伏魔殿は各エリアによって四季と属性が分かれている。
今、神流が拠点としている伏魔殿は春のような暖かい気候を持ったエリアだ。
流れる雲は緩やかに流れている。だが、それとは反対に花をつけた桜達を風は玩ぶ様に揺らし花びらを舞わせた。
風に花びらが乗り花びら達は踊るかのように舞いあがっては下がる。
それを数回繰り返しながら最後には桜の花びらは地面に落ちた。
「桜…ですか……」
そんな花びら達の舞いを眺めていたのは一人の少女。
少女は少し寂しそうに桜を眺めながらポツリと一言つぶやいた。
 
 
 
〜〜
 
 
 
殿……」
「流石に、優しすぎるあの娘には少々裏切りは酷だったか」
寂しげなの後姿を、闘神符で身を隠しながら大木の上で眺めているのは、神流のショウカクとゼンジョウだった。
彼らがを眺めているのはタイザンによって監視を命じられたからだ。
は1200年前の人間で、短い間ではあったがウツホが治めていた集落に身を寄せていた人間の一人だった。
しかし、1200年前に現在の天流と地流に当る闘神士達に封じられ、
それから200年後、今から1000年前に現代に送られた。
その代償か、事故だったのか、どちらかは分からないが、は昔の記憶を失っていた。
そして、は天流の闘神巫女として育てられ、つい最近までは天流宗家に仕えていた。
だが、は神流であるが故に、天流宗家であるリク達を捨てて、こうして神流としてこの伏魔殿に身を置いていた。
「記憶が完全に戻ってないってのに…、もう少し、時間を置くべきだったよな」
不意にショウカクとゼンジョウの会話に介入してくるものがいた。
だが、その声は二人もよく知っている声で、ゼンジョウ達は声の主――ガシンを特に警戒することはなく、
態々視線を向けることもしなかった。
「…ガシン?天流宗家の監視はどうした?」
「ん?親友クンに代わってもらったよ。……やっぱり、が心配でさ」
ゼンジョウは、ガシンがこの場所にいることを不思議に思ったのかガシンに尋ねれば、
ガシンは苦笑を浮かべながら答えを返して相変わらず寂しそうな背中をしているを見た。
を連れ戻すことにガシン達は反対だった。
記憶が戻っていないを無理矢理神流に連れ戻したところで、がただ辛いだけで誰にも利益が生じないからだ。
利益は兎も角として、に対して好意を抱いているガシンとしてはに傷ついて欲しくないとうのが本音だ。
だが、神流において上下関係は絶対だ。上のものが善といえば善、悪といえば悪。っというように、
現在の神流を束ねているタイザンがを引き込むと言った時点で答えは決っていたといえば決っていた。
しかし、それでも反対ではあった。
「タイザンにが付いてなけりゃどうにかなったと思うが…、無理だよなぁ……」
「う、うむ…。それは無理だろうな」
タイザンだけなら、何度そんなことを思ったかは忘れたが何度も、何度もそんな事を思った記憶はある。
タイザン自身もかなりの切れ者であるのだが、その補佐――
というか、ある種のコントロール役をしている人間は更に切れ者だった。
その上、その補佐役は何次元か越えた恐怖をかもし出しており、無用に歯向かった日には半死人が出る。
その結果、神流の上下関係は絶対のものになったのだった。
「……………」
「……随分、ショウカクはにお熱なんだな」
ガシンとゼンジョウが影の支配者(?)のことに頭を痛めているというのに、
ただ一人――ショウカクだけは二人の会話には参加せずに、
心配そうにというか、熱心にというか、ずっとから視線を離していなかった。
それに気付いたガシンは、自分が悩んでいるというのに、
自分の思い人であるを見ているショウカクに向かって敵意のこもった視線を向けながら、
ショウカクとほとんど行動を元にしているゼンジョウにどう言うことか尋ねるためか質問を投げかけた。
「ああ、なんだかよく知らんが最近はずっとこの調子だ。
――ショウカクにも遅い春が来たか」
「…ショウカクに春がこようが、きまいがどーでもいいが、相手がっていうのが問題ありだな」
殿………、慰めて上げられればよいのだが…」
女に縁のない友人に思い人ができて喜ぶもの、恋敵が増えて面白くないもの、他人など気にせず恋焦がれるもの。
三人三様とはいったもので、見事にそれぞれの考えはバラバラだ。
だが、どちらにせよの監視とはかけ離れた事柄であることは確かだ。
「ガヤガヤと楽しくおサボリですか?三羽烏のお三方」

 

 

 

 

 

ごんっ

 

 

 

 

 

「「「―――――ッッ!!!」」」
背筋を凍らせるような声が聞こえたかと思えば鈍い音が響く。が木を殴った音)
そして、次の瞬間にはショウカク達が身を隠していた大木が大きく揺れ、
大木の上に潜んでいた3人はなす術もなくドサドサ!っと音を立てて地に落ちた。
「仕事を放って、色恋にうつつを抜かすとは……、若さ故でしょうかね?」
ジャリ…っと音を立てショウカク達の元へ歩み寄ってきたのは、恐怖の大魔王だった。
その顔には笑顔を浮かべてショウカク達に迫ってきそうだったが、タイザンが口を開いたことによっては動きを止めた。
「貴様等、もっと辛い仕事ならばいくらでもあるのだぞ?望むなら……
タイシンの様に、アノ女のお供にしてやってもいいが?」
「「「すみませんでした」」」
だが、タイザンはショウカク達のフォローをするわけではなく。寧ろ、追い討ちをかけきた。
タイザンの最強とも言える脅し文句にショウカク達は思わず身の危険を感じ即座にタイザンに反省の言葉を向けた。
その言葉を聞いて、タイザンとは満足そうに頷く。
「ふん、次はないと思え」
「よいお答えですが、今後は気を付けてくださいね」
「……なにかあったんですか?」
ショウカク達の後ろから新たな声が聞こえた。鈴を転がすような愛らしい声を持っているのはただ一人。
慌ててショウカク達が振り返ればそこには心配そうな表情を浮かべたが立っていた。
ど、ど、ど、ど――」
「いえいえ、大したことはありませんよ。
ただ、任を怠けていた不届き者に注意をしていただけですから」
勇気を出しての問いに答え様と口を開いたショウカクであったが、
上手く舌が回らなかったがためににものの見事に台詞を持っていかれてしまった。
ついでに、三人纏めて不届き者扱いだ。
「そうですか。
でも、ショウカク様達が怯えている様に見えましたので……」
「まさか、そんなことはしませんよ。……ねェ?
には穏やかな笑顔で言葉を返し、ショウカク達にはドス黒い笑顔で同意を強制してくる
思わずを除く全員が本能的に笑顔での言葉に同意した。
は少し不思議そうにしていたがに「ね?」と同意を求められ、流されるようには納得していた。
が納得したことを確認してはニコリと笑った。
「……、本題を忘れていないだろうな」
やっと空気が落ちついたかと思った矢先、思い出したようにタイザンが口を開いた。
無駄な時間を食ってしまったことに腹を立てているのか、タイザンの声音は随分と不機嫌そうだ。
不機嫌そうなタイザンの声はその場の空気に緊張を走らせるが、それをものともせずタイザンに催促されたは呆れた様に笑う。
「そんなに急かすこともないでしょう?まったく、器の小さいことですね」
「なに…?」
「…っあの様、本題というのは……?」
「ああ、すみません。今、お話しますから――大人しくしててくださいね、タイザン?
珍しくタイザンとの対決の開始のゴングが鳴り響きそうになったが、
それを察したかが話を逸らす様にに声をかけると、
は一瞬にしてまとっていた黒いオーラを消して対応したかと思えば、
くるりと視線を移してタイザンの方を見てニコリ笑った。無論、その笑みは真っ黒だ。
そんな笑みを向けられて「NO」と答えられるほど、
タイザンも命知らずでも、兵でもないので、そこは大人しく肯定の意味で頷いた。
そして、タイザンを黙らせたは視線をに戻して「本題」の説明をはじめた。
「まだくんはこの伏魔殿――というか、神流になれていないでしょう?
なので、誰か案内役も付けて気晴らしも兼ねて探索にでも行ってきてはどうかと思ったんですよ」
「あ、なら俺がその案内役引きうけるぜ?だって年の近いヤツの方が打ち解けやすいだろ?」
「ガシン、笑えない冗談は言わないでくださいね。殴りたくなるじゃないですか。
残念ですが、助平である君には任せられませんよ」
「ならば、俺が――」
無駄に体の大きいゼンジョウ殿では、圧迫感があるので駄目です」
「…………」
「まぁ、タイザンは性格的に論外として、僕が行ってもいいんですが…」
3名に不適応という判定を下しては一度口を閉じた。
三人の不満気な視線と、一人の不思議そうな視線と、もう一人の何を言われるかと身構えている視線を感じながら、
に何かが入った包みを手渡しながらを軽く挙動不審に陥っている男の前に移動させた。
「…と、いうことで確り頼みますよ。ショウカク殿」

 

 

「 !? 」

 

 

に肩を手でぽんぽんと叩かれショウカクはパニック状態に陥った。
まさか、まさか自分がそんな役目に付けるなどとは、
タイザンに対するの優しさ並に希望がないと思っていたショウカクには大きな衝撃だ。
しかし、はショウカクがパニック状態に陥っていることを知っていながら、
に包みに入っているお菓子を一緒に食べる様に勧めている。
特には疑うこともせずにの言葉に頷いていた。
「では、いってらっしゃい」
「はい、いってきます。では、参りましょうか?ショウカク様」
「――!!……う、うむ!」
笑顔のに見送られ、落ちついた様子のこの先が非常に心配なショウカクは伏魔殿の奥へと消えていった。
二人の姿が見えなくなってからやっと、取り残された三人のうちのガシンが口を開いた。
!どうしてショウカクなんだよ。あんな、女扱いの馴れてないヤツに」
「俺も、今回ばかりはガシンの意見に賛成だな」
「……。
お二人とも、一体何年僕と付き合ってるんです?僕がまともな状況を望むとでも?
「愚問ですね」と最後に言って、ガシンとゼンジョウに問われは呆れた様に溜め息をついて言を発した。
の呆れた声音はいつもと違って酷く冷静さが強調されている。
一瞬、その静けさに悪寒を感じるが、次のの一言に二人は妙に納得してしまった。
「女扱いになれていないショウカク殿の様子を――見物をするために決っているじゃないですか。
ここまでお膳立てされた暇つぶしなんて、そうそうありませんよ」