現れたのは何十体かの妖怪達。
少女――はドライブを構え式神を降神する。だが、印を切ることはせず、己の式神の戦い振りを眺めている。
のそんな態度に灰龍のスイハはなんの文句をいうこともなく次々と妖怪達をなぎ倒していく。
この状況は彼女達にとってはいつものことなのだろう。
「ふぅ……、なんか最近妖怪が襲ってくる回数が多いよな」
『だな』
スイハが最後の妖怪を消し去るとは面倒くさそうに声を出した。
のドライブに戻ったスイハもの言葉に共感を覚えたらしく肯定の言葉を返した。
ここ2.3日で既には5回以上は妖怪に襲われている。
無駄な戦いを好まないのこと、できるだけ妖怪との接触は避けるようにいつも行動している。
そのおかげでいつもならば滅多に妖怪に襲われることなくそれなりに平和な時を送っているが、
今は同じことをしていてもこうやって何度も妖怪に襲われている。これはどう考えても異常だ。
原因は何かと一考しようと考えをめぐらせようとしたその瞬間。
不意にの耳に小さな拍手の音が届いた。

 

 

 

〜〜

 

 

 

ぱちぱちと拍手の音が響く。は慌てて不意に増えた気配に向かって殺気のこもった視線を向けた。
武士をして育てられてきたの殺気のこもった視線は、現代人であれば誰しもが怯むほどの威圧感を持っている。
だが、に拍手を送っている男には、の殺気は意味がないようで、男は顔色ひとつ変えずに笑っている。
「はじめまして貴方の戦い、見せていただきましたよ」
「…人が襲われてんのに高みの見物かよ」
が不機嫌そうに男を睨む。
に睨まれて男は申し訳なさそうな表情で、助太刀に入る機会を失ったと弁解しているが、
はこの男が本当に申し訳ないと思っていないということがわかった。
表情は変わってもその瞳の色が変わっていないのだ。だが、ほどの洞察力がなければ騙されていただろう。
「申し遅れましたが、僕はというものです。
実は、あなたに折り入って相談があるのですが……、聞いて頂けますか?」
一見、男――の笑顔は優しそうに見えるが、
の第六感ははけたたましくが危険だということを告げている。
そしてまた、の式神であるスイハもいつになく相手を警戒している。
面倒そうであれば闘神符を用いて逃げようかと思ったが、どうやらそれも上手くいきそうにはない。
「話だけは聞いてやるよ」
は取り合えず、策を練る時間を稼ぐためにに相談とやらを話すように促した。
 
 
 
 
 
「…さて、策は練り終わりましたか?」
「!?」
「残念ながら、僕もそこまで間抜けではないですよ」
不意にに問いかけられの背筋に悪寒が走る。
このという男はが策を練っていることを知っていながら、に策を練る時間を与えたのだ。
ということは、相手がどれだけの策を練ろうとも勝つことのできる力を持っている可能性があるということだ。
見る限り、は己の力を過信するような男には見えない。
「っち!式神降神っ!!」
「灰龍のスイハ、見参!」
戦いは避けて通れないと判断したは先手を打とうと素早くドライブに手を伸ばし、スイハを降神した。
スイハが自身満々といった感じでの前に立つ。だが、相手のに式神を降神する様子はない。
しかしだからといって、を逃がす気もないようであたりをよく見ればご丁寧に結界が張ってあった。
「これ以上、あんたに付き合うつもりはないからさっさと降神しなよ」
「降神…ですか。……僕は戦いたくはないんですけどね」
「あんたに戦うつもりがなくても、ぼく達はあんたを倒さないと帰れないんだよ。
しかも、戦う原因作ってんのはあんたの方だろ!」
本当に戦うつもりがないのか、それともこれ自体がの策の内のひとつなのかはわからないが、
は降神することを――戦うことを拒んだ。
だが、達はを倒してこの結界を解かなければ人間界に帰ることすらままならない。
それに、得体の知れないうえに、胡散臭いに対して下手にでるのも嫌だ。
「まぁ、そうなんですけどね?」
「大体、ぼくは誰かの下に付くつもりなんかない」
「おや?ずっと考え込んでいるように見えましたが……、僕の話を少しは聞いていてくれたんですね」
「…あんた、ぼくを馬鹿にしてんの?」
「馬鹿になんてしてませんよ?ただ、意外と人の話を聞いてくれる方なんだと感心していただけですよ」
「そーゆーのを馬鹿にしてるって言うんだよ!!」
好転しない状況に加えて、まったくもって気にいけ好かないに馬鹿にされては流石のも吠えた。
しかし、それはにとっては好都合のようで少し困惑気味だった表情が一瞬にして嬉々としたものに変わった。
はこのの表情の変化に気づいていないようだが、スイハは気づいたらしくその表情を歪ませた。
「でも、勘違いされては困りますね。
僕はあなたを部下にするとか、軍門に下らせる、……なんて愚劣な真似はしませんよ?」
「じゃあ、どうするつもりなんだよ」
「愚問ですね。僕も男ですよ?
何故あなたのような愛らしい方を、上司といえど他人に献上しないといけないんです?」
不意に消え失せたのは優しい微笑で、その代わりに姿を見せたのは背筋も凍るような艶っぽい笑みだった。
美しくはあるが、その笑みに含まれる色っぽさは怪しさを含んでいる。
「何をされるかわからない」そう、は直感で感じた。
「僕の『好い人』になりませんか?」
「誰がなるか―――ッ!!」
艶気を含んだ笑みで口説き落とすような勢いで台詞をはくを即行では怒鳴り倒す。
だが、は先ほどまでの穏やかな笑みに戻って「まぁまぁ」とを宥めていた。
「誰があんたみたいなやつの、恋人なんぞになるかっ!!」
「おやおや、以外とウブなんですね。
でも、多くの人間と付き合った方がいいですよ?人生何事経験ですから」
オイ、勝手にに変なこと吹きこむじゃ――」
「式神は黙っててくださいね?」
「(怖ッ!!)」
これ以上要らない知識を吹き込まれては困るとスイハがを止めようと口を挟もうとするが、
に一睨みされ情けなくもスイハは怯んだ。今までとは大きく違う真っ黒な笑み
それを見てスイハは、なんとなくだがの本性を見た気がした。
「っだぁ゙ー!くそ!早く降神して戦えっての!!」
「…出てきてくれるかどうか、わからないんですが、取り合えず………、
式神降神―――ああ、やっぱりですか」
「ん?」
「………まさか…」
が痺れを切らせて戦えと急かす。
すると、もおれたのかドライブを構え降神したが、式神はなぜか現れなかった。
唖然として間の抜けた声をあげる。いつものことらしく納得している
そして、なにか嫌な悪寒に襲われているスイハ。
各自各々が別々の考えで思考をめぐらせているとまたいきなり気配が増えた。
「コルウ、コントに付き合う気ないし」
「うわぁ゙!?」
「橘の……」
「いたんですか?コルウ」
「別に、灰龍にようがあっただけ。には用ないし」
突然の横に姿を見せたのはの式神である橘のコルウ。
オコジョを模したその小さな体は愛らしいが、どうやら性格は闘神士に似て悪いらしい。
コルウが用のあるというのは、同じく式神のスイハ。
だが、スイハの顔色が妙に悪い。というか、いつの間にやらドライブに戻っている。
「スイハ!?なに戻ってんだよ!」
霊体となったスイハを見てが出てくるように言うがスイハに出てくるつもりはないらしい。
絶対に戦いを拒むことのないスイハ。
はじめて戦うことを拒絶され困惑しているをよそに、
スイハが戦いを拒絶する理由を知っているであろうコルウは冷静に口を開く。
「戻るのも無理ないし。コルウ、木属性だし、……灰龍の弱点知ってるし
『頼むから言ってくれるなよ橘の……』
「今後の取引次第だし。とかいった?人間界に戻りたいならこの穴から逃げるといいし」
「えぇっ!?なんで僕の名前を!?」
名前を一切名乗っていないはずの相手にいきなり自分の名前を呼ばれは素っ頓狂な声をあげた。
しかし、コルウにはの質問を答えるつもりはないらしく
スイハの顔をちらりと見てから、なにも言わずに穴に落とした。
の叫び声が数秒響く。
だが、すぐにそれは止み、その代わりに怒鳴り声が伏魔殿中に響いた。
「このっ、性悪闘神士と式神がぁ!!」
「……助けたのに酷い言われようだし」
「この場合はさんの意見が正しいような気がしますが――、嫌われてしまいましたね」
穴を除きこみながら性悪式神は不満そうに呟き、性悪闘神士は残念そうに苦笑いを浮かべていた。