「あーあ、遂に3年経っちまったなぁ〜…」
窓からとリクの姿を眺めながら少年――ビャクヤがぽつりと漏らした。
声音からは、多少落胆した様子が伺えるが、基本的には落ち込んでいる様子はない。
――寧ろ、好奇心の色が徐々にでてきている。
「……俺達が卒業するまでに進級するか――」
「するじゃない…、させるんだろ!!」
急に怒鳴り声を上げたのはビャクヤの前に座っている少年――ヤクモ。彼はビャクヤの幼馴染であり、親友だ。
そして彼はこの陰陽学園でも有名な、実力のある生徒であり、正義感の強さもよく知られている。
そのため、生徒会の役員としても活動している。
――当然、3年も留年しているの存在にも手を焼いている現状だ。
 
 
 
〜上級生の憂鬱〜
 
 
 
初めは一学年後輩だと思っていた。
、あれよあれよと時がすぎる度に増える自分との学年の差。
ビャクヤは毎年笑い話にしているが、ヤクモからすると、とてもではないが笑い話になどできないのが当然のところだ。
ことある度に注意はしているが、一向に効果を表すことは出ずに悪戯に日々が流れていた。
――しかし、ヤクモの注意がに意味を成さないのも、本を正せば今目の前にいるビャクヤの所為だ。
それを思うと、腹の虫が収まらないのは当然のことだ。
「お前もいい加減、にちゃんと授業に出るように言えよ!」
「え〜、言うだけ無駄だと思うぜ?頑固だからなは。
それに、俺は別にが留年してもどーとも思わないし」
「…心皇の家の方は何も言わないのか?」
「それもない。
の実力は心皇一家全員がばっちり理解してるから、思いっきり放任主義」
「あっはっは」と笑顔で家からの注意は絶対に期待できないことをつけるビャクヤ。
ヤクモはガクリと肩を落とし、困り果てたようにため息をついた。
ビャクヤは少し疑問に思うことがあり、不意にヤクモに尋ねた。
「なぁ、ヤクモ。なんでお前、そんなにのこと気にかけるんだ?」
「それは……、先輩としてアドバイスや協力してやるのは、当然のことだろ。
顔見知りならなおのことだ」
当たり前のことでも言うかのようにきっぱりと言い切るヤクモ。
しかし、ビャクヤからしてみれば、それは不思議なことだった。
ヤクモとが知り合った理由は、単にがビャクヤの従妹だったから。
そんな小さなきっかけで知り合った、万年留年元新入生――要するには落ちこぼれを気にかけるヤクモの考えは、
ビャクヤからしてみれば、まったく分からなかった。
ヤクモは、生徒会に属して入るが、あくまでそれは高学年の生徒会であって、
低学年であるを態々気にかける義務はない。
それに、サボりの酷い生徒を取り締まるのは、生徒会ではなく、風紀委員会の人間だ。
そういったことを考えると、なおさら不自然というか、腑に落ちないところだ。
「……まさか…!ヤクモお前、が好きなのか!?」
「なっ…!?そ、そんなはずないだろ!単に先輩として、友達として心配してるだけだ!」
突然のビャクヤの質問に大慌てで否定の言葉を返すヤクモ。
男の制服を着て、男として振舞っているではあるが、実は少女なのだ。
それを知っているヤクモとビャクヤなわけで、
そのビャクヤから「好きか?」と聞かれたら、自ずと恋愛間の方面に行き着くのは自然な話だ。
ヤクモは力いっぱい否定するものの、彼の前にいる少年としては、納得できないらしい。
「怪しい!そんな言い訳、超怪しい!!
「な、なにが怪しいんだよ!」
浮気に決まってるだろ!
ヤクモ…お前、意外とミーハーなんだな…!
まさか……、まさか、ツンデレにマイスイートハニーを奪われるとは…!!」
心底悔しそうにハンカチをかみ締めるビャクヤ。
ヤクモはふざけた台詞を惜しげもなく真剣にその口からほざくビャクヤを見てぶん殴ろうかと思ったが、
ぶん殴ったところでビャクヤはその妄想(?)に近い「ソレ」をやめるわけもなく、
ヤクモは珍しくビャクヤのほとぼりが冷めるのを黙って待つことにした。
「優雅に暮らすことが最大の復讐」という言葉がある。
今のビャクヤの言葉にリアクションをしたところでビャクヤの思う壺。
黙ってビャクヤが飽きるのを待った方が得策だ。だが、そんなところに思わぬ人物が顔を出したから一大事だ。
「…放課後に二人そろってなにしてるんだい?」
!俺、ヤクモに浮気された!!」
不意に現れたのはビャクヤ同様に幼馴染であり、親友である
突然ビャクヤに迫られたは、訳が分かっていないために小首をかしげている。
ため息をついてヤクモがビャクヤにから離れるように言うために口を開こうとしたその瞬間だった。
ヤクモの背筋に悪寒が走った。
、俺達も浮気するぞ」
「――え?
「じゃ、そーゆーことで!」
「まっ、待てビャクヤッ!!」
ヤクモの静止よりも早くビャクヤとの姿はヤクモの目の前から消えた。
慌ててヤクモが教室から飛び出せば、廊下の先にはを小脇に抱えてニヤニヤと笑うビャクヤと、
そのビャクヤに抱えられて状況が把握できずに軽く挙動不審に陥っているの姿。
この状況で、「優雅に暮らすことが最大の復讐」とは言ってられない。
ビャクヤ一人でおかしなことをしているのならば放っておくが、
流石にが巻き込まれている以上は、無視するわけにはいかない。
これ以上ビャクヤの妄想(?)の世界を広げて無駄にどろどろな愛憎関係を築かれて一番困るのはヤクモなのだ。
「ヤクモ!俺は愛人と共に――いや!第二のハニーと共に実家に帰らせてもらう!」
「だ、だ、第二婦人!?え、ちょっと、待ってよ!これからどうなるのさ僕!?」
高らかと宣言したビャクヤの言葉を聞いて、流石に自分の身に危険が迫っていることを察したのか、
がビャクヤの腕の中でじたばたと暴れながらビャクヤに抗議の声をあげた。
暴れているの力など大して苦になっていないのかビャクヤはニッコリとの質問に答えを返した。
「安心しろって、別にはとって食ったりしないから」
今は!?今はってなんなのさビャクヤクン!?」
「いや、ほら、ヤクモがいつまでも俺のことを、
ダーリンと呼ばないのであれば強硬手段として――」
「ヤクモッ!!」
「無茶言うなっ!!」
間髪いれずに行われる会話。ある意味で幼馴染だからできる芸当だ。
ある意味で感動的というか、凄いのだが、完全にビャクヤの迷惑によって身についたものだと思うと、ありがたさ九割減だ。
人を助けるためには、身を挺して戦うヤクモでも、流石にビャクヤのことを「ダーリン」とは絶対に呼ぶつもりはない――
というか、ヤクモの中ではかなり無茶苦茶な要求のようで、も軽く泣きそうだが、ヤクモの方も泣きそうだ。
もちろん、事の発端であるビャクヤは馬鹿にしたように上機嫌だ。
「では、浮気したハニー…さらばだ!」
「いやだ〜!!誰か助けてぇ〜〜!!!」
「くそっ!待てビャクヤ〜!!」
今日も今日とて、ビャクヤに振り回されまくるヤクモとなのでした。