一緒に見回りをするはずだったビャクヤに逃げられヤクモは一人で町の見回りに出ていた。
頭の中では、今ごろ楽しくやっているであろうビャクヤの顔が浮かび、思わず近くにあった角材を蹴り倒したくなったが、
そんな事をしては不味いので自分の感情に蓋をしてとりあえずは堪えた。
「まったく……、力があるのにどうしてこの町のために使わないんだ」
ビャクヤに対する愚痴を呟きながらヤクモはいつもの決められたルートを見てまわる。
世間話をする女達、はしゃぎまわる子供達。
それは今この町が平和であることを示しており、ヤクモの顔はついつい緩んでしまうのだった。
「あんたがこの餓鬼の保護者なんだろ?
なら、コイツの不始末はあんたがつけるべきだよなぁ」
「………」
平和な一角を抜けたヤクモの目に入ってきたのは、人相の悪い男二人と何人かの子供を連れた少女だった。
あからさまに男達の言いがかりなのだろうとヤクモは思った。
男達の少女を見る目はいやらしく、少女自体もなかなかの美人のようだった。
だが、そんな自分の想像であの男達を「悪者」にしてしまうのはいけない。
もしかしたら、被害者は男達の方かもしれないのだし。
「あんたが俺の女になれば、この餓鬼のことは水に流してやるよ」
「兄貴の女になるだけで許されるなんざ、あんた幸運だぜ?」
「その子がぶつかったことは事実ですし…。わかりました」
「ほぉう、物分りのいい女だ!精々可愛がってやるぜ」
大声で笑い、男は彼にぶつかったであろう子供を乱暴に放る。
それを少女は優しく受けとめ、子供の安否を確認していた。
だが、そんな猶予すら与えるつもりのない男達は少女の細い腕を乱暴に引き、子供達から引き離した。
これはどう見ても男達が悪者だろう。
「ほらっ、さっさと来い!」
「兄貴、俺にも少しは抱かせてくれよ」
男達の会話が聞こえ、ヤクモが出ていこうとした時だった。
不意に少女が男の懐に飛び込んだと思うと、男は声を上げながら飛んでいった。
何が起こったのかわからないヤクモは我が目を疑ったがどうやら格別不思議なことではならしい。
子供達は当たり前のことが起こったかのように少女に声援を送っている。
「こ、この女ッ!!」
飛ばされた男の弟分であろう男が少女に殴りかかるが、少女は呆れ果てた溜め息をついて男を見た。
そして、相手の動きをすんなりと受け流し、逆に相手の勢いを利用して男を地面に叩きつけた。
地面に叩きつけられ汚れた男達とは対照的に、少女には一切汚れはない。
それを見ただけで実力の差は歴然といえる。
二対一でもあの少女ならば問題はなさそうなものだが、
この一部始終を見ておきながら放っておくというのも人として、役人として、あるまじき行為だ。
男達が苦痛に満ちた表情を浮かべながら立ちあがった。
「下手に出てりゃあつけあがりやがって!!」
「待て!一部始終を見せてもらったが、悪いのはあんた達だろう」
「なにぃ…?」
「子供がぶつかったぐらいで文句をつけるとは、大人気ないんじゃないか?
……それでも文句があるなら役所で聞こう」
「役所」と持ち出されて男達は分が悪いと思ったのか、ばつが悪そうに去って行った。
それを見送り少女と子供達に視線をやれば、子供達は少し不満そうにヤクモを見ていた。
「ちぇーっ、兄ちゃんのせいで姉ちゃんがあいつらを懲らしめるところが見れなかった!」
「ねー、かっこいいのにね!」
不満を洩らす子供達に苦笑いを浮かべるヤクモ。まさかそんなことが不満になるとは思っていなかった。
「一部始終を見ていたんなら、さっさと助けてくれれば良かったのに」
そんなことを言われると思っていただけに、子供達の不満には笑いを浮かべるしかできない。
だが、そんな子供達に少女はぴしゃりといった。
「こら、助けてくれた人に対する物言いじゃないでしょ?…申し訳ありません、助けていただいたのに」
「い、いや、気にしていないさ。それにしても、凄かったね君の体術は」
「あ―――」
申し訳なさそうに謝ってくる少女にヤクモは笑顔で応え、少女の見せた戦い方を素直に賞賛した。
しかし、少女にはそれは恥ずかしいことだったようで困ったようにヤクモから視線を外した。
男達を相手にしていた時の強かなあの少女とは一転して、今ヤクモの前にいる少女はどこにでもいる普通の少女だった。
そんな彼女のギャップにヤクモは心の中で親しさを覚えた。
「姉ちゃん、早くもどらないと先生が心配しているよ?」
「あっ…!そ、そうね、師匠が心配してるいわね…っ。
お役人様、助けてくださり、ありがとうございました。ほら、みんなも」
少女に促され子供達も「ありがとうございました!」と愛らしい笑顔を浮かべてヤクモに頭を下げた。
ヤクモも自然と笑顔で対応していた。
そして、少女は師が心配しているといけないと言って子供達を引き連れて足早に帰って行った。
その後姿をヤクモは見送っていた。