「今日こそは……なんとしても!」

学園の中庭のなか、この学園の風紀委員会に属するが、決意に拳を握り締めていた。
目的はただひとつ。親友の従姉妹が授業をサボりまくり、現在は留年3年目に突入している。
風紀委員として、一人の人間として、この事態をなんとかしたいと前々から思っていたが、
説得しようとしても上手くいかないし、中々思うように行かなかった。
だが今日こそは、を更正させるべく、意味も無い使命感に燃えていた。
ビャクヤからは『ほっとけほっとけ』と言われていたが、
最近ではを進級させる事が、この学園に在籍する間に自分に与えられた、
使命なのではないかと思い始めているところだ。

「ネネ。教室にちゃんは?」
『今見てきたけど、いなかったよ』
「ツルヤッコ。屋上はどうだった?」
『いいや。いなかったね」
「じゃあライザ。食堂で早弁はしてなかった?」
『そこもいなかったわ』

の捜索の為、場所振りをしていた自分の式神たちに尋ねてみるが、
生憎手掛かりになるような事は無かった。
式神3体をそれぞれ別の場所に配置して、が授業をサボってないかチェックする。
サボってる現場を見付けたら、自身がすっ飛んで行って、注意をして教室へ戻す。
しかし、以外にも授業をサボる者はいるし、ばかりを構う訳にもいかず、
今は実技授業の時間帯な事もあり、サボってる者はいないようだが、
いつもは他の連中を注意してる間に、に逃げられる事も多い。
それ以前に、この時間帯に風紀委員の活動をするには、も授業をパスしなくてはならない。
幸いな事に成績は良い方で、予習復習をしっかりと行うという条件付きで、
授業の教科担から許可を貰って、この活動を行っているが、そろそろイタチごっこに
なってしまっている。

「とすると……、あとは御神木にいる可能性が一番高いか……。
他にも探してたら切りがないし、行くしかないね。
みんなは神操機に戻っていて。気配が漏れて警戒されたりすると困るし」

式神を神操機に戻すと、は御神木のある場所へ走り出した。
今も、刻一刻と授業は進んでいる。一秒でも早くを授業に戻さなくてはならない。
この学園の風紀を預かるものとして、この状況はなんとしても打破しないといけない、
壁なのだ。
いつまでものさばらせていれば、自身も舐められるし、
学園の風紀に悪影響を及ぼす可能性も高い。
何より、第一学年で闘神実技の教科担をしてる、の母親から、
なんとしてもを授業に出させろと、念を押されている。
ドスの利いた声で『今すぐあの子を連れてきなさい・・・・』などと言われれば、
風紀委員の活動に燃えていようが、そうでなかろうが関係ない。

少し走り続けて、そろそろ息を切らせながら、御神木を黙視できる場所に出る。
ここからは木の葉に隠れてよく見えないが、があそこで寝ている可能性は高い。

「式神降神!」
「豊穣のネネ、参上!!」

はそこにがいるかどうかチェックさせようと、ネネを降神させた。
ネネの視力はかなりのもので、遠くのものや、隠れていてよく見えないものなど、
人の視力では絶対に見えないようなものまで、見る事ができる。

「どう? ちゃんはいたかい?」
「・・・・うん。いたよ。枝の上で寝てる」

はそれを確認すると、ネネを神操機に戻した。
廊下で勝手に式神降神するのは、あまり風紀委員がやらない方が良い。
他の生徒の模範にならなくてはいけない立場上、こういうのを煽っては駄目だ。
は闘神符を取り出して靴の裏に張りつける。
すると、足音が完全に聞こえなくなり、気配を発さずに御神木に近寄る事ができた。
最初の内はここまでしなくても良かったが、
時間が経つに連れての手口は手強くなっていて、
今ではも、式神や闘神符の力を借りないと、に近付く事ができない。
しかし、今回は上手くいったようで、気付かれずに御神木の真下まで移動できた。
よくビャクヤから、知らない内に背後にまわられている事があるが、
そんな行為にも、こんな隠れた努力があるのだろうかと、少し複雑な気分になる。

ちゃん。今日もサボりかい? あまり感心しないけどね」
「・・・・ッ!」

木のふもとから聞こえてきた声に、は一瞬だけ驚いたように体を揺らした。
だが、今の状況を判断したのか、その挙動は本当に一瞬だけで、
すぐにいつも通りの態度で、木のふもとにいるを見下ろした。

「また俺を捕まえに来たか」
「うん。悪いけど、僕は諦めるつもりなんて無いよ」

このやりとりをするのも、一体何度目だろうか。
そんな不毛な争いに終止符を打つべく、今日もこうして会い見えている。
これは、この学校の風紀委員としてのではなく、
ただの一人の生徒として、ただのお節介を焼く生徒としてのの気持だ。
親友のヤクモも、が留年し続けている事を不安がってたし、
が進級するに充分過ぎる実力を持っていながらも、
授業のサボり過ぎが原因で進級できないというのは、非常に勿体無い気がしてならない。

「君がこのまま留年し続けるのは、
学園にとって大きな損失だと思うんだけどな」
「そんな事、俺には関係ないさ。
別に誰かに迷惑を掛けてる訳でもないんだし」

はクッと苦々しい表情を浮かべ、一歩退いた。
いつも話しは平行線で、が折れようとした事は一度たりともない。
まあ、そう簡単に折れてくれる相手なら、ここまで必死になる必要もないのだが。
とにかく、今のところよりもてこずっている相手など、ビャクヤぐらいのものだ。
そのビャクヤは、合法スレスレで事を行う分、風紀委員会から手を出す事ができず、
よりも更に質が悪い。完全にお手上げ状態だ。
・・・・・横道にそれてしまったが、とにかく今はのサボり癖をなんとかする事が役目だ。

「いいや。キミのように生徒の和を乱すと、
周りの人まで便乗してサボり始めて、収集がつかなくなるんだよ。
これが学級崩壊の第一歩かもと思うと、ちゃんも授業に出る気になるだろ?」
さん。教師ドラマの見過ぎじゃないのか?
そんな展開なんて滅多にないだろうし、ここの学校の教師はイロモノ揃いだ。
授業中によそ見した生徒を、式神に丸呑みさせるなんて刑が公然と実行されている。
そんな学校で、ワザワザ教師に歯向かおうとする生徒なんていないさ」

またしてもは苦々しい表情を浮かべて、一歩退いた。
こうも論破されてしまっては、上級生としての威厳がズタボロだ。
まあ確かに、マガホシの刑などと称して生徒を丸呑みさせるような教師がいる学園だ。
歯向かえば生命に関わりそうな気さえする。いや、絶対に命の保証が無い。
も授業中にマサオミに話し掛けられ、仕方なく応対している所を見付かった事があったが、
そのときは、サメのヨダレにまみれながらも、何とか吐き出された記憶がある。
いや、生きながらにヘビに飲み込まれるネズミの気持がよく理解出来た。
の場合は頭から食べられそうになったからまだ良いものを、
もしも足から食べられて徐々に飲み込まれて行くかと思うと、身の毛もよだつ。
因みにマサオミは、話しを振った側としてよりも重罪になり、
八針縫うほどの怪我を負っていた。
間違いなくこれは体罰だが、怖くて誰も言えないでいる。
そしてそれはも例外ではなく、何も言えずに泣き寝入りしていた。

・・・・・とまあ、またしても関係の無い方向に話しが進んでしまった。
いやホントに、小学校を卒業した後、クラスメイトだったヒトハと一緒に、
普通の中学に入学すれば良かったと、本気で後悔する事がある。
あくまでも一時的な後悔だが、このまま行けば、
卒業するのが早いか、胃に穴が空くのが早いか分からない。

、オメェもなー。無駄な努力を続ける暇があったら、もっと他にやる事があんだろ?
立場上は応援してやってんだが、そろそろ無意味に思えてきた』
「いーや。無駄な努力じゃない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・と思いたいな」

の背後から幽体で出てきたミロクに、達哉は自分の願望とさえ言える事を口にする。
ここまで頑張ってきたのだから、これまでの努力が全て無意味だったなんて思いたくない。
しかし、これまでの事を振り返って湧いてくる感慨に、肩を落とした。
それを感じ取ったの式神達が、を援護射撃しようと神操機から飛び出す。

は頑張ってるよ! 絶対に無駄じゃないって!』
『そうだよ!!だいったい、アンタの闘神士が授業サボるのが悪いんだろっ?
アンタも式神なら、少しはシャキッとしな!』
『でも、自分の行動に無意味さを感じるのは、誰しも有る事よ。
苦しい時は私が慰めてあげるから、いつでも2人っきりになって良いのよ?』
『あっ! ライザ抜け駆けぇ!! ずるいよっ! 私だっていつでも準備はできてるよ』
『なっ、アンタまで抜け駆けしてんじゃないよ!
あたいだっていつでも準備はできて―――』

は自分の神操機に、“封”と書かれた闘神符を貼り付けた。

「本当にごめん。君たちの愛は、僕には重過ぎるよ。
お願いだから僕を押し潰さないで。
なにより、君たちが返って場を引っ掻き回しているんだ。
話しなら今度聞いてあげるから、今は僕に任せてくれ」
「賢明な判断だな」

式神達を神操機の中に閉じ込めるに、はそう感想をもらした。
容姿の割に浮いた話しの少ないだが、
多分あの3体の中に割って入る自信のある女性が、いないのだろう。
だがとしては、とあの3体の織り成す事象は、
まるでお笑いでも見ているような気がして、割と面白いと思っていたりする。
気の毒だとは思いつつも、もっと振り回される様子を見ていたい。
それは、に接する者達の持つ、共通の認識なのかも知れない。

「さ、本題に戻るよ。授gy「断る。面倒だ」
「面倒だからって休むものじゃないでしょうがっ!!」
「どんな内容か知ってるような授業に、ワザワザ出る事もない」
「だからっていつまでも進級しなくて良いの?」
「気が向いたらな。今はまだいい」

の反応に、は砂を噛む思いだが、有効な対処法がどうしても思い付かない。
もうこれは、諦めるのしかないだろうかと、本気で思いそうになってしまう。
だが、ここで折れれば風紀委員会のコケンに関わる。
絶対に負けられない闘い。それは、どんな人間にも訪れるものだ。
そう。これの闘いに負ける事は許されない。
自分の手には、世間を知らない少女の、今後の学園生活の一端が担われている。
そんな、全くもって的外れな事を自分に言い聞かせ、折れそうな心を奮い立たせる。

「次に外せない授業が有るから、今日はこれくらいにしておくけど、
僕は諦めないよ。絶対に君を正常な学園生活の中に入れる。
今年こそは、風紀委員会の名にかけて、君を進級させてやるからね」

そうしては、せっかく奮い立った心をまた折られない内に、逃げ出す事にした。
よくある事だろう。『明日の朝、早起きして宿題をしよう』と思っても、
その朝になってしまうと、途端にやる気が失せて、目覚し時計を消して二度寝してしまう。
目前の困難に直面し、『こうなったら、やるしかない!!』そう思って向かって行っても、
いざ困難を目の前にすると『やっぱり無理だよ絶対無理無理無理無理』と思ってしまう。
の反応は人として当然のもので、寧ろ彼なりに頑張った筈だ。

『なあ、って頑張るところを間違ってるよな?』
「どうせなら、実技の試験だけで進級したいんだけどな」

は、立ち去って行くの背中を見送りながら、自分の式神とそんな会話をする。
最後まで枝から下りる事もなく、を見下ろしながら会話をしていた。
流石に上級生を相手にする態度じゃなかったかも知れないが、もう済んでしまった事だし仕方ない。

「そう言えば、もう御神木の上で寝てる事は注意しないんだな」
『そりゃ、もうそこが定位置になってきてるからな。も慣れたんだろ』

辺りに響くチャイムの音を聞きながら、もう一度横になり、目を瞑る。
途中でに起こされてしまったので、まだ寝足りない。
また次の授業もサボって、寝てしまうことにしよう。