャクヤに対してヤクモは冷静に言葉を返して、ついでに裏拳も返してやった。
ものの見事にヤクモの裏拳はビャクヤの顔面にヒットしたが、ビャクヤは笑顔で口を開く。
「照れ屋だなハニーは」
「俺はハニーじゃないッ!!というか、どうしてお前がここにいるんだよ!?」
「なんでここにいるかって?そんなもん簡単だろ?愛しのハニーのために――」
ごすっ
口でのツッコミではなく手だけの突っ込み(右頬にグーパンチ)が決まった。
ビャクヤはよろめきはしなかったが、顔は左を向いている。
「……これは…ッ、ドメスティックバイオレンスッ!?
違う!
「じゃあ、ドメスティックか!」
「どう考えてもバイオレンスだろッ!!」
「なんで殴ることがドメスティックなんだよ!」とヤクモが怒鳴れば、「ハニーの不器用な愛情表現だから」なんてビャクヤが返答。
外野と化したユウゼンと。その片方であるユウゼンはこの二人を見て「なんだこの夫婦漫才」などと思った。
そんなことを言っては今度はユウゼンがヤクモに殴られそうなので、心の中に留めておいたが、
ユウゼンは一番気になったことを取り合えず口にした。
「ビャクヤ、俺の仕事を奪うつもりか?」
ユウゼンの仕事――それは、を無事にの元へと案内すること。それの仕事は一人だけでいいと言われた。
よって、ここにビャクヤが現れたときことは、ビャクヤがユウゼンの仕事を奪う――というか、交代することしか考えられなかった。
…まぁ、ハニー――ヤクモに会いに来ただけかもしれないが。
「半分あたりだ。のお相手を交代だとさ。愛しのお嬢様から」
「今すぐ代われ」
ビャクヤがことを告げるとユウゼンは間髪いれずに交代を申し出た。
ビャクヤは苦笑いしながら「へいへい」と言ってヤクモから離れてのもとに近づいた。
取り残されたヤクモはただ呆然と建ち尽くしている。
だが、そんなヤクモを差し置いて、「それじゃ、再出発な」と言ってビャクヤはに目を向け歩き出した。
も「はい」と答えを返してビャクヤに続いた。しかし、ヤクモは未だに困惑気味だった。
 

 

 

さ――んっ!!」
この上なく嬉しそうに声をあげてに抱きついてきたのはユエ。
そんな弟を見て苦笑しながら現れたのはの友人――だった。
「すみません、さん」と申し訳なさそうに謝りながらに言った。
だが、はユエが抱きついてきたことに不快感はないのかユエの頭を撫でながら笑顔で「いえいえ」と言葉を返した。
「今日はお招きありがとうございます」
「いえ、碌な迎えも送れず…。申し訳ない」
「碌な向かえって…、お嬢様!?」
心底申し訳なさそうに表情を歪める。碌な迎え――そう称されてしまったユウゼンは慌てて声を荒げた。
「五月蝿い。執事でありながらお客人に不快な思いをさせて何を言う」
「いや、しか――」
「問答無用。俺は執事であるお前に対してお客人――さんの迎えの命を出した。
無論、その護衛者であるヤクモさんもお客人。なのにお前はそれ相応の対応をしていなかっただろう。
執事ならば私情を挟むな」
厳しい口調でキッパリとたしなめられたユウゼンは大人しく「申し訳ありませんでした」とにはもちろんのこと、ヤクモにも頭を下げた。
はユウゼンに頭を下げられて「頭を上げてください」と慌ててユウゼンを励ましていた。
しかし、ヤクモはユウゼンが頭を下げたことに気を向けている場合ではなかった。
ユウゼンに対するの言葉が、思いっきりヤクモの心に突き刺さったのだった。
「私情を挟むな」その一言がとてつもなくヤクモにとっては重い一言だった。
「立ち話もなんですから、上がってください」
「あ、はい、お邪魔しますね」
ぴりぴりとした空気を破りにあがるように言う。
が笑顔で答えを返すとぴりぴりとした空気がいつの間にやら柔らかいものになっていた。
 

 

 

 

 

 

ハニー!プラス碌でもない執事―。お茶だそー……って、なんだその意気投合しながらも暗いその雰囲気は」
お茶を持ってきたビャクヤの目に入ってきたのは暗い影を背負った二人の若者。
先ほどまでは仲が悪かったが、いつの間にやら仲よくなったようではあるが、二人揃って落ちこんでいる。
流石のビャクヤもこんな状況で迎えられてはいつもの軽いノリは出せないようだ。
「ぅおーい。見るからに凹まれるとなにも言えないだろ??まったく、なんだよお前達…」
「…私情を挟むな。その言葉が俺には重くてさ。年下で、しかも女の子のが言うもんだから……余計な」
あまり見せることのない弱々しい言葉と笑み。
それを見てビャクヤは茶化すことなく黙って聞いていた。そして、徐にユウゼンに視線を向けた。
「……で、ロクデナシ執事は?」
「ヤクモ殿と俺の境遇が近くて――って!なにがロクデナシだッ!!このナンパ野郎ォ!!」
「愛しのお嬢様が言ってただろ?碌でもない執事って…!」
明後日の方向を向き、あはは〜!と輝く笑顔で食って掛かってきたロクデナシ執事――ユウゼンに言葉を返すビャクヤ。
愛しのお嬢様――の名を出されてユウゼンは先ほど以上に落ちこみ、黒い影を背負った。
それを見てビャクヤは他人事故に、空気の抜けた風船のようだと言って笑った。
「私情を挟みすぎ過ぎるのもよくない。が、挟まな過ぎるのもよろしくない。人を守りたいと思うのならば尚のことな」
不意にビャクヤの口調が変わった。
いつもはおちゃらけた何を考えているのかわからない青年なのに、今のビャクヤはなにかを悟った風を持つ敏腕の陰陽師だった。
同い年のはずの彼がこのときだけは年上に見えた。
「だけどなぁ〜…。お前達の場合は私情と言うか、単に恋愛感情の問題だからなー。
押さえようとすればそれはそれで不機嫌になったりするし…。ホントお前達は世話かかるな」
「「お前には言われたくない」」
敏腕陰陽師はすぐに姿をくらませた。
彼の放つオーラはいつものおちゃらけたものに戻り、ヤクモ達の気持ちも少しは晴れたようだった。
はっと気付けば知らないうちにビャクヤにツッコミをいれている。不思議に思いながらもヤクモ達は苦笑ながらも笑った。
「だが、本当に守りたいと思うならその恋愛感情ってのは本当の危機が迫ったときに邪魔だと思うぜ。俺の勘だけどな」
「お前の勘……。あんまり信用におけないけどな」
「酷いなハニー。ダーリンの言葉が信用できないのかい?」
「……。なぁ、ユウゼン聞きたいことがあるんだがいいか?」
「?俺でよければいいが?」
ご苦情の笑みをヤクモに向けるビャクヤ。
しかし、ヤクモは綺麗に無視してユウゼンに話を振った。ことを理解したユウゼンはすぐにヤクモの言葉に乗った。
その後ろで、取り残されたビャクヤは寂しそうに「無視かよ」と呟いていた。
 

 

 

 

 

「まぁ、結果オーライか……」
「どうしたんですか?さん」
「え、あー…。こちらの話ですよ。ご心配なく」
の独り言を聞きは、料理をしていた手を休めて不思議そうにの顔を覗きこんだ。
しかし、は笑顔を向けて適当に誤魔化した。
狙っているのか、偶然なのかは分からないが、ユエがに「これはどうやるんですかー?」と尋ねてきた。
それによりの意識はユエに向き、への詮索はなしになった。
まぁ、ユエが入ってこなくとも優しいのこと、深く追求してくることはなかっただろうが。
今回急遽、いや、そうでもないのだが、こうやっての家にやってきたのは、が羽を伸ばすためが理由ではなかった。
もう、はっきり言ってしまうと、それがメインの理由ですらない。
とリク、そしてモンジュ。この三人の一番の目的はヤクモのことだった。
ははじめてヤクモにあった時、このヤクモにを任せられるのかどうか疑問に思った。
落ち着かない上に、周囲を見ることのできないヤクモ。それは大切な友人を預けるには危険な存在だとは思った。
それをリクとモンジュに伝えたところ、リクからは特になにもなかったが、モンジュからは思い当たる節があると言われた。
天流においての実力者として認められる二人にそう言われては、リクも黙っている訳にもいかず、
修業場の全権を預かっているにヤクモに修業をつけるように言われたのだった。
そう、今回のメインの目的は、ヤクモの精神面での修業だったのだ。
だが、が修業を施す前にヤクモの心は強くなったようだった。
自らで自分の精神面の強化を遂げたことには、「流石伝説」と思う反面、拍子抜けしてしまった面もある。
久々に骨のある闘神士を鍛えられるかと思っていたというのに、不謹慎ながらもつまらないと思ってしまった。
「しかし…、ビャクヤ兄上の報告はなんなんだ……?『偉大なる愛の力』だとかわけがわからん…」
ビャクヤから送られてきた報告書に目を通し、はただ疑問符ばかりを浮かべていた。
 

 

 

 

 

 

 

 

報告書(簡易)
ヤクモへの修業の必要は現在においてはなし。偉大なる愛の力でヤクモは一皮剥けただろう。
しかし、の一言は誰の胸にも思いボディーブローを叩きこむな。ヤクモとユウゼンがエライ暗くなってて驚いたぞ。
あ、でも、それのおかげで一皮剥けたみたいだから気にすんなよ!
追伸、に筑前煮作って欲しいって言って。