「こーんにーちはー!報道部でーす!取材させてくださーい!」
やけにテンションの高い声が家庭科室に響く。
何事かと声のした扉の方に視線を向けると本人が名乗った通りに、
報道部の名物部員が嬉々とした笑顔で家庭科室で料理部の活動をしていた達を見ていた。
「……今日、報道部の取材があるなんて聞いてないけど…」
困惑した様子でビャクヤに対応するのは。
予定にない突然のビャクヤの訪問にかなり驚いているようで、若干ビャクヤを見る目には疑うものがある。それというのも、過去にビャクヤは事前連絡もなしに取材――というか、
料理部の作った料理を食べにくることがあるからだ。
ここ最近は、そういったビャクヤの訪問もなかったため、余計に警戒していた。
「あ〜、カシンせんせの伝え忘れだろ。その証拠に…ほら、カシンせんせの取材許可は下りてるぜ?」
の表情を見てすべてを察したのかビャクヤはに一枚の紙を手渡した。
その紙には、報道部が料理部を取材することを許可する文面と、料理部の顧問であるカシンのサインが書かれていた。
ようするに、今回のビャクヤは遊びに来たわけではなく、本当に報道部として取材に来た事を表していた。
それを理解したは胸に溜めていた息を吐き出した。
「こういう重要なことはちゃんと知らせて欲しいよ…」
「まぁ、カシンせんせもあれで結構忙しいんだって。
一応、1学年から6学年までのおおよその家庭科の授業引き受けてる訳だしな」
「常日頃のカシン先生を見ている限りはそんな大変そうには見えないけど…。
って!なにメモってるのさ!」
思わずの口からもれてしまった愚痴。
友人であるビャクヤと会話する調子で話していたであったが、
今自分の横にいるのは友人のビャクヤではあるが、それと同時に報道部の神出鬼没リポーターのビャクヤでもあるのだ。
そんな彼なのだから、今ののコメントを聞き漏らすこともなく、確り手に持っているメモ帳に書き止めていた。
「いや、報道部として部員から見た顧問の姿についてを」
「そ、そんなこと記事にしなくていいから!!」
「いやいや、1人の生徒の声を全校生徒に伝えるのが報道部の使命だから!」
報道者魂を語るかのようなビャクヤであるが、をからかって遊んでいるのは確かだった。
その証拠にビャクヤは酷く楽しげだし、周りの部員たちはとビャクヤのやり取りを見てクスクスと笑っている。突然のビャクヤの訪問によって一度は騒然とした家庭科室だったが、大分その空気は和やかなものになった。
それを感じ取りビャクヤは本題を切り出した。
「さてっと、君の取材は一旦終了して、料理部の活動風景を取材させてもらおうかな〜?」
〜 突撃!隣の家庭科室! 〜
女子生徒の多い料理部。
この学園でも特に女の子らしい部活であるこの料理部だけあって、家庭科室に流れる空気はとても和やかなものだった。
それに加えて、可愛らしい女の子が多くいるものだから見た目的にも華やかだ。
何度も料理部に遊びに来ているビャクヤではあるが、心の底から「何度来ても癒される部だな〜」とかふぬけたことを思う。また、ビャクヤにしては珍しいことなのだが、
報道部としての取材もきっちりこなしており、追出されそうな雰囲気はなかった。
「羨ましいね、君」
「…?なにが?」
「いや、こんなに女の子に囲まれて」
「そ、それはまぁ……。でも、部員の女の子達は僕のこと異性として見てるとは思えないけど…」
言われてみれば…とでも言うかのようには戸惑った様子で言を返した。
しかし、お互いに異性として見ていないと思っているのはあくまでだけで、
この料理部でに好意を抱いていない部員は少なくない。ぶっちゃけた話が、ファンクラブの仮の姿と言っても過言ではないだろう。
というか、料理部で活動していてに優しくしてもらってそこでファンになってしまうという構図が多いということでもあった。
「まさに女難だよな」
「縁起でもないこと言わないでよ」
ビャクヤの「女難」という言葉には強く反応した。
特別、自分が異性に好かれるという感覚はそれほど持っていないが、
なんとなくその「女難」という言葉には嫌な予感が絶えなかった。
それに、カシンや他の面々からも時折「女難の相が…」といわれていることもあり、
自然とは女難という言葉に敏感になっている節は見受けられた。
「あ、ひとつ聞いてないことがあるんだけどさ、今年の料理部のルーキーって誰?」
「…いや、ルーキーって……、大会に出るような部活じゃないんだからさ」
「まぁまぁ、そこに深い突っ込みはいらないから。ぶっちゃけ、期待してる子とかいないわけじゃないだろ?」
ニタリと笑って問うビャクヤには諦めたように溜め息をついた。
ルーキーと言えるのかは分からないが、が個人的に気にかけている一年生部員はいる。
料理が上手い、手際がよいという点でも気にかける手いるのだが、
それ以上にその存在が持つ空気に興味というか、気がひかれていることがあった。
「僕の個人的な意見としては…、神崎さんだけど……」
「ふむ…、神崎さんかぁ〜………。ん?神埼??」
の言う神崎という一年生部員に気付かれないようには、ビャクヤにが期待している部員が誰かを教えた。
の言うがままに視線を向けると、ビャクヤの目に入ってきたのは愛らしい少女だった。しかし、ビャクヤとしてはその少女の外見よりも、名前の方が気になった。
「、確認だが、あの可愛い女の子のお名前は?」
「神埼さん」
がその名前を口にすると、ニタリとビャクヤの口元が弧を描いた。
は長い付き合い故にその笑みが意味するところが、碌でもないことを考えついた。ということにすぐさま気付いた。「部活の邪魔しないでよ」と
がビャクヤに注意しようとするも、それよりも先にビャクヤは先手をうってきた。
「んじゃ、期待のルーキーさんにおはなし伺ってきまーすっ!」
「え、あ、ちょっ!」
完全に出遅れてしまった。
捕らえようとした人物はすでに目標の真横につけており、が今からどう頑張っても騒ぎになることは確かだった。
心の中でに謝罪しながらもはがビャクヤの毒牙――というか、
阿呆なことを吹き込むことを阻止するべく立ち上がろうとした。
「こんにちは、報道部の心皇といいますが、お話を伺ってよろしいですか?」
「えっ……、あの…」
「ああ、別にカシン先生に対しての愚痴を聞くわけじゃないよ。
少し、この料理部について教えて欲しいんだ。――ダメかな?」
と話すときとはうってかわって丁重に話を進めるビャクヤ。
はまさか自分が取材を受けることになるとは思っていなかったようで、対応に困っているようだが、
それでもビャクヤに迷惑をかけまいと「私でよければ…」とビャクヤに取材の許可を出した。
「ああ、不味い!」とが思ったのも束の間。不意に自分の横を何者かが通りぬけていった。
「では、この取材は俺がやっておきますので、心皇先輩はさっさと柔道部で助っ人してきてください」
「あ、心皇さん」
「んげっ、手回し早いな〜」
不意にビャクヤの取材を中断したのはだった。
そのの後ろには柔道部のユウゼンが構えており、ビャクヤを連れていくつもり満々という感じだ。
それを感じ取ったビャクヤは露骨に嫌そうな顔をしたが、抵抗する素振りがない所を見ると観念したようだ。
「進藤、迷惑かけたな」
「いや、大丈夫だよ」
観念はしたものの、自分から移動するつもりのないビャクヤの首根っこを掴み、
ユウゼンはに一言かけて家庭科室を後にした。
その様子を見ては困り果てたように溜め息をついた。
「神崎さん、あの人になにか変なことはされなかったか?」
「いえ、『取材をさせてもらえませんか?』と聞かれただけで、特に何も…」
「そうか」
この料理部において一番気になっていた存在の無事を確認しては安堵の息をついた。
単なるクラスメイトであれば、気にはかけても行動を起してまでその見の無事を確認することはないのだが、
神崎タクマ――彼のことを考えると、としてはそうも言っていられないところだった。
「ちゃん、報道部の取材は…」
「俺が引き続き行います。部活の迷惑にならないように心がけます」
「うん、それはいいんだけど…、ちゃんって報道部じゃないよね?」
「ええ、ですが、助っ人部のなで報道部の助っ人と思っていただければ」
「……助っ人部も――というか、ビャクヤと部が一緒だと大変だね」
「ええ…。今回の柔道部の助っ人もビャクヤ兄さんがサボったおかげでゼンジョウにどやされましたし…」
深い溜め息をついたにが「お互い苦労するね」と言葉をかけた。
もそれに同意するように「ええ」と力なく言葉を返した。
しかし、そんなビャクヤに掻き乱されて疲れ果てている二人に神様はさらに苦労をかけるらしい。
「!マフィンが完成したら、俺の分キープしといてくれな!んじゃ!」
「待て、コラ、ビャクヤッ―――!!!!」
果てしなく楽しげな笑顔を浮かべてビャクヤは家庭科室の扉からに言葉をかけて走り去って行った。
そして、その後を追うようにユウゼンの怒声とユウゼンの影が家庭科室の扉の窓から見えた。
「……さん、取材は後日ということでお願いします」
「了解。ビャクヤの確保、頑張ってね」
の言葉を受けて、は力なく笑った。