「もう、こんな時期か」
「どうかしたんですか?さん」
「いや…、なんでもない」
荷物持ち要員として夕食の買い物に付き合わされているリクが不思議そうにポツリと一言洩らした、
に向かって尋ねるが、リクに問われは、歯切れの悪い答えを返して羽織っているコートを着なおした。
おかしな反応を返すにリクは少しの不安を抱いた。
さん、変な隠し事はしないでください」
「……、隠し事をしているつもりはないんだが…」
「じゃあ、何が気になったんですか?」
問いただす事もなかったのだが、何分隠し事の多いのこと、
全てを自分一人で抱えこもうとするのではないかと思うと尋ねずに入られなかった。
真剣な眼差しで問うリクには降参したのか少し呆れたように苦笑いを洩らした。
 
 
 
 〜恵方巻キハ黙ッテ食ベロ〜
 
 
 
ちゃぶ台の上に乗っているのは太巻きだ。ご丁寧に三段のピラミッドを築いている。
もちろん、ピラミッドを築ける太巻きなのだから、輪切りにはされていない。
巻いてそのままの太巻きがどんっとちゃぶ台の上を陣取っているのだった。
その様子はなんとも言えない光景だ。
「……、これ一人一本…?」
「ああ、少ないか?」
困惑した様子で太巻きを指差しながら尋ねたのはソーマ。
はソーマに問われて平然と答えを返して尋ね返した。
ソーマはの答えを聞いて諦めたように「いや…」と答えを返してちゃぶ台を陣取る太巻きを恨めしそうに見た。
直径は約10cm、長さは18cm。一般的にどう見てもこのサイズは巨大といえるだろう。
だが、とユエにとってはこれが普通サイズの太巻き――いや、恵方巻きなのだろう。
様……、やはり大きすぎたのでは…?」
「そうか?毎年このサイズなんだが……」
「そうだよ。それに、去年はもっと長かったし!」
笑顔で言うユエにナズナ達はズササッと音を立てて引いた。
「これよりデカイってどれだけデカイ恵方巻き毎年食べてるんだよ」と激しく突っ込みたくなるが、
が呆れているところを見れば、その超巨大な恵方巻きはユエ専用なのだろう。
まぁ、ユエの驚異的な食欲を考えれば割りと納得できるが。
「さて、恵方巻きを食べる前に一仕事といくか」
前掛けエプロンを外しながらが言う。
一仕事とは言わずと知れた豆まきのことだろう。節分の大仕事といえばやはりこれだろう。
…まぁ、今年は恵方巻きを片付ける事の方が大変そうだが。
「誰が鬼役をやるのさ?」
「マサオミ辺りが来たら鬼の役でもさせようかと思ったんだが、来ないようだから――」
ちゃーん!俺の事呼んだー!?」
ナイスタイミング。
がマサオミの代役を発表しようとしたその瞬間に彼は現れた。
図っていたのか、それともが「マサオミ」と言ったことに反応して現れたのか、
それは定かではないが取り合えず、物凄いタイミングで現れたものだ。
流石のもこれには驚いたようで、珍しく硬直していた。
だが、すぐに我にかえりながらも渋面な面持ちでマサオミを見ていた。
「あれ?不機嫌そうだけど…俺何か悪いことしちゃった?」
「百歩譲ってタイミングが悪かっただけだ。
……さぁ、代役を立てる必要がなくなったんだ、さっさとつけろ」
「へ?」
マサオミに手渡されたのは、よくある鬼の面だった。
はマサオミに鬼の面を渡すと自分は台所へと戻っていった。
「なんだいコレ?」
「今日は節分。日本人なら節分を知らない訳じゃないだろ?」
呆れた口調でソーマに言われマサオミは「ああ」と言葉を洩らした。
1200年前にはななかった行事だが、この時代に来てからはこの時代に馴染むためにとやっている。
初めてやったときはタイザンが鬼役で、ガザンに、豆をぶつければぶつけるほどその人が幸運になると言われて、
タイザンが根を上げるまで豆を投げつづけた記憶がある。
実際のところ、それは大嘘だったわけだが、今にして思えばそれも楽しい思い出だ。
自分もタイザンみたいな事にならなければいいが、なんて思いながらマサオミは気づかれないように苦笑いを洩らした。
マサオミがそんな回想をしているとが台所から枡を持って現れた。
もちろん、枡の中には煎った大豆が入っている。
「あれ?落花生じゃないの?」
「落花生??普通撒くのは大豆だろ?」
「北海道と東北地方は落花生を撒くのが割りと主流。俺達も去年までは北海道にいたからな。
そんな地方文化はおいといて、そこの鬼を追い払ってくれ」
ソーマとユエの疑問に答えると、はビッとマサオミを指差し今年の豆まきのターゲットを決めた。
「えっ、なんかちゃん、物凄く『追い払って』って言葉に棘がない!?」
「鬼の言葉など聞く耳持たん」
「「鬼は外ーっ!!」」
「「副は家〜」」
こうして、太刀花荘の豆まきが開始された。
 
 
 
「本当に…その恵方巻きさ、どこに行ってるわけ?」
幸せそうに二本目の恵方巻きを頬張るユエを見ながらソーマが尋ねた。
だが、恵方巻きを食べている最中は無言。というルールがある以上、その質問にユエが答える事はない。
もちろん、姉とはいえにもユエのその驚異的な食欲の理由は理解できないようで、答えは返ってこなかった。
「…去年はこれの3倍近く食べていたな」
の言葉に衝撃が走る。直径は約10cm、長さは18cm。そんな大きな恵方巻き。
これ一本でさえお腹一杯の胸一杯だというのにこの3倍を食べたとは…。
この小さな体のどこにそんな量が入る胃袋があるのだろうか。
「だがまぁ、これを食べた後は次の日の夜まではなにも食べられなからな。
食いだめといえば少ないぐらいだろうが…」
「??節分にそんな行事ありませんよね?」
「ああ、一般的な節分にはな。だが、俺達が去年までいたところの豆まきは……」
昨年の二月、達は北海道のとある場所に世話になっていた。
二月ではまだまだ雪解けは遠く、暖かさなど微塵もなく、雪と氷の世界に覆われていた。
だが、そんな中この修業は開始される。
それはその修業場の名物に近いもので、その名も「豆撒きサバイバル」というものだった。
「師匠と弟子以外の人間が豆を撒く人間で、鬼役は弟子全員。
三日から四日にかけて行われ、一粒の豆にあたるごとにペナルティ1。
そして、そのペナルティは後々の修業に影響が出る」
しかも、その豆撒きは本当に壮絶なもので、式神の投入も、闘神符の使用も許可が下りていた。
だが、それは逃げる側にとってはマイナスになっていた。師匠という存在が最強すぎるのだ。
それ故に、毎年の犠牲者はほぼ全員と言っていいほどらしい。
去年はは犠牲者にはならなかったものの、弟子入りしたばかりの頃は正真正銘の犠牲者だったそうだ。
「だが、今年はこんな穏やかな節分が送れて……あ、泣けてきた…っ」
『お前…、どんだけものスゲェ節分やってたんだよ…』
『凄まじいんです…。本当に……私達式神も相当追い詰められますから…』
『追う身としては、この上なく楽しいんだけどねぇ?』
昨年の事を思い出し泣く闘神士と苦笑いしか浮かべる事のできない式神。
この様子を見る限り、珍しい節分を彼等を体験したのではないだろうか。
だが、普通の節分でよかったとも思う面々だった。