さ〜んっ!」
「お、ユエか。どうした?」
廊下にパタパタと走る音が響き、その音の主であるユエが縁側に座っている天流闘神士、に声をかけた。
声をかけられたは人懐っこい笑みを浮かべてユエに声を返す。
いつもの事ではあるが、笑顔で返答されて嬉しいのかユエも満面の笑みになった。
しかし、ユエがこうやってが縁側にいるときに声をかけてくるということは、なにかあった時だったりする。
「えと……」
「ま、腰落ちつけて話しなよ」
「はい!」
 
 
 
〜〜
 
 
 
はユエにとって兄のような存在で、
実の姉であるに相談できないような――いや、姉ののことでユエはに多くの事を相談していた。
初めこそ、遠慮していたものの、の人の良さについつい甘えてしまい、
ユエはが地流のスパイ活動から帰ってくるたびに相談するようになったいた。
「最近、お姉ちゃんが家事が終るとすぐにどこか行っちゃうんです。
また、昔みたいに置いて行かれるんじゃないと思って…」
「…も人騒がせだねぇ。
でも、今更お前を置いてどこかに行くってことはないと思うねぇ」
から見た今のにユエと離れようとする素振りは見えない。
寧ろ、離れ離れになることを拒んでいるように見える。
だがらこそ、自分達の見えないところでなにかしらの行動を起しているように思えた。
だが、の思いとは裏腹にユエは不安がるばかり。
同じ気持ちでありがなら、お互いが心配の種である姉弟だと思い、は笑ってしまった。
「?…なにかボク、可笑しいこといいました??」
「いやいや、面白い姉弟だと思ってな」
クスクスと笑うを見てユエは不思議そうに首をかしげた。
の言う「面白い姉弟」の意味がわからないのだろう。
だが、あえてはそれを説明する事はせずに「気にすなる」と一言言ってユエの頭を撫でた。
『理由は大体察しはつくけど、そういう風に笑われるって言うのは気分が良くないわねェ』
不意に不機嫌そうな声を出したのはユエの式神、朱玄のライヒだった。
端正な顔を歪めている不機嫌そうな眼差しは笑う明日間に向かっている。
そんな視線を受けては、笑みを苦笑いにかえた。そして、彼の式神である縁日のカンスケも姿を見せた。
「気分を損ねたなら謝るよ」
『結構損ねた気がするわね』
謝るを見てライヒは企んだような笑みを浮かべている。をからかう策でも浮かんだのだろうか。
だが、それに気付いたのかカンスケが口を挟んだ。
『まぁまぁ、あまり怒りなさんな。折角の美女が台無しだ』
『あからさまに心のこもってない褒め言葉っていうのも、ムカツクわね』
『そりゃ、失敬』
式神の間に見えない火花が散る。ケラケラと笑うカンスケと酷く不機嫌そうに眉間に皺を寄せるライヒ。
両者一歩も引かずに無言の睨み合いが続いている。
は二人が放つ険悪なムードに気づいているようで苦笑いを浮かべているが、
ユエは気づいていないようで不思議そうにカンスケとライヒを交互に見ている。
しかし、そんな二人のやり取りに困っている闘神士を無視して式神達の戦いは続いている。
『……あの、どうかなされたんですか?』
突然、とユエに声をかけたのはの式神である龍虎のヒョウオウ。
不安げな声音から察してカンスケとライヒの険悪さに気づいているようだった。
ヒョウオウにとってライヒは対。ライヒの無礼は自分の無礼でもある。
それ故に、ライヒが無礼を働いているのではないかと気が気ではないようだ。
「ちょっとカンスケとライヒがぶつかってね」
『もしや、ライヒがカンスケ様になにかご無礼を…?!』
ただでさえ青いヒョウオウの肌が更に青ざめる。
目を隠している所為か、少々表情を読み取りにくいように感じるが、今は全くもって読み取りにくいなんて事はない。
この世の地獄でもさまよっているかのようなオーラをだし、かなり追い詰められていることが分かる。
このままにしておいてはヒョウオウの胃に穴が空くのではないかと思ったは、
苦笑いしながら「そういう訳でもない」と答えてヒョウオウを宥めた。
『そ、そうですか…、ならよかったのですが……』
「ヒョウオウは心配のしすぎだねぇ。ヒョウオウが思ってるほど、ライヒは誰にも迷惑かけてないぞ?」
『…そうでしょうか?私には十分に迷惑をかけている気がしますが……』
そう言うヒョウオウが顔向けている先には、カンスケとライヒが睨み合っている。
未だに決着はつかないようで、二人は睨み合ったままだ。
だが、既に「馴れ」が生じているようだ。ユエは相変わらず不思議そうに二人を眺めているが、
に関しても、二人の状況を無視してヒョウオウとの会話に興じている。
「住めば都」とでも言うのか、馴れてしまえば大して気にならないようだった。
だが、ヒョウオウには見過ごせないらしい。
「なに、禍々しいオーラを出している。近所迷惑なんだが」
どうしたものかと頭を悩ませていたとヒョウオウの前に姿を見せたのは、ヒョウオウの闘神士である
睨み合うカンスケとライヒに少し怒ったような口調で一言言った。
「お、問題児のご登場だねぇ」
「……なんだその、問題児とは…」
「ま、深く気にするな」
笑いながら二人の睨み合いを止めたは笑いながら言った。
は「問題児」と言われた理由がわからないようで怪訝そうな顔をした。
だが、「深く気にするな」と先手を打たれたために、その理由を聞く事ができず、少し不満気ではあったが、
改めて自分が文句を言ったカンスケ達に視線を向けた。
視線を向けられ、カンスケとライヒもを見る。すると、突然ライヒは納得したように言った。
『あ、が笑ってたのはだったの』
『……まぁ、それでいいか』
『そうよねェ。ユエに笑う要素なんてないもの、にその要素があるわよねェ』
フッと鼻でを笑うライヒ。
は不機嫌そうに笑いながらも怒っていることは確からしく右の眉がつり上がっている。
だが、それを気にすることなくライヒはニヤニヤと笑っている。
しかし、言われた本人よりも怒りに燃えているものがいた。
『ライヒ、式神にとって闘神士を侮辱されることがどれだけ屈辱的なことか分かっていますか…?
わかっていますよね?あなたも同じ式神ですから。
しかも、唯一の闘神士を持つ同士ですし…、私がどれだけあなたの言葉を不快に思ったかも容易に想像がつくでしょう…?』
北極の吹雪も、南極の吹雪も、今のヒョウオウの作り出す悪寒を前にしては春風のように暖かい。
手の先から、脚の先まで、全てが凍り付きそうなほどのヒョウオウの威圧感。
属性の所為か、性格の所為かは分からないが、その怒りは津波が起きる前の海の様。
だが、もしこの津波が起こったら大惨事が起きることは容易に想像できる。それを感じ取ったが慌てて口を開いた。
「ヒョウオウ、お、落ちつけ…?(多分)ライヒも冗談のつもりで言っただけのはずだ!」
「そ、そうそう!半分本気で、半分冗談ってやつだから!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「は?」
 
 
 
「あ゙!」
をフォローするつもりで口を開いたはずのユエ。
しかし、完全にそれはフォローではなく逆効果。今の一言は、かなり状況を悪くしている。
ヒョウオウだけならまだしも、どうやらの機嫌まで損ねてしまったようだ。
の厳しい視線がユエに突き刺さり、蛇に睨まれた蛙のようにガチンと固まってしまうユエと、
気持ち良く眠っていたところを邪魔された猛獣の様にゆらりとヒョウオウからユエに視線を移す
敵がが襲ってきた訳でもないのに何故だか修羅場と化しているこの場を見ては笑った。
『……ヒョウオウってあんな黒いヤツだったか…?』
『さぁねェ…。何せ900年近く会ってなかったからねェ……』
「普段大人しい奴ほど怒らせると怖いって奴だな」
『……!様、落ちついてください!ユエ様もライヒも悪気があっていっているわけではなくっ…!!』
「問答無用というやつだ、ヒョウオウ」
「キャッ―――!!」
がキレた所為か、不意にヒョウオウがいつものヒョウオウに戻り、慌ててユエに手を上げようとしているを止めた。
しかし、ヒョウオウの静止をが大人しく聞き入れる訳もなく乱暴に片手でユエを捕まえて高く拳を振り上げた。
「はい、ストップ。女の子は手を上げるもんじゃないよ」
振り上げられたの腕をが掴む。
にその腕を掴まれたことによりはハッと我に返った。
「姉弟といえど、暴力は穏やかじゃないねぇ」
「……恥かしい」
は自分のした行動の恥かしさに絶えられなかったのか、片手で顔を隠して下を向いた。
が落ちついたことにより、殴られずにすんだユエは安堵の息をつき、ヒョウオウはホッとしたような表情を見せている。
「今回は色んな要素があたから仕方ないけど、はもう少しユエに優しくなった方がいいな」
「…あまり、甘やかしたくはないのですが……」
「優しさと甘やかすって言うのは違うもんだよ。
もしかすると、には優しさよりも『素直さ』が足りないのかもな」
「な?」とユエに同意を求める
しかし、ユエはが同意を求めてきた意味を理解していないのか、不思議そうにの顔を見つめている。
だが、にはの言う言葉の真意を理解しているのか「敵わん」と一言言って溜め息をついた。
 
 
 
『忘れられるって言うのも…時にはいいもんね』
『……、まぁ命失うよかな』