闇夜に浮かぶ月は神秘的に輝き美しい。
だが、は今自分の前にいる「敵」の方が美しいと思った。
自分と同じ白髪は時に虹がかかったかのように輝く。
それは、この月と星だけが輝く闇夜にかかるはずもない虹がかかったかのように見える。
「俺は、綺麗なお姉さんとは戦いたくないんですよ?」
いつもの調子で自分の前にいる女性闘神士――両儀に声をかけるであったが、
はの言葉など一切聞いていない様で、を見るその目には殺気だけが込められていた。
〜〜
「女性に手を上げるなんて、最低の男がやることなんですが」
「……女性に手を上げなくとも、愚かな闘神士の配下についている時点で貴方は最低よ」
「おっと、手厳しい」
困惑した様子で言葉を返してみるものの、が何を言ってもの耳には戯言に聞こえるらしい。
しかし、それも納得できること。にとっては憎い愚かな闘神士に助力する愚かな陰陽師なのだ。そんな存在の言葉に一々まともな言葉を返していてはこちらの身がもたない。それを考えれば、当然といえば当然のことだ。
今、とが対峙している理由はただひとつ。戦うためだけだ。
だが、にむやみやたらに戦うつもりはない。元々、戦いのサポートにまわるのは得意だし、嫌いではない。
だが、自分自身が戦うのは好きではない。ましてや、相手は女性なのだ。
としては戦うよりも、こんな綺麗な月夜なのだから月見としゃれこみたいことろ。
しかし、それを相手が承諾するはずがない。
「しつこいけど、退かせてくれるつもりも、引いてくれるつもりもないのか?」
「本当にしつこいわね。ここまで追い詰めたんだもの、逃がす訳がないでしょう」
が最終確認のために問うが、
は何度も問われていること故に不機嫌そうに淡泊な言葉をに投げやった。
そんな返事をもらいは困りきった表情で深い溜め息をついた。
「だよなぁ。……俺、戦いたくないんですがね、あなたとは――」
「なら、戦わなくたっていい。大人しく、殺られればそれでいい!」
「うわっとい!」
の言葉を遮ってがに攻撃を放つ。
式神が人を殺めれば式神は彼らにとって地獄である名落宮へと落ちることになる。
そんなことを式神を愛すがするはずもなく、式神との契約をなしていないに対しては肉弾戦をしかけてきた。
間一髪でなんとかの攻撃をかわすも、の剣の錆になるのも時間の問題といえる。
はっきり言ってでは勝算はない。本気を出せば、負けることはないだろうが、勝つことは不可能だ。
「お互いに違う立場だったら、同じ白髪同士、仲良くなれたかもしれませんね」
「ふんっ、ありもしないことに憧れるなんて、あなたも存外…、子供ね」
「子供心をなくしちゃ、人生楽しめないぜ?」
今までに身につけてきた多くの術や体術を併用しつつはに剣を使い攻撃を仕掛ける。
しかし、も簡単に負けてくれるつもりはないようで、符術を使いながらなんとかの攻撃をかわしている。
時折、の隙をうかがっているようだがはに攻撃の隙を一切与えず、たたみかけるように攻撃を仕掛けている。
しかも、攻撃の回数が増すたびにの攻撃のキレは増していく。
これには、攻撃をかわしていたも苦痛の色を見せた。
「戦いたくない。そうは言っても所詮貴方も、我が身可愛さに剣を取る。
死にたくないから……式神を使って自分のみを守るのよ!!」
「…っ」
がそう叫びに渾身の一撃を叩きこむ。
一旦はもの剣での攻撃を受けとめるも、その後に放たれた強烈な蹴りが腹部に直撃する。
の体は宙へと放り出され、糸の切れた操り人形のようにぐしゃりと大地へと倒れこんだ。
鉄の独特な匂いがの口の中いっぱいに広がった。
おそらく、腹部を蹴られたことによって血を吐き出してしまったか、口の中を切ったのだろう。
酷い不快感に吐き気を覚えるが、ここでぼーっとしていてはの攻撃のいい的だ。
すぐに体を起こし攻撃を回避できる状態にする。
だが、こんな状況では、体が反応に追いつくかが不安なところだ。
「大人しく負けを認めなさい。そうすれば、痛みなく送ってあげるわ」
「綺麗なお姉さんの手で葬られるなら本望……、って言いたいところだが、まだ俺もやり残したことがあるんでね。
そう簡単にはあなたの手はお手には触れられませんよ」
「…っくだらない、あんな闘神士のために命をかけるなんて、貴方、本当に馬鹿だわ」
「類は友を呼ぶ。馬鹿の周りには馬鹿がどうしてもあるまるもんさ」
の言葉を聞いたは不機嫌そうに「ふん」と鼻を鳴らしてに最後の一撃を見舞おうと神経を集中させる。
一時は、ほどの実力のある陰陽師を失うのは惜しいとは思った。
だが、愚かな闘神士――ヤクモを守るというの決意を、
は自分の決意と同じぐらいに固いものだと直感で感じていた。
強い決意を持ったものだけができる行動や、言動、そして目というものがある。
それをがしているようには感じたのだ。
「消えてもらっ―――!?」
がに剣を振り下ろそうとした瞬間だった。
突然、大地が光り、の体は金縛りにでもあったかのように身動き一つ取れない状況に陥ってしまったのだ。
いくつもの戦場を戦いぬいてきただ、驚きはしたものの慌てることはせずに冷静にことを見極めていく。
しかし、が陰陽術などを使った形跡は残っていない。
「っ痛ぅ―……。やっぱり女性と戦うには心底俺は向いてないな」
口元についた血を乱暴にぬぐいながら、はすんなりと立ちあがった。
が微動だにできないというのに、が悠々と動けるということは、が動けない原因はなのだろう。
がキッとを憎らしげに睨むが、は苦笑いを浮かべるだけだった。
「俺がここからある程度の距離を取れば自動的に身動きは取れるようになるから安心してくださいな。
……まぁ、俺の言うことだし信用できないとは思いますけどね」
「当たり前よ!貴方の言葉なんて…!!」
「まぁまぁ、そんなに怒らないでくれよ。可愛い顔が台無しだ」
「ッ――!?」
「おお〜、以外とウブなんだな。まぁ、そこも可愛いけどな。
それじゃ、また俺を葬りに来なよ。俺はあなたとの逢瀬……、中々楽しんでるからよ」
「ふ、ふざけるな〜〜ッ!!」
頬に口付けをされ、に向かって顔を真っ赤にして怒鳴るをよそに、
はいつも通りにケラケラと笑いながら怒鳴るに向かって、
ひらひらと手を振りながらの前からその姿を消していた。