「お久しぶりです、ツクヨミさん」
「ええ、お久しぶりですね様」
姿を見せた客人には、目を向けていた本から視線を外して客人である闘神士ツクヨミを見た。
はツクヨミが来てくれたことが嬉しかったのかにこにこと笑顔を浮かべてツクヨミを向かえた。
ツクヨミもの訪問が嬉しかったのようで笑顔をに返している。
しかし、二人の世界ともいえるそんな状況に一人ぽつんと置いてけぼりを食らった人物がいた。
「…………」
まるで久々に再開した恋人同士のような状況を目の前にしてヤクモはただ固まるしかなかった。
そして、ヤクモは直感で今日という日が自分にとって厄日になることを予感し始めていた。
〜〜
ツクヨミがこの本殿に来たのは、ヤクモの父であるモンジュに相談事があったからだという。
しかし、その相談事が予想以上に時間がかかりそうだということでモンジュの提案でツクヨミはの元を尋ねていた。
相談事が解決すればモンジュが来てツクヨミは帰るのだろうが、
どうにもすぐに方のついてくれる相談事ではないようだった。
「…でも、珍しいですねツクヨミさんが本殿を頼ってくるなんて」
「ああ、こちらでも手をつくしてみたんだが、どうにもならなくてね。
私が来るのは不味かったかい?」
「え……、いや、そんなことないですよ」
他意なくツクヨミがこの本殿の力を頼ってきていることはわかっているし、
先輩闘神士として尊敬できる存在が来てくれたのだから護衛の意味を考えても、力強い限りではある。
だが、ツクヨミはヤクモの思い人であるを口説くような節が時々見られるのだ。
そんな場面に何度か立ち会ったことがあるおかげで、ヤクモの中でツクヨミは要注意人物となっていた。
「お待たせしました」
眉間に皺を寄せてヤクモがどうしたものかと一考していると、愛しい姫君の声がヤクモの耳に届いた。
三つの湯のみと可愛らしい急須とお茶菓子をお盆に乗せて少し危なっかしい様子だ。
それを見てヤクモがてだすけをしようと立ちあがろうとしたときには、ヤクモは自分が出遅れていることを知った。
「あっ…、ありがとうございます。ツクヨミさん」
「様、無理をしてはいけませんよ。
言ってくだされば私達はいくらでもお手伝いするんですから」
いつの間にやら立ったのか、ツクヨミは一歩お先にのもとに行き、の手の上にあったお盆を持っていた。
あまりの対応の早さに一瞬ヤクモの動きが止まる。
だが、そんなマヌケな姿を見せまいとヤクモもすぐに行動を起した。
「そうですよ、姫様。お茶をこぼして焼けどでもしたらどうするつもりなんですか」
ツクヨミにお盆を渡すように目配せをしてツクヨミからお盆を受け取りながらヤクモはツクヨミの意見を肯定するように言った。
少し説教くさいかとも思ったが、は二人が怒っているのではなくて、
心配してくれているとわかっているのか少し申し訳なさそうな表情をしている。
ヤクモが心の片隅で「言いすぎたかな?」と心の中で反省しているうちにまたまた、ヤクモは出遅れた。
「しかし、様のお心遣いは嬉しかったですよ」
爽やかな笑顔でさらりと言うツクヨミ。
先を越されたというよりは、持っていかれたという状態の方が正しいのかもしれない。
だが、ツクヨミにおそらく他意はないのだろう。
ツクヨミとしては、ただをフォローするための言葉だったのだろうが、端から聞いていれば口説き文句にも聞こえた。
実際、端で聞いているヤクモは意気消沈だ。
しかし、は相当色恋に疎い。故にヤクモが考えているほどツクヨミの言葉に特別が効果はないのだが、
自分のペースを乱されて冷静な考えを失ったヤクモがその事実にいきつくことは今の状態では絶対にないだろう。
そんな打ちひしがれているヤクモをよそに、
とツクヨミはテキパキとお茶の用意を勧めておりヤクモが我に帰ったときには、
ヤクモの前には温かそうなお茶と美味しそうなお茶菓子がおかれていた。
一応、意識はそぞろだったもののちゃんと二人――いや、の手伝いはしていたようだったが、
「自分の意識がない間になにかあったのでは!?」と考えはじめてているヤクモは被害妄想者に近かった。
「お茶菓子がお口に合えばいいんですが…」
「自信を持ってください、様。
様の料理の評判はヤクモくんからうかがっています。天流一美味しいとね」
「ツ、ツクヨミさんっ!」
「照れることじゃないだろ?君が言ったことなんだ」
ヤクモの顔がゆでだこのように赤くなっていく。その様は肉眼でわかるほどに鮮明だ。
ツクヨミの言う通りにヤクモはツクヨミの前での料理が美味しいとは言った。
そのときにどうして新婚の夫みたいな台詞を吐いたかはわからないが、
ツクヨミも態々そこまで言うことはないだろうにとヤクモは少しツクヨミのことを恨んだ。
事実を言っただけであって、
なにも悪いことをしていない笑顔のツクヨミに少し恨めしそうな視線を向けヤクモは赤くなった顔を押さえた。
だが、いつまでも顔を隠している訳にもいかず、意を決しての顔をうかがった。
「ありがとうございます、ヤクモさん!
これからもヤクモさんが天流一って言ってもらえるように頑張りますね!」
少し照れているのかの頬が薄く朱に染まっている。
そんな滅多に見られない愛らしい顔で更に笑顔まで浮かべているはヤクモには少々刺激が強い。
「お、俺も姫様に見合う闘神士になります!」
勢いあまってヤクモはガシリとの手を掴む。
ハッとヤクモが我に返ると少し困惑気味のの顔でヤクモの目に入った。
ヤクモは慌てて手を離し「すみません!」と謝罪した。
も少し戸惑った様子ではあったが、「気にしないでください」と笑顔で答えを返した。
「(……これでよいのかな?)」
初々しいヤクモとを見てツクヨミはニコリと笑っていた。