「……テスト、ちょっと憂鬱だな」
そう呟いたのは一人の少女。しかし、少女の言葉は少しばかりこの場所に合わなかった。
それもそのはずか、この場所は伏魔殿。妖怪達が跋扈し、神流闘神士が潜んでいると言う伏魔殿だ。
そんな場所で、自分の身の安全ではなく、テストの心配をするのはなにかが違う気がした。
だが、少女の実力があるとすれば伏魔殿でテストのことを考える余裕があることには頷けるきもした。
実際彼女は、天流宗家の巫女。強大な力を持っていることは確かだ。
『大変だね。この時代は、国の外の言葉の勉強までしなくちゃいけないんだから』
「本当だよ。国際化、国際化って騒いでるけどいつ使うか分からないし…」
横に己の式神白龍のハクエイを従えては伏魔殿の大地を行く。
ハクエイは横でフワフワと浮きながらに話題を振ってみたり、相槌をうったりしている。
実力故か、性格故かはわからないがどうにもこの二人には緊張感がかけていた。
まぁ、別の理由として「慣れ」と言うこともあるのかもしれない。
まぁ、実際問題。妖怪が襲ってきたところでとハクエイにとっては赤子同然。いや、それ以下にも近い。
――恐れるに足らず。っというやつなのだろう。
「日本人なんだからもっと、日本語を勉強するべきだよな」
『かもね。昔のいい言葉とかいっぱいあるしね』
「古文……。今回のテストの範囲に含まれてたっけ…」
『………』
少しテストのことから気を逸らしてあげようとしたハクエイであったが、
はすっかりテストのことで頭がいっぱいなようで国語のテストの範囲に含まれる古文の復習をはじめた。
ハクエイはそれを見てなんとも真面目な闘神士に感心と戸惑いの意味を含んだ苦笑いを浮かべた。
 
 
 
〜〜

 

 

 

 
嗅ぎなれない香りが不意にの鼻を撫でた。甘ったるい香りではないが、どこか意識を朦朧とさせる甘い香り。
だが、また突然そのは甘い香りから、さっぱりとした爽やかな香りに変わった。
甘い香りによって朦朧とし始めていた意識がこの香りによって覚醒する。目覚めのよう朝のような感覚。
は不思議に思ったが、それに勝る爽快感を感じていた。
しかし、そんな爽快感も「ガサリ」という音によって一瞬にして失われた。代わりにを支配したのは警戒心だった。
腰に下げているドライブの入ったホルダーに手を向け、神経を研ぎ澄ませて気配を探った。
「僕に敵意はありませんよ」
に見つかったことを察したのか、が感じ取った気配の主であろう男が姿を見せた。紫色の長い髪を持つ男だった。
その顔には穏やかそうな笑みを浮かべ、降参の意味を表しているのか顔の高さまで両手を上げている。
しかし、そんな言葉と行動だけで警戒を解くはずがない。寧ろ、逆に警戒してしまう。は厳しい視線に男に向けた。
「はじめまして、僕は地流闘神士のというものです。以後、御見知りおきを」
「…!地流闘神士がなんの用だ。私を倒しにきたのか?」
地流闘神士――今の戦いにおいて敵対している流派の名だ。その地流という名を聞きはさらに警戒を強めた。
地流は自分と弟のリク――天流宗家を倒そうと狙っている者。それをおいそれと信用などできるはずもない。
それを感じ取ったのか男――は苦笑いを浮かべて自分のドライブを地に置き、一歩下がった。
「本当に、僕に戦うつもりはないんですよ?。
ぺいぺいの下っ端闘神士が天流宗家の方と、伝説の式神である白龍族を相手になんてできるわけありませんからね」
くすくすと笑いながら言う。確かにの言うことも尤もだ。
地流の四部長、もしくはその側近が複数で襲ってくるなら信用にはおけない。
しかし、相手は一人。その上、本人が言うには専らデスクワークの仕事が多い落ちこぼれ闘神士だと言う。
その上、戦うことが嫌いなために、闘神士でありながら闘神士としての仕事から逃げているそうだ。
だが、今回は天流宗家の実力を測るためのものさしとして送られて来たのだと言う。
「でも、僕は今契約している式神と離れたくないんです。ですから……、見逃したと言うことにしてくれませんか?」
警戒心を解くための同情を引く話だったのかもしれない。
だが、は疑うことをせずにあっさりと信じた。の目が嘘をついているような人間の目だとは思えなかったし、
もしそれが嘘だとしてもドライブから距離を置いている相手ならば勝てると言う勝算があったからだ。
それらを考慮しての申し出を承諾した。
それに、このと言う男を見逃したところで天流にとって痛手にはならないと感じた。
「わかった。見逃すよ」
「ご理解のある方でよかった…。やはり天流の宗家になられる方ですね。とても心優しい方ですねあなたは」
「そ、そうかな…?」
の言葉を受けてとても嬉しそうに微笑む
は思いにもよらないの褒め言葉に途切れの悪い言葉を返した。
初対面の相手にいきなり「心優しい」なんて言われてはどう対処して言いのか分からないのも頷ける。
そんな少し戸惑うの姿を見ては嬉しさを楽しさにかえた。
「そうだ、先程ちらりと耳に入ったんですが…。英語が苦手なんですか?」
「え…?ああっ!もしかして、盗み聞きしてたのか!?」
「あの、まぁ、その……。話しかける機会をうかがっていたので…。
…言い訳しても仕方ありませんね。
申し訳ありません。多少、あなたと白龍族の方の会話を少し聞かせていただきました。ごめんなさい」
誤魔化すか、開き直るか、そのどちらかに出ると思っていただったが、は素直に自分の非を認めてに頭を下げた。
素直に謝れては流石に強くは言えない。は顔をかきながら言葉を返した。
「……まぁ、これは仕方ないか。頭を上げてよさん。
あっ、そう言えば私名前言ってない…。あの、今更だけど私の名前は太刀花。よろしく」
「はい、存じてますよ。地流の資料に書かれてましたから。これでもデスクワークは優秀なので」
「へ〜…じゃあ、大学とか出てるの?」
「ええ、一応は教育の道を目指していたんです。なので、あまり役立ってはいませんが、教員免許ももってるんですよ」
いつの間にかは楽しげに会話を楽しみ始めていた。いくら敵意のない相手とはいえ、相手は地流闘神士。
普通であれば警戒するべきだ。だが、今日のは少し様子が違った。
警戒心がないわけでも、人を信用しすぎる訳でもないが、どこか違っていた。
それ故に、を疑うことなくただ会話を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 
ちゃーんっ!!」
「あ、マサオミ」
の楽しい会話に割って入ってきた大きなを呼ぶ声は自称天流闘神士のマサオミだった。
マサオミは嬉々とした笑みを浮かべてに近寄ってくる。おそらく抱きつくつもりでいるんだろう。
そんな想像をしたは強く拳を握っていつマサオミが抱きついてきてもいいように構えた。
「!?」
「?」
しかし、マサオミはの横にいたの存在に気付くとズササッ!っと身を引いた。心なしか顔も青い。
だが、にはなにも心当たりはないようで不思議そうな表情を浮かべてマサオミを見ている。
「…あ、もしかしてさんの『お相手』ですか?」
勘付いたようにが笑顔で尋ねるとは顔を赤くして「なっ!」と声をあげた。
「ち、違うよ!さん!こいつは同じ天流の闘神士!私とマサオミはそんな関係じゃないよ!」
「そうなんですか?お似合いだからそうかと思ったんですが……」
慌てての言葉を否定する
それを聞いて少し驚いたような表情を見せた後、は少しだけ企んだような笑みを浮かべて言った。
「なら、僕にもまだチャンスはあるのかな?」
「ええぇっ!?」
「――ッ!?」
の言葉に困惑するとマサオミ。しかしは楽しげに笑うだけだ。
「…なんて、冗談ですよ。僕とさんでは釣合いませんからね。
では、僕はこの辺で失礼しますね。さん、ちゃんと明日にでもノートは届けますね」
にこりと穏やかな笑みを残しては闘神符の効果によって姿を消した。それを呆然と見つめている一組の男女。
穏やかでありながらも、心を掻き乱すという男には少しだけ興味を持った。
だが、それをマサオミは許さないらしい。
ちゃん。あの男はなんか胡散臭いから、もう近づいちゃ駄目だよ!あいつ、絶対腹黒いから!」
大真面目な顔でマサオミはに詰め寄ってを警戒するように言った。
しかし、は少し考えた後にキッパリ言った。
「…お前の方が胡散臭い」