天流最強と謳われる闘神士――それは吉川ヤクモという青年。
数年前に起きた陰陽大戦を集結させ、闘神士としてのその実力は本物だ。
彼は今、その実力をかわれて天流にとってとても大切な存在の護衛の任についている。
ヤクモが護衛している人物とは、天流の隠し巫女――蒼天という少女。
彼女は強大な気力を有しており、天流にとって本当に大切な存在なのだ。
そのため、あまり外に出かける機会も少なかった。
だが、はそれに文句を言うこともせずマイペースでこの生活を楽しんでいた。
しかし、ある日のことだった。

 

ドタタタタ……!

 

太白神社の渡り廊下からドタドタと騒がしい足音が聞こえてくる。
その音を聞いて部屋の主――モンジュは今ある状況をすべて把握する。
モンジュがこの状況を把握できたのは、この足音が毎度のことだから。
ドタドタと響いていた足音が止むと、スパァッン!と音を立ててモンジュの部屋の障子戸が開いた。

 

「とうさん!様がっ!!」

 

今にもぶっ倒れそうなほどに青ざめた顔で叫んだのは天流最強と名高い闘神士――吉川ヤクモ。
残念なことに今の彼に天流最強と呼ばれている面影はまったくない。その顔はただの焦った普通の青年だ。

 

「とりあえず落ちつきなさいヤクモ。
落ちついてなにがあったか――いや、君に聞いたほうが早そうだねビャクヤ」
「かもな」

 

そう言いながら一足遅れてモンジュの部屋に入ってきたのは白髪の青年――心皇ビャクヤ。
オロオロとしているヤクモとは対照的に彼の様子はのんびりとしたもので、まったくもって焦った様子は見せなかった。
だが、気にかかる部分があるのか少々その表情は曇っている。
それが気にかかったモンジュはビャクヤに「どうしたんだい?」と質問の投げた。

 

「いや、実は……」

 

 

 

 

 

士にご用心

 

 

 

 

 

ヤクモたちの話の中心にいる少女――
ヤクモたちがガヤガヤと話している間にもの足は確りと山の中を進んでいた。
太白神社の裏山何所か。そこがの今いる現在地。そう、は裏山へと散歩に出かけていたのだ。
本当は太白神社の敷地内から出てはいけないという規則なのだが、
やはり毎日毎日同じ風景ばかりみているのはつまらない。
なので、はこうして時々だが置手紙を一枚残してふらりと姿を消すことが多々あったりする。
その度にはヤクモに怒られるだが、それでもはふらりと裏山に足を向けてしまうのだった。

 

「ん〜…!やっぱり森の空気は美味しいですね」

 

伸びをしながらは笑顔で一人呟く。
常日頃から緑に囲まれたところで暮しているが、
それでもやはり豊かな木々と草花に囲まれたこの裏山には勝ることはない。
心地よい空気の中、が適当な岩に腰掛けていると不意にの式神であるソウリュウが姿を見せた。

 

『…なにかがいる』
「えっ…!」

 

ソウリュウの声には緊張がはしっており、その声に反応したは、
すぐに下ろしていた腰をあげて持ってきていた闘神符に手を伸ばした。
本当であればソウリュウの力を借りたいたところなのだが、昔この裏山は闘神士の修業場だったらしく、
式神を降神すると妖怪が放たれるというかなり迷惑な呪を施されている場所。
故にソウリュウの降神はある意味での身を守るどころか逆に危険な目にあわせかねないのだ。
緊迫した空気がその場を支配する。
ソウリュウが感じた「なにか」それが妖怪である可能性は決して低くない。
闘神符を握るの手に汗がにじむ。戦うことははじめてではない。
だが、隠し巫女として守られてきたの戦闘回数は多いとは言えない。
加えて気の優しいのこと、戦いということ自体が得意な方ではない。
後ろはソウリュウが守ってくれているが、それでもはこの戦いの空気というものが怖くてしかたがなかった。
規則を破ったばちだろうかとは一瞬思うが突然ソウリュウが「っ!」と叫ぶとの思考は一旦停止した。
だが、すぐに反射的に振り返る。
の目にうつったのは異形――妖怪だった。
しかし、不幸中の幸いか、敵は低級妖怪。の力をもってすれば闘神符1枚で済む相手だ。

 

「っ!!」

 

しかし次の瞬間、低級妖怪がニヤリと笑うとその妖怪の後ろからうじゃうじゃと低級妖怪たちが現われた。
の背中に冷たいものが走る。
闘神符で――の力だけで退治しようと思えばできるかもしれない。
しかし、それはかなり危険な戦いになるだろう。無傷で済む可能性は限りなく0に近い。
だが、ソウリュウを降神したら敵はもっと増えるはずだ。それは危険な賭けに近かった。
片手で闘神符を構え、はもう片方の手を神操機へと伸ばした。
ところが不意にの耳に声が届いた。

 

「降神は無用ですよ」

 

が声のする方へ降り返ると、そこには紫色の長髪を風で揺らす一人の男の姿があった。
その手には神操機が握られており彼もと同じく闘神士なのだろう。
男はに動かないようにひとこと注意するとパチンと指を鳴らした。

 

「コルウ、出番ですよ」
「……面倒だし」

 

宙にぽっかりと口を開けた黒い穴。そこから出てきたのは、オコジョを模した式神――橘のコルウ。
彼女は黒い穴からぴょんと飛び出しと妖怪たちの間に立った。
そしてコルウはを一瞥するとすぐに妖怪たちの方へと向き直り、
黒い穴から取り出した薙刀をヒュンと一振りし完全に戦闘態勢に入る。
それを見た妖怪たちは一気にコルウに襲いかかる。
だが、コルウはその場から一歩も動かずにただ薙刀を振り上げた。
すると、男が静かに印を切るとコルウの前に黒い穴がまた出現しコルウが思いきりその穴に向かって薙刀を振り下ろす。

 

「キシャアアァァァ!!」

 

コルウが薙刀を振り下ろすろと黒い穴からエネルギー体が放たれる。
それは相当の攻撃力をもっていたようで、妖怪たちは不気味な叫び声を上げて消滅していった。
一気に10体以上の妖怪たちを消滅させたコルウを見ては思わず驚いて言葉を失った。

 

「…大丈夫ですか?」
「え、は、はい…」

 

コルウの戦闘力に驚いていたに男の声がかかる。それはコルウの契約者である紫色の髪を持つ男。
は驚きが未だに治まっていないようでオロオロしながら男に言葉を返した。
そんなを見て男は申し訳なさそうな表情を浮かべて口を開いた。

 

「危険な目にあわせてしまって申し訳ありません」
「い、いえ、助けてくださってありがとうございます」
「いやーホント、を助けてくれてありがとな」
「!?」

 

突如として現われたのは白髪の青年――ビャクヤ。
の肩を抱き比較的ラフな声音で男に礼の言葉を述べると、
それを受けて男の方も「いえいえ」と穏やかな笑みを浮かべて言葉を返してきた。
この二人のやり取りを聞く限り二人は知り合いなのだろう。
そんなことを頭の片隅でが考えていると不意にな怒鳴り声が響いた。

 

様っ!!」
「ひゃっ」
「うわーヤクモくんてっば恐いか――」
「煩い!」

 

キンッっと音を立てて「黙」の字が浮びあがり闘神符が発動する。
すると、先ほどまで話していたビャクヤの声が一切聞こえなくなる。
ビャクヤが声を封じられてことに文句を言っているようだが、たちにはまったくもってその言葉は聞こえなかった。
がビャクヤを不憫に思っていると、ずいとヤクモがの前に進み出た。

 

様、何度言えば気がすむんですか!お一人での外出は控えてくださいと!
それに、この裏山は闘神士の修業場!何度も危ない場所だと申し上げているでしょう!?」
「ごめんなさい…ちょっと気分転換をしたくて……」
「ゔっ…」

 

しょんぼりとした様子でうつむく。その姿は不謹慎ながら愛らしい。その愛らしさにヤクモは思わず口篭もる。
少しのあいだ沈黙が続くと不意にパンパンと手を叩く音が聞こえた。
「なんだろう?」ととヤクモが視線を上げると音の主はを救った闘神士だった。

 

「ヤクモくん、あまり様を叱りすぎるのもよくありませんよ。様は無事だったのだし、それでいいじゃありませんか」
「…っそーそー、ガザンくんの言う通り。が無事ならそれでいいだろ?」

 

を救った闘神士――ガザンとビャクヤの二人に言われヤクモは眉間にしわをよせる。
確かにが無事だったのはよかった。
だが、またこうしてふらりといなくなってもしの身に何かあってからでは遅い。
それを考えるととはいえ、黙っているわけにはいかなかった。
しかし、2人にを咎めたことを責められてしまいすっかりヤクモは悪者状態だ。

 

「……はぁ、今回はこれぐらいにしておきます」

 

溜め息をついてそう言うヤクモには酷く申し訳なさそうに「ごめんなさい」と謝罪する。
に謝罪されヤクモは返す言葉を迷いながらもに言葉を返した。

 

「わ、わかってくれたならそれでいいんです」

 

照れくさそうに頭をかきながらヤクモはから視線を背けて言う。
それを見てビャクヤとガザンはヤクモとにわからないように心の中で笑みを浮かべていた。
やっとことが落ち着いたところではガザンの方を向く。
突然自分に視線を向けてきたに対して少し驚いたのか数秒たってから「どうかしましたか?」と尋ねた。

 

「あの、さっきは助けてくださってありがとうございます。…あの、ガザンさんでいいんですよね…?」
「はい、僕の名前はガザン。お会いできて嬉しいですよ様」

 

ガザンは笑顔でそう言うと不意にひざまずきの手を取り、その手に口付けをする。
ガザンの突拍子もない行動には思わずガチンと固まる。
ヤクモに関してはその光景に堪えられなかったのか立ちながらにして気を失っていた。
ただ、ビャクヤだけは自分のいつもやっているようなことなので抵抗力(?)があるのか少したりとも取り乱すことはなかった。

 

「…驚かせてしまったようですね。すみません、癖なものでつい」
「い、い、いいえ!」

 

ガチガチに緊張したの声は少しだけひっくり返っている。
そんなの様子を見てガザンは楽しげに笑い、彼女の頭を撫でながら「可愛い方ですね」とと言った。
そしてこちらもガチガチに固まったヤクモの方だが、
相変わらずガチガチに固まったままで口から魂が抜けているようにビャクヤには見えた。
だが、放っておくわけにもいかないのでビャクヤは、
「オーイ」とヤクモに声をかけると思いのほか早くヤクモはショックから立ち直った。

 

「ガ、ガザンさん!様になにするんですかっ!!」
「僕流の挨拶ですよ。そんなに目くじらを立てることでもないでしょう。ほら、大切な姫様が恐がってますよ」
「えっ!?」

 

ガザンに言われ慌ててヤクモがの方を見てみれば、
はいつの間にやらビャクヤの陰から二人の様子を覗っていた。
それにショックを受けたヤクモは「ああ…!」と慌ててなんとか誤解を解こうと必死になっていたが、
その彼の後ろでは楽しげにガザンが笑っていた。

 

「(あーこりゃ、別の意味で、ガザンのこと恐がるだろうなぁー…)」

 

そして、取り残されたビャクヤは「あははー」と笑いながらその場の状況を傍観するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■いいわけ
 蒼天葵様からお許しが出たので、是非絡ませたかったガザン氏と姫様を共演させていただきました。
ビャクヤ兄さんと不幸なヤクモさんもとのことだったので、この2人にもご登場いただきました。
久しぶりの陰陽大戦記作品が葵さんとの共演ものだなんて幸せすぎる…!
共演の許可をくださった葵様、本当にありがとうございました!転載などは葵様のみ可のします。