「うちの診療所は人手が足りなすぎると思うのよ」
「……どう考えても少ないだろうな」
「でも、人を雇うほど儲けがあるわけでもないのよ」
「……で、俺にどうしろと?」
「自分で考えて」
「………オイ」
そこらに置いてあった椅子に勝手に座り、
は自分が相談を持ちかけた男――ユウゼンの作った団子を食べながらユウゼンに相談をはじめた。
しかし、その相談内容は実に横暴で、意見を返せということ自体が拷問とも言える。
だが、はユウゼンからいい答えなど返ってこないことを知っているからこそ、
こんな横暴な質問をしているのであって、別に嫌がらせではない。
「毎日何十人と通ってくる上に、午後になれば子供達が来るし……。
師匠も手伝ってくれればいいものを全然手伝わないし。なに?これは私への死刑宣告かしら?」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべてユウゼンに問う。
しかし、この小馬鹿にした笑みはユウゼンに対するものではなく、自分に対するある種の自虐の笑みだ。
そんなの表情を見てユウゼンは困り果てたように深い溜め息をついてから言葉を返した。
「そんなことが死刑宣告だったら、疾にお前死んでるだろ」
「じゃあ、拷問」
「………かもな。ほらよ、これが今回の新作だ」
どこまでもふざけたことを言うに呆れながらもユウゼンは先ほどまで作っていた和菓子をの前に出した。
は驚く様子もなく、お茶を一口飲んで口直しをしてからユウゼンの新作の和菓子をその口に放りこんだ。
「…ふむ。ああ、柚の香りが効いていて、いいわね。甘さもしつこくないし――合格。
でも、もう少し飾り気があってもいいわね。素っ気無さすぎてお店に出されてもまず、目にとまらないわ」
「厳しい審査をどうも」
和菓子に対するなりの評価を受けユウゼンは大して心のこもっていない感謝の言葉を述べた。
だが、これは割りといつものことで、も特に何を注意することなくお茶をすすっていた。
とユウゼンが会話をしているのは華玖屋の厨。
そして、が相談を持ちかけていたユウゼンは、若くして華玖屋の副板前長を務めており、腕もそれなりに認められている。
この華玖屋は多くの権力者が訪れる妓楼。
それ故に、来る人間は皆舌が肥えているが、ユウゼンは多くの権力者にその実力を認められていた。
この華玖屋の隠れた実力者の一人である。
因みに、料理長はユウゼンの父親で、実力はユウゼンの方が上だが、人を纏めるスキルはユウゼンを裕に超えている。
やはり、亀の甲より年の功というところだ。
「ところで、お前今、仕事を抜けてるが……、診療所は大丈夫なのか?」
「急病人がいなければ問題ないわ。子供達が来たとしても、師匠の言うことはよく聞くし……。
唯一心配なのは、師匠の機嫌を損ねていないかね」
「希望がないな。ビャクヤの真面目さ並に」
「……素敵な例えをありがとう」
が華玖屋に来た時点でガザンの機嫌は損ねている。
それはもユウゼンもわかりきったことで、なんの不思議もない。
ユウゼンの言う通り、ビャクヤの真面目さ並――ようするには、希望は皆無ということだ。
「ガザンも俺からの呼び出しなら多少は勘弁してくれるだろ」
「そう願いたいわ」
ユウゼンは自分の作った和菓子の詰め合わせをに手渡し苦笑いを浮かべた。
ユウゼンの渡した和菓子の詰め合わせは、ユウゼンの新作の和菓子の評価をしに行ったということを表しており、
気休め程度にはガザンの機嫌回復には役立つだろう。
は精魂尽き果てた表情でそれを受け取り、ユウゼンに別れの一言を告げて足早に診療所へ戻っていった。
「まぁ、これもガザンの愛情表現なんだろうけどな」
「かなり、捻じ曲がってるが」とか思いながらユウゼンはを見送っていた。