中国拳法と闘神符を組み合わせた武術――闘神拳。それの修業に励む少女が一人。
相当な時間、修業を続けているのか少女の額には汗がにじんでいる。
少女――は地流に所属する闘神士で、その中でもかなり特殊な立場――地流宗家の護衛を請け負っている。
宗家の護衛を努める存在なのだからその実力は折り紙付きで、信頼も厚い。
そして今は、その実力を変われて地流内に潜んでいる神流の動向調査という役目も負っていた。
「ふぅ……」
一通りの修業を終えは適当な場所に腰を下ろしてゆっくりと息を吐いた。
ここ最近、毎日修行は欠かしていない。理由としては神流の動向が怪しくなってきたからだ。
地流に所属する普通の闘神士では神流闘神士に太刀打ちなどできない。
かといって、地流にそれほど強い闘神士は多く存在していない。
いたとしても、それは四部長もしくは、ユーマぐらいなもので、大鬼門が開いた今、彼等には神流闘神士に構っている暇などない。
「タイザン部長に関しては……」
四部長――天流討伐隊部長タイザン。彼は地流に所属しているものの、本当は神流闘神士だ。
それを聞かされたのはミカヅチから神流闘神士の動向調査を命じられたときだった。
驚きはしたものの、ミカヅチが嘘をつくなどと思っていないは割りとすんなり納得していた。
それに、元々タイザンには、自分達とは違うものを持っているように感じていた所為もあるだろう。
だが、それよりもが危ないと思っている存在がいる。
それは、タイザン直属の部下にあたる存在で天流討伐隊副部長――だった。
「あの人、何を考えているのかよくわかんないんだよね…」
『…取り合えず、警戒しておいた方が身の為。連れてる式神も性質が悪いし』
苦笑いしながらの感想を述べる。それに彼女の式神――伏龍のコウメイが姿を見せてに助言した。
は「肝に銘じとくよ」とコウメイに返して修業を再開した。
 
 
 
〜〜
 
 
 
「お疲れ様です。さん」
「!?」
気配が増え、声が響く。この場に響いた声は先ほどの休憩のときにコウメイと話していた男の声だ。
が声のする方を向けば、そこに長い紫色の髪を持った男――が笑顔で立っていた。
相変わらずの信用におけない笑みをその顔に浮かべている。
一瞬はも焦ったが、「相手は一人なのだから焦ることはない」そう自分に言い聞かせ平静を装った。
「どうしてこちらに副部長が…?」
「ちょっとお話したいことがあったので、探していたんです」
優しそうに笑ってに近づいていく。
はその警戒心をできるだけ表に出さず近づいてくるを見た。
見た目だけ見れば穏やかそうな優男だというのに、この男はまさにそれとは真逆の、実に企み事に頭の回る男だった。
「それにしても…大陸――中国の拳法というのは面白いですね。実に興味深い」
「中国拳法に興味があるんですか?」
「ええ、これでも僕は体術に少しは自信があるんですよ。
……でも、闘神拳の使い手であるさんから見たら素人でしょうけどね」
クスクスと笑いながら言うは少し興味を持つ。
中国拳法に興味を持っていることもあるが、自分と同じく格闘技を学んでいることに親近感を覚えたからだろう。
式神に頼りきりの闘神士の大体は護身術も覚えていない一般人がほとんど。
その中でもあまり日本には馴染みのない中国拳法を身につけているは別格として扱われていた。
元気なのこと、本来であれば直に友達のできる体質なのだが、相手がに遠慮することもあり、
地流闘神士の中にはあまり打ち解けられる友人はいなかった。
「型とか、構えとか見てないからなんとも言えませんね」
「それもそうですね。でも僕は我流なのでさんには少々不思議な構えかもしれませんね」
「我流ですか。それは凄いですね。是非、見てみたいです」
「そうですか?けれど、どうせなら一度はお手合わせをお願いしたいものです」
穏やかだったはずの空気が一瞬だが一変する。が浮かべる笑みが殺気を含んだものに変わったのだ。
背筋を悪寒がかけぬける。忘れかけていた警戒心を思いだし目の前にいる「敵」と警戒しろと警報を鳴らす。
の目にも警戒と殺気の色が差した。
だが、それに気付いたのか、それとも偶然か、は直にその笑みを消して先ほどまでの優しそうな笑みを浮かべた。
先ほどまでの前に存在した人間が、
幻かのようにから発せられるオーラは実に穏やかで、はこの切り替えの早さに動揺を隠せなかった。
すると不意にが申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「すみません。ついつい、さんの戦うときの表情が見たくて」
「へ?」
の口から出た言葉を聞いたはマヌケな声を出した。
苦笑を浮かべながらは言葉を続けた。
「一度だけ、さんの戦うところを見せてもらったんです。
そのときのさんの表情が実に美しくて…。是非もう一度見たかったんですよ」
ことの内容を説明してくれるだが、はあまりにありえない事実と、
の言葉にどんな言葉を返していいかわからず困惑するばかりで、すっかり硬直してしまっていた。
が自分の戦いを見たということにも驚いたが、「美しい」そんな褒め言葉を貰えるとは思っていなかった。
嘘だとしても、世辞だとしても、あまりそんな褒め言葉を言われることのないは嬉しく思ってしまう。
だが、それよりもそんな少女漫画のような褒め言葉を聞いて理由は兎も角、恥ずかしくなってしまい、固まってしまった。
さん?」
「!?な、なんでございましょう!?副部長殿!」
「いえ、急に黙りこくってしまったので気分でも悪くなったかと思って…。大丈夫ですか?」
「大丈夫です!ただちょっと恥かしかっただけで……」
「?」
一度目覚めてしまった恥かしさというものは厄介なもので、そう簡単には姿を消してくれるつもりはないらしい。
警戒すべき敵の前だと言うのにこの様。恥かしさと悔しさでの顔は真っ赤だった。
だが、の心境に気づいていないのかを不思議そうに見つめ首を傾げていた。
「と、兎に角大丈夫ですから!心配いりませんから!」
心配されては余計情けなさに拍車がかかって落ち着くことはできない。
そう思ったは無理矢理つくった笑顔でに答えた。
するとは「そうですか」と少し不安げではあったがそう一言返した。
にそう返されては少し落ち着きを取り戻した。
だが、その代わりの衝撃がを襲った。
「僕は心配なんですよ。君が無茶をしないか…」
の頬に触れているのはの手だった。
熱っぽいの頬にの手は冷たくて心地よいように感じた。
だが、触れているのがだと思い出すと心地よさは恐怖感に変わる。嫌な予感だけがの頭をよぎる。
「ミカヅチ様は君に随分と大変なことを命じているみたいですが、無理はしない方がいいですよ。
君の敵はとても大きいですから」
「……ッ!副部長に心配していただかなくても大丈夫です。
私はミカヅチ様のご命令を必ず成し遂げます」
一瞬にして恥かしさも悔しさも姿を消した。今のの心にあるのは強い忠誠心とプライド。
それを否定しようとしたはきつく睨んだ。
だが、は楽しげに笑って「心強い限りです」とに言葉を向けた。
「確かに、僕に心配されなくてもさんは強いですからね。では、修業頑張ってくださいね」
そう一言残しての前から姿を消した。