ピンチはチャンスに――
なんて言うが、今ビャクヤが目の前にしているピンチはチャンスになどなりはしない。
仮になるとしても、なんのチャンスになるというのだ。突発的に行われている陰陽師科においては定期、期末テストよりも難しく、恐ろしい小テスト。それが近々行われる。
それを知ったのは今朝の事。日課というか、義務的に行わされている占いによって導き出されたことだった。
気付かなければ、こんなブルーな気分になることはなかったのだが、
知らずにダミーの式を小テストの日に当てた日――を考えると「グッジョブ自分」としか思えなかった。
「(さぁ〜て…、ウチのクラスの生死を負ったビャクヤくんは、いかがしてこのピンチを切り抜けましょうかねェ〜)」
珍しくその顔に冷静な表情を浮かべてビャクヤは窓の外へと視線を向ける。
窓の外――そこに見えるのはグラウンドで、
どこの学年、どこのクラスかは分からないが、楽しそうに体育の授業を受けているようだった。嬉しいことに女子も今日はグラウンドで授業らしく、野郎の活発な声に混じって少女たちの愛らしい声も聞こえてきた。
ビャクヤはそんな風景を見ながら「平和だな〜」なんてボケたことが頭に浮かぶ。
冷静だった表情はゆるみ、いつものビャクヤの表情にいつのまにか戻っている。
が、ふとひとつの影が目に入り、ビャクヤの表情はまた一転した。
取引上手
6時限目の終了を告げるチャイムが鳴り、各教室でSHRが行われて担任の教師が連絡事項などを伝え、
日直の一声によって生徒たちが自分の使っている机とイスを教師後ろへと下げ、
それが終るとあるものは部活動へ、またあるものは委員会へ、
そして、またまたあるものは特別この学園に用がないのか生徒玄関へと直行だ。もっとも多いのは後者。
低学年は部活に所属している者が多いが、高学年は就職やら
他の大学へ進むための受験のためなどに時間を必要とするものが多いということもあって、
部活動に所属しているものはそれほど多いとは言えなかった。
「(今日はファンクラブの活動ないし、か〜えろっ)」
他の生徒と同じくこのという少女も部活動に所属していない人間――帰宅部だ。
しかし、彼女の場合はヤクモファンクラブという吉川ヤクモのファンクラブが部活動の変わりといえるのだが、
今日はファンクラブの活動がないようで、多数の生徒と同じくさっさと帰宅するようだ。「帰ったらなにしようかな〜」なんて考えていただったが、
不意にぽんぽんと肩を叩かれ、「誰だろう?」と思いながら後ろを見た。
「よっ、ちゃん」
「あれ、ビャクヤくん?どうしたの?突然」
帰ろうとしていたをひきとめたのは同学年のビャクヤ。
学科は違うが、ヤクモとの関りでよく見知った顔だ。
ヤクモのことや、ファンクラブのことで割りと話すことはあるが、
ビャクヤが個人的に話しかけてきたのは実のところ初めてだった。はニコニコと笑っているビャクヤの顔を見て不思議そうに首をかしげた。
「実はちゃんに頼み事があってきたんだよ」
「部活の勧誘なら無駄ですよ〜」
頼み事――と聞いては笑顔で間髪いれずに、勧誘拒否の言葉をビャクヤに返す。
そのの返答を聞いてビャクヤは「あらら」と言いながら苦笑いを浮かべ、少し悩んだ後、
の背中を軽く押しながら口を開いた。
「まぁ、こんなところで話ながらもなんだから、お茶しにいかない?今日なら奮発してパフェ奢っちゃうけど」
「もちろんスペシャルジャンボパフェ――ですよね?」
「……ホント、ちゃんは抜け目ないね〜」
そんな会話をしながらも、はビャクヤに促されるようにして食堂を兼ねたカフェへと向うのだった。
「小テストの予測ですか?」
「うん、そうそう」
しっかりビャクヤの奢り頼んでスーパージャンボパフェを
ゆっくりとだか確実に食べ進めながらも、はビャクヤの言葉に相槌をうった。なにか難しい事を頼まれるかとは思っていたのだが、
ビャクヤの頼み事は正直拍子抜けしてしまうぐらいに簡単なことだった。
こんな簡単なことだったら、スーパージャンボパフェではなく、
ジャンボパフェぐらいにしておけば良かったかな?ぐらいの事を思ったくらいだ。
「そんなに今回の小テスト難しいの?」
「ん?うん、まぁかなり難しいよ。なにせ習ってないところの問題だされるからな」
「…へ?」
「驚くのも当然だよな。この小テストはかなり特殊なんだよ。
まぁ、ちょっと長くなるけど説明するな。陰陽師科の魔の小テストについて……」
困惑するを少し落ちつかせてからビャクヤは、
今回に予測を頼んだ小テストについて説明のために口を開いた。ビャクヤの説明はこんなものだ。
不定期に行われる魔の小テストはテストを作製している教師の気まぐれで行われ、
小テストが行われる1週間前にそれのことが告知される。
そして、そのテストの内容は生徒たちが一切学習していない問題が用意され、
さらにはその範囲についての情報を公開しないという不条理この上ない小テストなのだという。
しかし、打つ手がないというわけでもなく、生徒たちが唯一成せるすべというのが、
陰陽師が専門とする占いや透視の技能を使った、予測だった。
これは教員側から公式的に許可されており、通常のテストの時と違って咎められないという特殊なルールがあった。
「それってビャクヤくんの得意分野じゃない、だったら自分でやった方がいいんじゃないの?」
酷く不思議そうな表情を浮かべてはビャクヤに言った。
常におちゃらけて、サボってみたり、ヤクモにラブコールしてみたりと、
馬鹿なことばかりをやっているビャクヤではあるが、
はヤクモからビャクヤの実力についてはそれなりに聞いたことがあった。
そのヤクモからの情報を聞く限りは、自分の予測――の力を使わずとも
何とかできるのではないかと思ったのだが、ビャクヤはコーヒーを口にしてから笑った。
「そーはいかないのがこのテストの怖いトコ。
テストの内容を透視の妨害のためにテスト用紙には呪と結界、
テスト内容の予測の妨害に結界内でのテスト問題作成…。
さらに、問題内容を知る教員は自分に呪をかけてさらに妨害。ほら、地獄!」
馴れたのか、それとも単に諦めがついたのかは分からないがビャクヤはこの上ない笑顔で語ってくれた。どうしようもない小テストには「はぁ…?」と困惑した様子でビャクヤに相槌を打つ。
対処のしようのないこの小テストを実施する意味があるのか、にはとても疑問なところだった。
ビャクヤの話を聞く限りは、誰一人としてこの小テストをクリアできるものは出てこないからだ。
「意味不明な小テストだね…。嫌がらせ??」
「いやいや、昔はね、こんなにガードは厳重じゃなかったんだよ。
ケドさ、長年やってるウチにガードが厳重になっていってこのザマなの。
マジでもう、しょーじき人間の力じゃ対抗できないんだよね」
「…そこでの予測の力ってこと?」
「そ、陰陽師科第5学年の生死はちゃんのちゃんにかかってるってワケ」
ここでやっとはスーパージャンボパフェを食べ終わり、スプーンをパフェが盛りつけられていた器に入れた。
スーパーとつくだけあってフルーツ、アイス、生クリームなどなどのバランスがよく飽きがこない、また食べたくなるパフェだった。ジャンボとはついているが、相手は甘いものは別腹の女の子、しかもは15歳。
成長期の食べ盛り――そんな彼女なのだから、パフェ如きで満腹になるはずがなかった。
「ビャクヤくん、今日から2周間ぐらいの間、
このカフェで日替わりケーキと日替わり団子が売られるんだけど、興味ない?」
ニッコリと笑ってビャクヤに笑いを振る。
ただの小テストならば、パフェだけで手をうつところだが、そのテストの予測は困難を極めることが予想できる。
おそらく、この予測の作業はに大きな負担をかけることになるだろう。
ならば、スーパージャンボパフェ程度では交渉は成り立たない。
ぶっちゃけ、作業をするにほとんどの見返りはないが、
が「YES」と答えれば、否が応でもは働くことになる。確り者のに感心しながら、ビャクヤは不意に一枚の写真を取り出した。
「…?それは??」
「これはねー…、ヤクモくんの――ね・が・お・の写真」
「!!」
の目がキラリと光る。
ヤクモの寝顔――それはヤクモの大ファンであるにとっては垂涎の品だ。ビャクヤの手に囚われたヤクモの写真が右に動けばも右に、左に動けば左に
――それだけにとってその写真は欲しいということだろう。
「俺はどっちでもいいよ?」
「…どっちもじゃないと、受けないよ?」
「ん〜…、それは流石にね。
ちゃんがそう言うなら、別な人に頼もうかな〜?陰陽巫女科の女の子を当れば――」
「ゔ〜OK!ヤクモさまの写真で交渉成立!」
「は〜い、毎度あり〜。そうそう、におまけつけとくから」
「あたしには?」
「はいはい、明日ケーキとお団子奢ってあげますって」
キラキラと目を輝かせて尋ねてくるに気圧されたのか、
ビャクヤは苦笑いを浮かべながらぽんぽんとの頭をなでた。
そのビャクヤのオマケに納得したは「わーい」と声を上げていた。
余談だが、がビャクヤの以来を受けたその次の日からの三日間だけ
――はどこかの犬式神と会うことがなかったという。