「今日の放課後は気をつけた方がいいですよ」
そう言ったのは、タクマと同じくサボりの常連であるだった。
基本的にタクマとの関係はドライだ。
ただ、サボリ安い場所を知っている2人はよく会うので、多少話したりもするが基本的には、無駄話はしない。
しかし、その日はタクマに「気をつけろ」とわけのわからない言葉を残したのだ。
だが、今にしてみれば、その言葉の意味は嬉しくはないが良く分かる。
「………」
タクマの視線の先にいるのは、この学園の制服に身を包んだ一人の男子学生だった。
本来であれば、タクマはこの生徒の顔など覚えることはなかったはずだった。
他人に興味などないタクマだ。不要な人間の顔など覚えるつもりはない。
だが、あの男子生徒の顔は、不本意ながら覚えておかなくてはならない顔だった。
そう、あの男はタクマの可愛い妹にちょっかいをかけてきた挙句――自分のことを「お義兄さん」などと呼んだのだ。
こんな悪い意味で印象的な顔合わせをしたのでは、忘れたくとも忘れられない。
ゆっくりと気配を消して、遠回りになるが別口から帰ろうとタクマは踵を返した。
不幸中の幸いか、今日はとは帰る予定ではなかった。
あの男と妹を会わせなくてすんだことにはホッとしつつ、タクマは家路と急ごうとした。
 
 
 
〜それゆけ!勧誘活動!〜
 
 
 
「どーも、神崎先輩――あ、じゃなくて、お義兄さん!」
爽やかな笑顔でビャクヤはタクマを迎えた。だが、迎えられたタクマはギョッとしたような表情をしている。
白髪の男子生徒――ビャクヤにバレないように人目のつかない、
しかも、知る人ぞしる裏ルートを態々選んだというのに、
はじめからタクマがここにくることを予想していたようにビャクヤは笑顔でタクマを迎えた。
「貴様…どうしてここに……」
「どうしてって…、お義兄さんを待って――」
「その前にその『お義兄さん』はやめろ。俺はお前を見止めた訳ではないし――、なにより気色が悪い
当たり前のことでも言うかのように「あはは」と笑顔で言を返すビャクヤであったが、
ビャクヤの「お義兄さん」という呼び方に絶えきれなくなったタクマはビャクヤの台詞を遮って言い放った。
タクマにお義兄さんと呼ぶなと言われたビャクヤは、心底残念そうな表情をうかべて「え〜」と小さな抗議をしたが、
それをタクマが取り上げる訳もなく、タクマは追い討ちをかけるように「やめろ」と冷たく言い放った。
「んじゃまぁ…、形式的に神崎先輩で」
「…呼び方などどうでもいい。なぜ校門前にいた貴様がここにいる」
校門前にいたビャクヤがタクマに気付いた様子はなかった。
もし、気付いていたとしても、帰るという点では遠回りになるものの、
裏ルートの中では最短ルートでここまで来たタクマよりも先にビャクヤがここにいるのはどう考えてもおかしかった。
タクマはビャクヤが黙秘するかとおもったが、
その予想は外れてビャクヤはニコニコと笑いながらタクマの言葉に答えを返した。
「ああ、あの俺?アレは俺じゃなくて――人形ですよ。神崎先輩なら俺を警戒すると思ったので」
「ようするに…、俺をハメたということか……」
どこにでもいる阿呆なナンパ男かと思ったが、そうでもないらしい。
それなりにできる闘神士――いや、陰陽師なのだろう。
しかし、だからと言って実力については認識を改めるが、好感が持てたわけではない。
寧ろ、好感度は下がる一方にある。
「ハメたとは人聞きの悪い。ただ、俺はどーしても神前先輩と話しがしたかっただけですよ」
「だったから、こんな手を込んだことをする必要はないとおもうが」
「…いや、こうでもしないと神埼先輩、俺の話し聞いてくれないでしょ」
心の中で「その通り」とおもいながらもタクマは表情を変えずにいた。
相手がそれなりに頭の回る存在と分かった今、下手に現在の立場を崩す訳にはいかないのだ。
「で、神崎先輩にひとつご相談なんですが――」
「断る。悪いが貴様にかまっている暇はない」
「まぁまぁ、そう言わずに。一応ちゃんにも関係ありますし…」
ビャクヤの口から出た名前はタクマの妹の名前だった。
先を濁すようなビャクヤの物言い。はっきり言って、に関係あるのかどうかすら疑わしいものだが、
本当にに関係ある話しであれば、兄として聞いておくにこしたことはない。
もし、の身になにかあってからでは遅いのだ。
「……なんだ」
はっきり言って、ビャクヤがのことをいいように使っている気がかなりするのだが、話を聞くだけなら特別問題はない。
そう自分に言い聞かせてタクマはビャクヤに「話」というヤツを促した。
「簡単に言えば、助っ人部――通称、部活動盛上げ委員会に参加して欲しいんですよ。
助っ人部はこの陰陽学園でも優秀且、個性ある生徒をターゲットにしてるんで」
「……それと、になんの関係がある」
「いや、ほら、やっぱり神埼先輩が部活をやって色々な人と仲良くなれば、
ちゃんも色々な友達ができるかと思って」
ニコニコと笑うビャクヤを一瞥してタクマは怪訝そうな溜め息をつく。
タクマを勧誘するべくの存在を利用したこのビャクヤもを傷つけるであろう人間なのだろう。
ならば、そんな人間の言葉に大切な時間を割いてまで相手をしてやる必要はない。
「あっ、ちょっ!」
「貴様と話す事はなにもない。俺は、部活に入るつもりはない」
ビャクヤの前を去ろうとするタクマにビャクヤが慌てて止めにかかるも、タクマは冷たく言を言い放ち立ち去ろうとした。
しかし、ビャクヤとしては武力行使をしてでもタクマを入部させるつもりらしい。
「なんのつもりだ?」
「足止めですよ。俺、個人的にも神崎先輩のキャラクターが好きだし、部に入って欲しいんです」
敵意を含んだタクマの視線。並の人間であれば震え上がるところだが、ビャクヤには恐れるに足りないらしい。
若干怯んだような様子は少しだけ見られたが、今のビャクヤの態度にそれはなかった。
タクマは不機嫌そうに舌をうち、ビャクヤ同様に実力行使に出ようとしたが、それよりも先にビャクヤが口を開いた。
「…でも、基本俺は野郎になんて、興味ないんですよ。俺が心配なのは、神崎先輩じゃなくて――」
 
 
「テメェの頭だボケ」
 
 
ビャクヤの台詞を遮ったのは阿修羅のミロク。
ビャクヤの顔面に飛び蹴りを食らわせ、綺麗に一回転して地に着地したミロクは、
自分が蹴り倒したビャクヤの機嫌が悪そうに踏みつけていた。
「ったくよー、テメェが阿呆やらかすから、がどーんだけ胃をキリキリさせてんのか分かってんのかコラ
「あ゙〜…、は真面目だからなぁ……。
まぁ、コルウの胃薬もあるし問題ないんじゃないか?
あ〜、ミロク、もうちょっと右上」
「へいへい、おーらよっ
ぐぎっ。と嫌な音がしたかと思うとビャクヤの断末魔が響く。
叫び声をあげたビャクヤをミロクは面倒くさそうに、且乱暴に担ぎ上げて「先行くぜ」と言って素早くその身を消した。
「……災難でしたね」
ミロクと入れ替わるように増えた気配は、申し訳なさそうな声音でタクマに声をかけてきたのはのものだった。
タクマは不機嫌そうな視線を忠告者――に向けた。
「お前が言っていたのは、アレか」
「ええ…、止めはしたんですが、有言実行がビャクヤ兄さんの取柄なので…」
本来であれば文句のひとつふたつは言ってやりたいところだが、
の様子を見る限り、もビャクヤの行動の犠牲者なのだろうと思いタクマは言葉を飲みこんだ。
「本当に今日はすみませんでした。
……。そろそろさんも帰る頃だと思いますよ」
「……そうか」
謝罪と良い情報をくれたに一言言い、タクマはがいるであろう校門前へと向かった。
それをは見送ってから深い溜め息をついた。
「ああ…、多分これからもっとビャクヤ兄さん…神埼先輩に接触するんだろうな……。
あ゙ー…胃が痛い……」
の一人子とは誰に聞こえることもなく空に溶けた。