突然入ることになってしまった陰陽学園。
なんの前触れもなく、祖父に促されるままに入学してしまったが、右も左も分からない状況でやっていくのは些か困難だ。
とりあえず、入学式を終えた少年――リクであったが、
どうにかしてこの学校――いや、世界に慣れようとこれから自分が通う
闘神士を育成するための学園である陰陽学園を当てもなくさまよっていた。
学年的には、基本として第六学年までがあり、感覚的には中学と高校が一緒になった感じだ。
しかし、普通の学園と違い、勉強することは国語や数学といった勉強がメインではなく、
式神を使役する闘神士の勉強をするのがメインの学園だ。だからこそ、これほどに戸惑っているのだ。
「……上手くやっていけるのなかぁ…」
『おいおい、しっかりやってくれよ。
白虎のコゲンタ様の闘神士が落ちこぼれとか、洒落にならないからな』
励ますというか、どちらかというと単なるプレッシャーをかけてくるのは、リクと契約を結ぶことになった式神――白虎のコゲンタ。
どうやら、かなりの実力を秘めた式神らしく、リクが契約したと聞いて、学園の教師達も随分と驚いていたことを思い出した。
しかし、今更思えば随分と宝の持ち腐れのような気がしたが、今更契約を解消することはできないので、なにを言っても無駄だ。
とぼとぼと道なりに歩いていくと1本の巨大な大木が見えた。
大木の周りには何かの結界でも張っているのか丁寧にロープが張ってあった。
不思議に思いながらも大木に近づいていくと、コゲンタが足を止めるようにいい、ご丁寧に大木の説明をリクに始めた。
『この木はな、多くの闘神士を見守ってきたご神木でよ。
たくさんの闘神士と式神達がこいつに無事を祈って修行にでかけんだ』
「…そんな凄い木で寝てる人がいるけどいいのかな?」
ルーキー ルーキー
〜新入生と元新入生〜
リクが指差す方向には一人の人間の姿。白い男子用の制服に青いラインが入っている。
おそらく、この学園の学生でリクと同じく天流に属する生徒なのだろう。
どうやら、リクとコゲンタが訪れていることには気づいていないようで、リク達の方を見ることはなかった。
しかし、コゲンタはこのご神木の上で惰眠をむさぼる男子生徒と面識があるらしく、わなわなと肩を震わせていた。
リクが何事かと心配してコゲンタに声をかけようとしたが、コゲンタはそんなリクを制して耳をふさぐように言った。
そして、コゲンタは大きく息を吸い込んで吐き出した。
「ぅおい、こらぁあッ!
テメェ、!どこで寝てやがる!!」
コゲンタの遠慮のない怒声が響く。
リクは耳をふさいでいたのに痛む耳を擦りながら、耳をふさいでいたことをこころから良かったと感じた。
もし、耳をふさいでいなかったらと考えると――、おぞましい限りだ。
そんな耳の痛いリクとは裏腹に、遠くにいるとはいえ耳をふさいでいない木の上の少年は、至って平然としていた。
というか、先ほどと全く位置が少しも変わっていなかった。
もう一度、叫ぶつもりかコゲンタが大きく息を吸い込もうとしたときだった。
不意に少年の影から半透明な黒髪の少年が姿を見せた。
半透明――要するには人間ではないその少年はおそらくは、眠っているであろう少年の式神なのだろう。
その式神は酷く不機嫌そうにコゲンタとリクに視線を向けた。
『うっせーなチビ白虎、オメェは体だけじゃなくて脳みそまでちっちぇのか?あ?』
『んだと!?』
「はぁ、誰と契約しても五月蝿いんだな……コゲンタは…」
喧嘩腰のコゲンタと黒髪の式神の会話に突然割って入ってきたのは、眠っていたはずの少年だった。
流石に、耳元でぎゃんぎゃんと騒がれてはおちおち眠っていられないようだ。
眠そうではあるが、表情のない顔で何事だといわんばかりにコゲンタに視線を向けた。
突然会話を遮断されてしまったせいか、
言葉につまったコゲンタは面倒そうに「こっちにこい」とでも言うかのようにリクの横を指した。
コゲンタの言いたいことが少年に伝わったのか少年は気だるそうではあるが、
身軽にご神木から下りてコゲンタとリクの元にやってきた。
『、何度言えば分かんだ。
授業サボるのはいいが、ご神木で寝るなっつってんだろ?』
「〜〜……。
どこで寝ようが俺の勝手だろう?それに、基本的に教員達には気づかれていない。
……特に問題ないと思うが…?」
『そういう問題じゃねェだろ。
こいつは多くの闘神士を見守ってきた大事な木なんだ。事の重大さが分かってんのか?』
すでにコゲンタは何度かに注意をしているらしく、多少妥協した様子でに注意をしているが、
相手のの方は無表情でコゲンタの言葉に異を唱えた。
確かに、教員に見つからなければ問題ないことではあるが、このご神木の場合には、そういう問題ではない。
闘神士にとっても、式神にとってもこのご神木は重要な存在なのだ。
それを理解しないに不機嫌そうにコゲンタが今一度言葉を投げるが、の変わりにの式神が口を開いた。
『…ったくよー、話がたらたら長いんだよ、チビ白虎。
ぐちぐちウルセーから、モンジュやヤクモが契約満了にしたんだぜ』
『んだと……、こんの餓鬼――ッ!!!』
「……騒ぐなコゲンタ、教員にバレる。――というか、ミロクも無駄な挑発はやめろ」
は闘神符を発動させコゲンタの声を奪った。
コゲンタは声がでないながらも、に講義しているらしく大口を開けてじたばたと暴れているが、
に気にする素振りはなく、ふと目に入ったリクに視線を向けた。
「新入生か?」
「あ、はい。一年の太刀花リクっていいます」
「俺は心皇。お前と同じく一年だ」
平然と言われたが、腑に落ちない。
新入生であるのなら、こんなところでサボることはしないだろし、第一コゲンタとこれほどまでに親しいというのはおかしい。
それに、このご神木でサボって昼寝をしているのも、これが初めてというわけではなく、コゲンタからも複数回怒られていることが伺える。
だというのに、一年生――ようるすには、リクと同じく新入生というのはどういうことか。
『こいつは、留年してんだよ』
「え、あ…そうなんですか……」
の使った闘神符の効力を破ったのか、コゲンタがニヤリと笑ってリクの疑問に答えた。
リクは理解はしたが、納得はできていなかった。サボっているようではあるが、
実力的にはかなりのものを秘めているようにリクには思えたからだ。
だが、実際はそうでもないらしい。
「俺のことはどうでもいいが、新入生がなにをしてるんだ?」
「えーと…、僕、闘神士や式神について予備知識がないので、それを補おうと思って…」
『でもアレだろ?コゲンタにぎゃんぎゃんどやされたからだろ?』
「ミロク」
リクの答えを聞きニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて口を開くのはミロク。
コゲンタが飛び掛りそうになるが、それを見越したが不機嫌そうにミロクを睨むと、ミロクは水を打ったように黙りこくった。
リクはコゲンタが「いい気味だ」と言わんばかりに野次を飛ばすかと思ったが、
またコゲンタが口を開くよりも先にの鋭い視線がコゲンタを貫いており、しっかりとコゲンタの口は塞がっていた。
「留年はしているが、多少なりお前の知らないことは分かってるだろうから、知りたいことがあるなら聞きに来い。
できる限りは答えてやる」
「え…?いいんですか?」
まさか、これほどまでに無愛想なからそんな言葉を聞けるとは思っていなかったリクは驚いたようにを見た。
無愛想故に、態々が社交辞令を使うことはない。要するには、本心からの言葉と受け取っていいだろう。
「あ、ありがとうございます!」
「…気にするな。基本的に暇だからな」
『――だったら、授業出ろよ』
コゲンタの少し時を含んだ声がにかかる。しかし、あくまでは涼しい顔をしている。
だが、コゲンタは疲れたのか、諦めたのかあえて深くは突っ込まずに頭を押さえてため息をついた。
『いい加減よォ…、一学年ぐらい進級しろよお前』
『……悪い、俺もその点に関してはチビ白虎と同意権』
心底嫌そうにミロクがコゲンタの意見に同意すると、それが気に触ったコゲンタがミロクに食って掛かる。
ミロクはあえてそれをクールに受け流して、コゲンタをからかって遊んでいる。
は、割といつものことなのか気にする素振りもなくあくびを漏らしていた。
「…あの、くん。聞きにくいことではあるんだけど、留年は――」
「3年」
「――え?」
「今年で4年目だ。順当にことを進めていけば、今頃は第四学年だっただろうな」
「ええぇぇぇ!?!?」
リクはこのとき、をある意味でツワモノだと思った。