「霜花の、頼むから俺を小間使いするのは止めてくれるか?」
「大華姐様からは好きに使いようにと言われたが?」
霜花太夫――タイザンに頼み事をしたユウゼンだったが、大華姐様、その名前を出されてすんなりと折れた。
大華姐様とは、華玖屋の楼主カシンのことをさしている。カシンはユウゼンの主みたいなもの。
そのカシンがタイザンにユウゼンを好きに使えと言っていたならば、タイザンの命令には逆らえないだろう。
がっくりと肩を落とし、ユウゼンは溜め息をついた。
今、ユウゼンがタイザンによって呼び出された理由は簡単だ。
ユウゼンの作った和菓子をもってこいというものだった。
しかも、その量は半端ではない。この華雅屋にいる遊女に満遍なく当る数を作って来いというのだった。
上等なものをいくつか作るのならば慣れているが、上等なものを大量に作るのには慣れていない。
というか、タイザンに言われるまでやった事などなかった。
だが、タイザンに逆らえばどんな目にあうかわからない事を知っているユウゼンは死ぬ気で和菓子を急遽作ったのだった。
おかげで体中が悲鳴を上げている。
「まぁ、不味くはないが、乱雑に作ったのがよくわかるな。舌触りがいつもより悪い」
「…俺がどれだけの数を一人で作ったかわかるか?」
「ふん、知った事か。こちらは金を払っているんだ、上等なものを作ってくるのが筋だろう」
タイザンに尤もな事を言われユウゼンは言葉を濁らせた。
確かに金を払われている以上、それに見合うものを作るのが当たり前だ。
いくら大量に頼まれたからといって、質が落ちる事を当たり前だと思うのは大きな間違いだ。
数が多かれ少なかれ、常に最高の物を出すのが職人というものだ。
「霜花の言う通りだな」
「今回はこれで我慢してやるが、次はないと思え」
「ああ、肝に銘じとく」
不適に笑うタイザンにユウゼンは自信に満ちた表情で答えを返した。
タイザンの部屋を出て、帰ろうとしたユウゼンの服の裾を誰かが掴んだ。
反射的にユウゼンが振り向けばそこにはが笑顔で立っていた。
笑顔のを見てユウゼンの顔にも自然と笑顔が浮かび、に「どうした?」と優しげに尋ねた。
するとは身振り手振りでユウゼンに何かを伝えようとしている。
「……ああ、菓子のことか?」
ユウゼンの答えは正しかったようで、は嬉しそうにこくんこくんと頷いた。
「あの菓子は霜花の注文で作ったものだ、別に礼なんて必要ないぞ」
苦笑いを浮かべて「質もいつもより悪いし」と心の中で思いながら、ユウゼンは礼を言いたがっているに言葉を向けた。
だが、はお礼をさせて欲しいとでも言うかのように首を横に振った。
そこまでにされては強情に礼を断るのも失礼と思ったユウゼンは「じゃあ、頼む」とに答えた。
ユウゼンの言葉を受けては嬉しそうに笑ってから奥へと消えていった。
「…何をするつもりだ?」
の後姿を目だけで追いながらユウゼンはポツリと言葉を洩らした。
それから数分たってが戻ってくると、の手にはたくさんの花をつけた一本の桜の枝があった。
まだ少し、桜が咲くには早い時期だが、早咲きの種類の桜なのだろう。
「へぇ…、綺麗だな」
この時期に見られるとは思っていなかった桜の花に単純だが感想を述べるユウゼン。
喜んでいるとわかったのかは相変わらずの笑顔でユウゼンにその桜の枝を手渡した。
桜特有の香りがふわりと広がった。
「……ありがとうな、。この桜のお礼は『桜』で返すからな」
「?」
意味深な言葉を言うユウゼンにが首を傾げるが、ユウゼンは楽しそうに笑って「できてからのお楽しみな」と言った。
そして、の頭を優しく一度撫でて別れの挨拶を言って華雅屋から出て行った。
「よっしゃ、この桜でいっちょ新作を作ってみるか!」
桜を見ながら意気込むユウゼンはとても楽しげだった。