見渡せば見なれぬ空に、見なれぬ大地。
見なれていない風景達だが、馴れた状況ではあるので伏魔殿に迷い込んでしまった六花のは慌てることはしなかった。
だが、いつもと少し違うのは、今がいるこのフィールドに強力な呪力がかけられていることだ。
おかげで予測の能力が使えなくなっている。
おかげで迷わなくはなっているだろうが、どうやら全ての能力までも封じられているようだ。
「……どうしたもんか」

 

 

 

〜〜

 

 

 

当てもなくこのフィールドから出ようと歩みを進めてみるものの、一向にこの伏魔殿から脱出できそうな気配はない。
寧ろ、更に迷っている気もしている。
だが、予測の力を失っているのだからあくまで勘でしかないのだが。
「あら、このフィールドに式神が迷いこむなんて珍しいわね」
どうしたものかと頭を悩ませていると、不意に背中から声がかかった。
ふりかえって見ればの背後には、赤髪を持つ一人の式神であろう女性がいた。
飛行能力があるのか何もない宙に座り、フワリと浮いている。
その式神は薄い笑みを浮かべながら、面白い玩具でも見るような目でを眺めている。
は馬鹿にでもされているかのような気分になり不機嫌そうにその式神を睨んだ。
「まぁ、そうやって警戒することもないじゃない。闘神士がいない式神同士なんだし」
「闘神士の有無関係なしにお前の存在自体がいけ好かないんだよ」
「……はっきり言ってくれるわねぇ。初対面の相手に遠慮ってものはないのかい?」
「お前だってこっちのこと値踏みしただろ」
が不機嫌そうに言葉を返すが、相手は「あら、気づいてたの」とまったく反省している様子はない。
反省の色を見せない相手に一瞬くってかかろうかとも思ったが、
どうにもこの相手にくって掛かったところで今と同じ状況になる気がして開きかけた口を一度閉じた。
「……聞きたいんだが、ここはどこだ?」
「ここはどこ、ねぇ?ここは、伏魔殿よ」
このまま一人でここをさまよっていてもどうにもならない。
そう判断したは、腹は立つが是に腹は変えられないと仕方なさげに赤髪の式神に質問した。
だが、相手はがどういう意味で「ここは何所か」と、
尋ねているのかを理解しているだろうにも関らず、わかりきった答えを返してくる。
思わずの額にも青筋が走った。
「お前……、わかって言ってるだろ!?」
「あらあら、ここが伏魔殿であるのは確かでしょう?嘘はついてないわよ。
それに、名前も名乗らないで自分の必要な情報を引き出そうなんて図々しいんじゃなーい?」
が怒鳴るが相手は涼しい顔をしている。
それどころか、悪いのは自分ではなくてだと言い出す始末だ。
なんとも横暴な相手にの表情が歪み、また怒鳴る。
「な、名前なんか答えなくたって、普通に教えてくれたっていいだろ!」
「情報交換の基本は等価交換でしょ?
名前を教えるだけでこの場所の情報がもらえるなんて破格だと思わないかい?」
「お前が正しい情報をくれるとは思えないね」
「信用ないのね、寂しいわねぇ」
単なる演技ではあろうが、品を作って悲しげに言う赤髪の式神ではあったが、
からしてみればウザい存在以外の何者でもない。
それが相当の表情に出ていたのか赤髪の式神はつまらなそうに溜め息をついたが、
の次の一言でニヤリと企んだような笑みを浮かべた。
「女に品作ったって意味ないだろ普通」
「ふふ…、女が女にねぇ……。
確かに、あんたの言ってることも正しいけど、いつ誰がなんて言った?」
はいぃ!?
思いがけない回答には素っ頓狂な声をあげた。
外見も、言葉使いも、仕草も、全てどう見てもそれは女のものだ。
なのに赤髪の式神はおかしなことを言う。「いつ女なんて言った?」の背筋に悪寒が走る。
今まさに、に最悪の事実が襲いかかろうとしていた。
まるで女のように艶気を持った妖艶な笑みを浮かべて赤髪の式神はの顔にその手を伸ばす。
今までに感じたこののない恐怖感と悪寒にの動きは封じられてしまっている。
大声をあげて助けを呼ばなくては、とも思ったが体が動かないのと同様に声も出せない。
「期待に答えられなくてごめんなさいな。残念だけど、あたいは男よ?」
ギャ――!?
「あら、感動したからってそんなに叫ばなくてもいいのに〜。ふふ、よく見るとあなた小さくて可愛いじゃない」
「小さいって言うな!つーか、俺は女男になんか興味はねぇ―!!」
「残念、あたいは興味があるのよ。えーと、六花のちゃん?」
「!?」
クスリと色気をふんだ笑みを浮かべた女だと思っていたら男だった彼に、
教えたはずのない自分の名を呼ばれてまたの背筋に悪寒が走る。
自由を取り戻した体でなんとか抵抗するが、体格差のある男にそう簡単に勝てる訳もなくに危機は迫る一方だ。

 

 

ウン

 

 

空を裂くように銃声が響く。
だが、「よう」ではなくて実際に赤髪の式神の頬すれすれの空を、銃弾が切り裂いていた。
「ライヒ殿……、おいたが過ぎるんじゃありやせんか?」
「あ〜らら、お守役の登場かい?随分と今日はお客が多いねぇ」
銃弾を放ったのは、酷く殺気を放っている霜花のオニシバだった。
落ちついた言葉とは対照的に、その身がまとう殺気と憎悪は冷静な存在が纏うオーラではない。
だが、それをオニシバは振り払うつもりはないようで、さっきの満ちた視線を赤髪の式神――ライヒに向けている。
だが、ライヒはオニシバの睨みなど、ものともしていないようでの顔から手を離してはいるものの、
自分の元から逃がさないようにと確りとの腰に腕をまわしている。
「お前さんの体に風穴が開かないうちに、さんを離した方がお利口さんですぜ?」
「あんた程度の小者にやられるほど、まだまだあたいは落ちぶれちゃいないよ?」
「どうですかねぇ…?なにせ900年ぶりの娑婆だ、腕が鈍ったって恥じることじゃありやせんよ」
「ほぉ〜…、随分と偉くなったもんだねぇ、散々いたぶられたってのにねぇ」
二人の間を段々とドス黒い何かが覆っていく。その空気は重い。
「昔の栄光をすぐに持ち出すってのは、年老い始めた証拠らしいですぜ」
「そうかい?なら、昔の栄光じゃあなく、今の栄光にして欲しいかい?」
「闘神士のいない朱玄なんざ、赤子より怖かありやせんがね」
「…オニシバ、ここが何所か忘れてやいないかい?」
ライヒの一言で全てが凍りつくような寒さを感じた。
火の属性を持っているフィールドだというのに南極の如く吹き荒ぶ風は冷たい。
だが、ライヒの注意がオニシバに向いたことによっての腰にまわされたライヒの腕には大した力は入っていない。
今ならばライヒの腕から逃れることができる。それを見計らってはなんとかライヒの腕から逃げ出した。
「あら」
「お間抜けな格好で、ライヒ殿」
に逃げられたライヒを見てオニシバは勝ち誇ったように笑った。
オニシバの思惑通りだったというわけではないことは確かだが、ライヒがを逃がしてしまったことは確かなこと。
それが気に食わなかったのかライヒが不機嫌そうに指を鳴らすとオニシバに向かって炎の固まりが降ってきた。
気を抜いていたせいもあり、それに気付くことのできなかったオニシバは、
ライヒの攻撃であろうそれの直撃を受け、声をあげる暇もなくぶっ倒れた。
「…………」
「どうだい?あたいの実力を思い知ったでしょ」
「あ、ああ……」
「自分の闘神士の元に帰りたいのだったら南に進めばいいわ。
今日はいい暇つぶしになった、ありがとね、ちゃん」
気を失ったオニシバの首根っこをムズンと掴みライヒは笑顔で赤く染まっている空へと消えた。
それを目で追いながらはできれば二度と会いたくないと思うのだった。