好意を寄せていても、俺は彼女に厳しく接してしまう。
『男としてであったから』なんていうのはただのいいわけ。それは本当の理由じゃない。
ただ恐いんだ。彼女が傷つくよりも自分が傷つくことが。
〜〜
リク達が寝静まった頃、は一人月明かりを浴びていた。
青白く光る月明かりはを妖しくも優しく照らしている。はその目を閉じ、何かを感じていた。
だが、不意に目をカッと開き印を踏んだ。『失敗しなければいいがな』とは心の中で思った。
の印は伏魔殿への道を無理やりこじ開ける術だった。
そして、一瞬空間の歪みを感じたかと思えば次の瞬間にはそこは伏魔殿だった。気配を探る。
がここへ来た理由はある人との修業のためだった。
「来たな、」
「ヤクモさん。少々お待たせしてしまったようですね…。付き合わせているというのに申し訳ありません…」
は申し訳なさそうに頭を下げた。
そんなを見てヤクモは『差ほど待ってないから』とフォローしようと心の中で思ったが、
口から出る言葉は心の中の思いとは裏腹だった。
「すまないと思うなら、早く修行を始めるぞ」
素っ気無く言葉を放ちすぐさま式神――ブリュネを降神する。
は戸惑ったように『はい』と答えてヒョウオウを降神した。ヤクモは自分の中で溜息を付いた。
どうして、もっと優しく接することができないのか、せめてこんな何とも攻撃的な言葉を並べたくはない。
だが、ヤクモの口は正直というか、静止を言う言葉を知らないというか…。
「今日は式神を使うな。ブリュネから闘神符だけで後ろを取れ」
「それはいささか、危険過ぎるのではありませぬか?」
ブリュネが不安気にヤクモに尋ねるがヤクモの口からは『これで落ちるのなら、そこまでの奴という事だ』と冷たく言った。
はそのヤクモの言葉を聞きブリュネに静止をかける。
そしてヒョウオウに下がっているように言いその手に闘神符を握った。
「了解しました。始めましょう」
にやりと笑っては戦闘態勢に入る。
ブリュネはまさか本当にそのような修業をが受けるとは思ってはいなかったようで、
笑みを浮かべて『修業』を開始させたに一歩引いた。だが、そんなブリュネにヤクモは檄を飛ばし印を切る。
「必殺!螺子式貫通波ッ!!」
ブリュネの拳から竜巻が巻き起こりに向う。
一瞬式神二人の背筋に『やり過ぎだ!』と声が上がるがそれは完全に心配のし過ぎだった。
は冷静に闘神符でブリュネの技を打ち消し逆に攻撃をはなってくる。
その攻撃も適切で、ブリュネの苦手とする木属性の攻撃だ。樹木の根がブリュネを捕らえようと突き出し空を切る。
樹木は所詮樹木。飛行できるブリュネを捕らえるなどはっきり言って少々無茶な話しだ。
だが、そこまでは馬鹿でないことをヤクモは知っている。この攻撃はあくまで下準備。弱さを見せて隙を突く。
それがのよく取る戦闘パターンであり、必勝パターンだった。
しかし、そのパターンのレパートリーを増やすために修行をしているのだ。そのパターンの使用を許すわけにはいかない。
故にヤクモは印を切る。
「必殺!螺子式貫通波ッ!!」
二度目の技。それは樹木の根を引き裂いた。は舌をうつ。
折角用意した伏線がそう易々と切り裂かれては次の作戦へ移れはしない。それにここは伏魔殿。
無駄に闘神符を使っていては気力が尽き、倒れる事になる。そうなっては闘神士としてはなかりの情けない状況だ。
上手く切りぬける方法はないかと頭の中であれこれと模索する。しかし、その思考を遮るようにブリュネの拳が飛ぶ。
瞬間的にそれに気付き交わしたからいいもの、これをまともに受けていた日にはどうなっていたのかは少々疑問に思った。
酷く冷静なに変わってヤクモとブリュネの心中は穏やかではない。
もっと早く交わすと思っていたが思いのほかギリギリまで交わさなかったためにかなりその心臓に負担をかけていた。
「!ボーっとするな!」
ヤクモがに向って怒鳴る。
心配して怒鳴っているのだが、恐らくは自分へ檄を飛ばしているのだと思っているだろう。
「はいっ!では、次の作戦を決行させていただきましょうか…」
薄く笑みを浮かべは闘神符をブリュネに向かって放つ。闘神符はブリュネをすり抜け空を切って発動した。
ブリュネの後ろに鏡が現れる。そしてその鏡には当然ブリュネが写っている。
しかし、それは一切問題ない。だが問題の直に起きた。
「こ、これは!?」
鏡の中から『ブリュネ』が出てきたのだ。
闘神符によって作られた鏡は5枚。そして鏡から出てくる『ブリュネ』も五体。すべて鏡から出てきているのだ。
姿はもちろんのこと、動きまでも一切のずれなく動いている。
「鏡を壊せば意味はない!ブリュネ!破壊しろ」
「「「「「イエッサー!」」」」」
ヤクモの命令がくだりブリュネは鏡を破壊しようと鏡に飛びかかるが、それを『ブリュネ』達が行く手を阻んだ。
ヤクモ達が『ブリュネ』に手間取っている間には着実にブリュネの背後へと近づいていた。
あの『ブリュネ』達はあくまで囮。本命は最後に使う予定の呪縛の一手なのだ。
「最後でありまするッ!!」
最後の1枚になった鏡に対して強烈な一撃をブリュネは叩きこんだ。
それと同時にはブリュネの後ろを取った。ニヤリと笑みを浮かべ、は勝利を確信した。
そして、更にその勝利を確実なものにするためには手にしている闘神符を発動させる。
だが、それは突然発動を停止した。
「詰が甘かったでありましたな」
「………ご尤も」
首根っこをブリュネに掴まれは観念したように言った。に後ろを取られたはずのブリュネ。
しかしそれはブリュネではなかった。そうそれは、ヤクモが作り出した『ブリュネ』だった。
そう、ヤクモはが鏡を使った作戦を開始した時点ですでにこうなることを予想していたのだった。
「まさか、この戦法が破られるとは思っても見ませんでした」
「知り合いがこの戦法を使っていた。……だが、そいつならば今のは上手くはぐらかしていただろうがな」
「まだまだ、未熟者だということですね」
苦笑いを浮かべては言う。ヤクモも少し表情を柔らかくした。
「様、そろそろお戻りにならないと…」
遠目から戦いを見ていたヒョウオウがに言った。は『もうそんな時間か?』と尋ねた。
「いえ…月が陰り始めていますので…」
「ああ、そうか。ヤクモさん。本日もお付き合いいただきましてありがとうございます。
本来であればお礼の一つも致したいのですが…」
「気にする必要はない。俺もいい修業になっているからな…何もないとは思うが、気をつけて戻ってくれ」
「はい。では…失礼致します」
襖が現れとヒョウオウはその中へと消えていく。ヤクモとブリュネはそれを黙って見送っていた。
「……なにも発展といえるものがありませんでしたな」
「…五月蝿い」
平然とヤクモに言うブリュネ。そんなブリュネにヤクモは不機嫌そうに言葉を返すのだった。