空は快晴、陽射しは暖かい。散歩がてら出かけていたハルナは陽射しを浴びながら気持ちよさそうに伸びをひとつした。
ここ最近、雨が続いて家に閉じ篭り気味だった分、余計に陽射しを浴びるのが気持ちよかった。
見上げれば青い空、それを見てハルナはニコリと笑った。
「やはり、天気のよい日は外に出ないと勿体無いですね」
『そうじゃな、日の光は活力の源だからの』
上機嫌で己の式神――炬火のリョウヒに問い掛けてみれば、彼女も機嫌よく言葉を返してくれた。
人も式神も、思うことは一緒のようで二人は上機嫌で目的地であるとある畑に向かった。
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ハルナは天流宗家であるリクの護衛のために京都からこの天神町に来ている。
そして、リクが管理人を務める太刀花荘に居候をしており、太刀花荘では家事を任されていた。
もちろん料理もハルナの担当で、その料理に必要な食材の調達もハルナに任されていた。
本来であれば、スーパーなどで食品を買えばそれでいいのだが、何せ居候の多い太刀花荘。
すこしでも食費を浮かせなければやっていけないのが現状だ。
『…しかし、あのご老体は気風がよいな』
「ええ、おかげで新鮮な野菜をみんなに食べてもらえるわ」
今、ハルナが向かっているのは、とある老人の畑だった。
数週間前にハルナがその老人を助けたのがきっかけで、それ以来ハルナはその老人からことあるごとに野菜を提供して貰っていた。
もちろん、無償でもらうわけではなく、収穫の手伝いをしてそのお礼という形ではある。
だが、その報酬には多いほどの野菜をくれる気風のいい老人だった。
そして、貰ったと言ってお菓子などもくれる時があった。本人曰く、なかなか会えない孫と重ねているのだという。
それでも、人から好意を向けられるのは嫌な気分ではない。
「でも、どんなお孫さんなんでしょうね?……私に似てるのかしら…?」
「まさか、この世にそう何人もあなたのような綺麗な方はいませんよ」
「っ!?」
『……毎度のことじゃが、ほんに神出鬼没じゃなガザンよ』
「お褒めの言葉として受け取っておきますよ、リョウヒ殿」
不意にハルナの疑問に答えが返ってきた。返ってきた声は式神であるヒョウヒの声ではなく男の声だった。
慌ててハルナが声のする方を向いてみれば、そこには紫色の長髪を風になびかせた男――ガザンが笑っていた。
突然のガザンの登場に驚くハルナとは対照的に、リョウヒは半ば呆れたような表情でガザンに言葉をかけるが、
ガザンはあくびれもせずにニコニコと微笑を浮かべていた。
リョウヒの言葉通りに毎度毎度、音もなく現れるガザンにハルナは少なからず警戒心を抱いていたが、
大体ガザンのペースに巻き込まれてしまい、警戒もなにもない状態になるのも毎度のことだった。
「ハルナさん、そんなに熱心に見られては流石の僕も照れてしまいますよ?」
「ええっ!?あっ、ご、ごめんなさい!」
「いえいえ、僕もハルナさんの綺麗なお顔が見れるのでお相子ですね」
ガザンに声をかけられ我に返ってみれば妙に笑顔なガザンの顔。
加えてガザンの言葉を聞いてハルナは慌てて頭を下げた。
だが、ガザンは相変わらずの穏やかな口調で、惜しげもなくふざけた口説き文句にも聞こえる台詞を返す。
いつもの冗談ではあるが、気恥ずかしいことに変わりはなかった。
「随分と見せつけてくれますな、見ているこちらまで恥ずかしくなってしまいますよ」
「おじいさんっ…」
なんとか平静を取り戻そうとしたハルナに、茶々が入る。
茶々を入れたのはハルナの目的地である畑の持ち主の老人だ。
老人は、冷やかすようにくすくすと笑いながらハルナ達の元に向かって歩いてきた。
ハルナは、「からかわないでください!」と老人に意見しようと口を開こうとするが、それよりも先にガザンが口を開いた。
「それだけ、僕達がお似合いということですね」
「な、なに仰ってるんですか、ガザンさん!」
「ふふ、冗談ですよ。僕じゃ、ハルナさんには釣合いませんから。ねぇ、リョウヒ殿?」
『さてな?お前の性格が更生されれば、ありえるかもしれんな。まぁ、絶対にありえそうにもないがな』
不適な笑みを浮かべてガザンを見るリョウヒ。しかし、ここはガザンだ。
一瞬たりとも表情を歪めずに相変わらずの笑顔で「酷いですね」と一言返すだけだった。
その瞬間、ハルナの頭の中でゴングがカーンッ!となった気がしたが、その場を和ませるように老人が軍手を渡した。
「今日は、たまねぎの収穫を手伝っていただけるかな?」
ニコリと笑って老人は畑の一角を指差した。
「…もう、リョウヒも悪乗りしないでください」
『なんのことじゃ?私はガザンにありのままのことを返したまでだがな?』
老人の指導の通りにたまねぎを収穫しながらハルナは宙に浮いているヒョウヒを注意するように言った。
しかし、リョウヒには一切悪気――というか、自分が悪いとは思っていないようでしれっとしていた。
ハルナは溜め息をひとつついて再度手を動かし始めた。
ガザンとハルナが知り合ったのはつい最近のこと、
ハルナがこの畑で手伝いをしているときにガザンが老人の元を尋ねてきたのがきっかけで知り合った。
初めこそ、あの笑顔で不信には思わなかったものの、
彼が地流の闘神士であることがわかった時点でハルナは警戒してかかるようになっていた。
しかし、先ほどの通りなわけで。警戒する暇もなくいつもガザンにからかわれていた。
まぁ、相手は自分が天流の闘神士であることを知らないのだから、敵対することもないといえばない。
だが、ハルナの勘がガザンを危険な人物だと認識していることもまた確かだった。
「(相手が本性を見せてきたら…、戦えばいいよね……)」
別に、ガザンのことを好いているわけではないが、敵意のない相手に対して警戒しつづけるというのも失礼な話ではある。
不意にそんな結論にいきついたハルナは、肩の力を抜いた。
「油断してると痛い目みるし」
「きゃあっ!?」
『闘神士が闘神士なら、式神も式神じゃなぁ』
「…ガザンと一緒にされるのは心外だし。コルウ、ガザンみたいに腹黒じゃないし」
またハルナに突然声がかかった。
しかも、それと同時にぴょんっと白い何かまでが飛び出してきたのだからハルナが声を上げるのも無理はない。
だが、先ほどのガザンの時と同様にリョウヒは一切驚かずに、
涼しい顔をして現れたガザンの式神――橘のコルウに会話を交わしていた。
コルウも驚いているハルナのことを放って笑っているリョウヒに向かって不機嫌そうに言葉を返していた。
『私から言わせれば、どちらも大差ないがな』
「ガザンは性格捻じ曲がってるけど、コルウは正常な方だし」
『私には、お主が正常とは思えぬがな?』
「ガザンは人の不幸を楽しむけど、コルウにそんな根性捻くれまくった趣味ないし。
ただ、コルウは他人に興味がないだけだし」
『ぷっ、己の闘神士相手に酷い言いようじゃ』
「コルウの品位を落としてるから、当然のことだし。
寧ろ……甘いくらいだし」
真顔で言いきるコルウにハルナはただただ苦笑いを浮かべていた。
ハルナから言わせれば、コルウもガザンも似たような性格に思えるからだ。
表面上しか見ていない所為かどうかは分からないが、取り合えず結果的なところは二人とも非常に似ているのだ。
理由はどうあれ、結果的に被害が及ぶのは、彼ら意外なのだから。
「でも、結果は大体一緒ですよね」
「……否定はしないけど、ちゃんと過程も考慮して欲しいし。
それとも、ハルナはコルウがガザンみたいになった方がいい?」このときハルナはコルウはある意味で、ガザンよりもまともだということを理解したのだった。