「そうじゃない。ここはこう」
「は、はい!」
が少年の手を取り正しい三味線の弦の押さえ方を指導し、
少年はの説明を聞きながらなんとかそれの自分のものにしようと真剣に三味線と向き合っていた。
は未だに形にならない少年の三味線に少々やる気をなくしながらも、
気長に指導しようと横においてある脇息に肘をかけた。
 
 
 
この少年はリクという華玖屋の新米遊女。
幼い頃から一応禿として働いてはいるものの、その遊女としてのスキルの成長は鈍足だ。
そのため、遊女は名乗っているものの未だに遊女としての仕事はこなしたことはない。
だが、その容姿は愛らしく花がある。上手く育てば上等な花が咲くと予想したカシンはリクに期待を寄せていた。
だからこそ、カシンはリクの教育係をに任せたのだった。
は遊女ではないが、遊女としてのスキルはカシン直々に伝授されたものばかり、実力は申し分ない。
それに、遊女ではない分、多くの時間をリクの教育にあてられることもを使う利点だ。
「……半音狂ってる」
「えっ!?」
溜め息をつきながらはリクから三味線を奪い、先ほどリクがやったことと同じことをやってみる。
が弾けば音に狂いはない。
「何故か」と一考してして、はリクに三味線を返してもう一度引くように言った。
そして、言われたようにリクが弦を弾くと音は狂っていなかった。
「できるんなら、一発でやってくれる?」
「す、すいませんっ!!」
「遊女の仕事にやりなおしはないんだから。
新米の時は笑いの種になるけど、新米じゃなくなったら客の不評を買うだけだよ」
厳しい接し方ではあるが、これもリクのためだ。
の言う通りに遊女の世界は、とても厳しいところなのだ。
気風のいい金持ち相手であれば笑って励ましてくれたり、そこに可愛らしさを感じてくれる。
だが、そう毎度毎度同じ失敗を繰り返されては飽きるだろうし、呆れるだろう。
そうなれば客は簡単に別の遊女を選ぶだろう。
そうならないためにも、ある程度のスキルは持っていなければならない。
「僕…才能ないのかな……」
落ちこんだ表情で言うリクだがは表情を変えずにリクの額を小突いた。
「才能だけでやっていけると思ったら大間違いよ。
才能よりも、努力の方がもっと大事なの。弱音はやることやってから吐きなさい」
さん……」
「まだ、私が指導に入って二ヶ月しか経ってない。弱音はせめて半年ぐらい経ってから言って頂戴」
「…でも、僕これまでも練習してきてるんですよー…。それに、女将さんにも指導してもらったのに…」
「………昔のことは気にしない。今後に期待よ。今後に」
いい励ましの言葉だろうと思ってかけた言葉だったが、リクにはあまりいい言葉ではなかったようだ。
苦し紛れに最後のフォローを入れるがあまり意味はないようで、リクは黒い影を背負ってしまっている。
言葉の選択を誤ったは困り果てた表情を浮かべて頭を押さえた。
カシンにリクの教育係を任命されたときも、カシンから多くの遊女達がリクにはお手上げ状態だと言っていた。
人材教育に長けるカシンも「根気のいる子」だと言っていた。
カシンの解答は正解のようで、確かにこれはかなりの根気が必要だろう。
「今日はここまで、あまり根を詰てもよくないからね」
「はい…」
「指導は終ったんだから、いつまでも落ちこんでないで明るくなりなさい。それがリクの最大の武器でもあるんだから」
「でも……」
「でもはなし。これ以上ぐちぐち言うようであれば――」
いつまでも暗い雰囲気を背負うリクに痺れを切らしはリクに迫った。
リクは怒られるのかと思ったか後退るが、それを許さずリクはすぐにの腕に掴まってしまう。
腰に腕を回され、リクに逃げる術はない。脅えるリクには意地の悪そうな笑みを浮かべてリクの耳元で囁く。
「愛し君声枯れ果てるまで 鳴かせましょうぞ我が腕で―――。あ」
「〜〜〜っ」
の技術はどうやらリクには少々刺激が強すぎたらしく、リクは顔を真っ赤にしての腕の中で目を回している。
そんなリクの姿を見て「先が思いやられる」と思いながらもはリクの姿を見て楽しんでいる自分のことも認めていた。
目を回しているリクをヒョイと抱きかかえ、はリクに割り当てられている部屋へと向かった。
 
 
 
「す、すみません!指導中に…!!」
「別にあれは指導ではなく、私情だったけど?」
「えぇっ!?」
ぺこぺこと頭を下げるリクには愛想笑いの一つも浮かべずに真顔で答えを返した。
真顔で答えを返されリクは顔を真っ赤にして素っ頓狂な声をあげる。
そんなリクの姿を見ては薄く笑って「冗談だ」と言いリクを落ちつかせた。
「けど、あの程度のことで目を回しているようでは先は遠いわね。
まぁ、遊女を態々口説く物好きなんてそういないだろうけど、世の中は広いし」
さんのは反則だと思うけど……」
「何か言った?」
「なんでもないです」
ボソリとリクは呟くが、の耳には届いていなかったようだ。
確かにリク言う通り、の場合反則と言ってもいいだろう。
新米の新米遊女であるリクに対して、中堅の遊女でさえ落とすことが出きるが口説き文句を言っていたのだから。
リクは「」の存在を知らないが、の持つ雰囲気から実力のほどは理解していた。
それに、ことある事にを欲しがるカシンを見ているのだし。
「女将さんが欲しがるのも頷けますよね」
「私は遊女として働きたくはないんだけどね」