静かすぎる大地に人の気配は一つ。
それは神流――その流派の捜索をヤクモに頼まれ手伝っている青年――のものだった。
その腰にはドライブがあるということは闘神士であることは確かだ。
ヤクモに協力を依頼されるくらいなのだから、実力も折り紙付だろう。
だが、今日のはどうにも雰囲気が違った。…というより、静かすぎるのだ。まわりが。
「(……どうしたんだろう?3人とも)」
が契約している三体の式神。朱雀のライザ、癒火のツルヤッコ、豊穣のネネの三体は、
3人が3人ともに好意を抱いており、暇あらば争奪戦を繰り広げているのだ。
が行っている神流捜索も、あまり気を張ってやるような仕事ではないために、
は3人がまた言いあいでもはじめるのではないかと思っていたが、
その予想は大きく外れての周りはしんと静まり返っていた。
別に静かな所が嫌いなわけでもないが、
いつでも比較的に明るい雰囲気の中にいるにこの静けさは少し不思議な感覚を覚えさせた。
だが、いい雰囲気とは縁遠い雰囲気だ。
「お兄さん、あなた女難の相が出ているわよ?」
「!?」
突然だった。
いきなりの背後から艶めかしい女の声が聞こえ、慌ててが振り向けば、
適当な岩に腰をかけ、黒髪をくりくりといじりながら笑みを浮かべている女がいた。
先ほどまで一切の気配を感じなかったというのに、女は一瞬にしての背後に現れた。
不気味なほどに静まりかえった伏魔殿と、得体の知れない女。
けたたましくの本能が危険を知らせる警報を鳴らす。
「ふふ、顔もいいし……。性格もフェミニストなのかしら?」
楽しげに笑う女。だが、が警戒していることには気づいているはずだ。
なのに彼女はそれを無視するかのように親しげに声をかけてくる。
「あなたを好きになった女の子も大変ね。――ところで、お兄さんお名前は?」
「……です」
「あなたにぴったりのいい名前ね。そうそう、私は。好きに呼んでくれて構わないわ」
彼女の浮かべる笑みは実に妖艶で、どんな人が見ても美女と思うようなものだった。
も女――のことを「綺麗」だとは思ったが、それを上回る危険性をは持っていた。
その美しい姿はフェイクで、もしかすれば自分を落とし入れるための演技なのかもしれない。
自然にそう思ってしまうほどに彼女の表情はには作り物に見えた。
「あの、さんはここで何をしていたんですか…?」
彼女の雰囲気からして、天流の人間では絶対にないはずだ。となれば、地流か神流の関係者だろう。
天流に属しているにとってはどちらであろうとそれは敵だ。
ただ、地流か神流かで大きく実力が分かれるだけのことだ。
「待ち伏せかしらね?…そういうあなたは?」
「僕は…、神流という流派のことを調べているんです」
に問われはあえて神流の名をだした。
神流のことを知らない地流であれば不思議がるだろうし、神流であればそれ以外のリアクションを起すとふんだからだ。
そして、の起したリアクションは意外なものだった。
「そう、よく勘が働くのね。ここはよく神流闘神士が通るわよ。――もちろん、私も含めてね」
「――ッ!?」
「類は友を呼ぶ――まさにそれね。ヤクモちゃんもあなたと同じ、イイ顔をしていたわ」
は自らすんなりと神流闘神士であることを明かした。
相手が神流闘神士とわかったところでドライブに伸ばしていた手をあげ、式神達を降神しようとするもの体は自由を失っていた。
の体の自由を奪っているのは目に見えない糸と威圧感のようだった。
「でも、あなたはヤクモちゃんより頭が回るみたいね。賢い子は好きよ」
「僕はあなたに好かれても嬉しくはないです」
「あら、残念」
「…僕をどうするつもりなんです?」
睨みつけるような視線をに向けるが、は怯む様子もなく相変わらずその顔に浮かべているのは笑顔だった。
だが、にどうするつかりか尋ねられ驚いたような表情を見せた。
「……ごめんなさいね、特になにも考えてないわ。あなたはどうして欲しい?」
苦笑いでに謝罪する。それに面食らったのはの方だった。
倒すなり、人質にするなり、そんな事を言われるのだと思っていたには拍子抜けする答えだった。
の表情をうかがう限り、それの答えは演技のようには見えなかった。
「僕としては、この糸から解放して欲しいですけど……」
「お安いご用ね」
「えぇ?」
駄目元で開放してくれるようにが言うとは二つ返事でを、糸と威圧感からの呪縛から解放した。
またもや予想を大きく外れたの行動には呆然としている。
そんなは楽しげに見つめていた。
「私ね、神流に所属しているけど、それほど他の神流の連中がやっていることに興味はないの。
私は愉しいことにしか興味はないもの」
「信用しきれませんけど、もしそうだとしたら他の神流の皆さんが可哀相ですね」
「いいのよ。私は愉しいから」
笑顔で答えてくれるは思わず「女王様だよこの人」と思ってしまった。
だが、警戒すべき相手であることを思いだし咄嗟に身構えるが、
の方にはなにもアクションはなく、はただ笑みを浮かべているだけだ。
「ふふっ、警戒心剥き出しの小動物みたいで可愛いわねちゃんは。
でも、そろそろ時間だから失礼させてもらうわね」
そう言って立ちあがりに別れを告げた。
すると、一陣の強い風が吹き抜け、が現れたときのように一瞬にして彼女の姿はなくなっていた。
疑問ばかりを残したの大よその情報を整理しようと思案しようと腕を組んだ矢先、
つんざくような声がの耳に入ってきた。
!!無事?無事!?無事なの!?!?
「あの女になにもされていないだろうね!?」
「あんな女の色香になんて惑わされるじゃないわよねぇ?」
「あー!ライザ抜け駆け禁止ー!!
、気分が悪いんならあたいが看病するよ」
ツルヤッコも駄目ー!
声をあげたのはドライブで控えていたの式神達だった。
どうやらによってドライブから出ることを封じられていたらしい。
それで、ドライブの中でが危機に陥っていながらも手も足も出すことができず、ドライブの中で地団駄をふんでいたようだった。
その反響か、3人は今までにないほどの争奪戦を開始した。
そんな中でことの原因のはただ苦笑いを浮かべるだけで精一杯だった。