ミンミンと喚く蝉の声がやかましい。だが、この夏の日差しに焼き焦がされることを考えたら、いくぶんもマシだ。この涼しさを捨てるぐらいなら蝉の声程度我慢できる。
「蝉の声、夏しか聞けぬ『風流』か」
が腰を下ろしている大木はこの町にある三本のご神木のうちの一本で、名を神木・天樹といった。夏場ののサボリ場所は専らここと決まっている。何百年も生きたこの大樹は毎年多くの葉をつけ、最高の日陰を作ってくれる。高さもあるので風通しがよく、涼むには最高の場所だ。だが、唯一の欠点は天樹のある場所で、町から離れた位置にある上にこの天樹に辿りつくまでには多くの難所を乗り越えてこなくてはならないのだ。今でこそも簡単にこの天樹に来る事ができるが、幼い頃は辿りつくだけで時間がかかったものである。
天寿から町を見れば全てが小さく見える。ここでこの風景を見れば見るほど、はこの町のためにあくせくと働くことが馬鹿らしく思えた。家系の関係上、が役人になることは決まっていたし、別に役人であることが不満なわけではない。ただ、「馬鹿らしい」と思ったのだ。
「くぁ〜…、昨日は流石にヤクモに付き合いすぎたな……」
幼馴染であり親友のヤクモ。だが、彼はにとって絵に描いたような「馬鹿」だった。役人として、人として、この町のためにあくせく働く彼は「馬鹿」意外のなんでもなかった。しかし、彼はにとって大切な親友で、力になってやりたいとも思う存在でもあった。
ひゅんひゅんと耳障りな音が蝉の声に混じって聞こえてきた。何事かと音の聞こえる方を見れば、何かが飛んできている。このままでは自分に当ると感じたは割りと物凄い勢いで飛んできていた何かをすんなりと受けとめた。
「やっぱり、ナナか」
飛んできた何かは手ごろな石。天樹で寝ているときに石を投げてくるのは、ヤクモ同様に幼馴染のナナだけだ。が下を見てみればそこにはむくれっ面のナナが竹箒片手に仁王立ちをしている。このまま下りていけばがみがみ説教されるのが関の山。だが、ご立腹なナナを無視して立ち去れるほども自分勝手ではなく、ナナの機嫌を直そうとすぐさま天樹から飛び降りた。
「こらこら、女の子が男に石を投げるなんてはしたないぞ」
「うちの神社の神様が宿ってるご神木で役人の仕事を怠けるのは罰当たりだと思うけど」
「おっと、これは痛いところをつかれたな」
ケラケラと笑いながらは不機嫌そうに自分を睨むナナに視線を向けた。ナナはこの天樹に住むといわれる神様を祭った神社で巫女の仕事をしている。普段は神社の掃除や、祈祷の手伝いなどその他諸々の雑用などをこなしているが、この夏場だけはの監視役という仕事も請け負っていた。夏場に天樹でサボることの多い。それを知っている神社の神主であり、ヤクモの父であるモンジュがナナに頼んだのだった。
「いい加減諦めてちゃんと仕事したら?」
「仕事……、ねぇ?俺の仕事ってなんなんだろうな」
「……町の治安を守ることでしょ。あんたが暢気やって間に色んな人が苦しんでるのよ?」
ナナの言うことも尤も。役人の仕事は町の治安を守り、人々の平安を守ることだ。そのためには悪人を切るための力が必要で、役人達は人を斬る「権利」を持っていて、それをどんな人間でも殺してもいい「権利」であると勘違いをしている役人がいる。そんな「権利」があるからこそ力を持たない人間達は苦しむのだ。
「根幹を正さにゃ…、意味はないんだけどな」
「?何よ、根幹って……」
「さーてな、なんだろうな?」
さらりと本音を洩らしても、は真意を答えはしない。それは親子であろうと、幼馴染であろうと、仲間であろうと関係はない。ケラケラと笑いながら答えを濁しては楽しげにいつも通りにナナの頭を撫でた。サラサラのナナの髪は心地よいものだった。
「きれーだな、ナナの髪は」
「な、何よ突然…」
「別に?思ったことを言っただーけ。やっぱ、遊びなれた遊女よりも、―――生娘の方が可愛いな」
「なぁッ!?――っこの助平ッ―!!」
「何を今さ――――」
ガスッ!!
の脳天にナナの渾身の一撃が決まった。